8:05 ―凶―


 アデムメデス統一直前に作られた王城は、広大な人口池の島中に城砦の機能を持つ宮殿として作られた。その北東には統一後に平和な時代の政務のためにと作られたカルラリード宮殿もあるのだが、当時から現在においても、また王夫妻の住まう公邸としても、そして様々な行事の行われる宮殿としても、このアデムメデス城が王国の中心としてあり続けている。
 小食堂にて国王・王妃との会食を終えた第一王位継承者は、居室に戻るなり大きなため息をついた。
「料理長には、味はとても良かったと伝えておいて。気に病ませないように上手く言ってやってね」
「かしこまりました――が」
「『が』?」
「あちらを気に病ませる心配はありません。以前にも同じことはありましたから、簡単に言いくるめられます」
「……あの一ヶ月のことはあまり思い出したくないわねー」
「特に最終週」
「ヴィタ? あまり主人をいじめないものよ?」
 ティディアは苦笑し、部屋付きのA.I.に命じて宙映画面エア・モニターを表示した。そこに今朝のニュースをダイジェストでまとめさせたものを再生しながら、落ち着いた黒のロングスカートに包んだ腰を小テーブルの椅子に下す。初めに文化芸能ニュースが流れた。最近の流行の特集が早回しで語られるのを眺めながら、
「それにしても、退屈なだけかと思っていたわりに良い収穫があったわね。リエロ・リモウロ――あれは思いのほか使えるわ」
「と、言いますと?」
 王女が話題に出した人物は、つい先程、王の朝餐で同席していた者の一人であった。彼はアデムメデス国際協力支援機構と連携しているNGO・国際修学援助会代表――という肩書きを持つ。代々の資産に恵まれた初老の男で、これまでは資産運用一辺倒な人生を送ってきたが、突然、数年前から『国際修学援助会』……当時から熱心で質の高い活動内容を評価されていた組織に資金提供を始め、今ではそこの会長の座を占めている。
 彼のことを知る人間は、彼の心変わりに仰天したという。そもそも彼は慈善から程遠い場所に住み、社交的ではあるがどこか人を嘲けり、何より吝嗇家であった。それが急に己のこと以外に金を派手に使い出し、自ら道化となって人をおだてるようにさえなったのだから。
 人々は噂した。
 そうか、きっと彼は、貴族の称号が欲しいのだ。
 何故なら『国際修学援助会』は篤志家である国王の覚えめでたい組織であった。そこで功績を挙げれば取り立ててもらえるチャンスもあるだろう。貴族にまではなれなくとも何らかの勲章くらいは――と考えているのかもしれない。彼はかねがね貴族を腐していたではないか。己の方が優秀であるのに、と。
 実際、新会長からの寄付金てべんとうを有効活用して国際修学援助会は着実に大きくなり、人的資源も増し、活動範囲も国際協力支援機構と親密さを増すにつれて広さを増し、元々評価の高い組織であったことから信頼度も知名度も瞬く間に増していき、そしてとうとう、各星との親交を深めるため外遊に赴く王の随行員として、会の代表の名が記載される運びとなった。
 王との会食の席で、リエロ・リモウロは我が世の春を謳歌していた。
 饒舌に、王と王妃、そして第一王位継承者への賛辞を繰り返し、やはりここでも自ら道化役を演じることで、同じく王の外遊に随行する各慈善団体を代表する貴婦人達を楽しませてもいた。その席で次代の女王――彼曰くロディアーナ朝の奇跡にして美と才知の宝石たるティディア姫は『会』における彼の功績を誉めた。慈悲の深きこと宇宙にも勝る国王・王妃両陛下、及び朝露よりも麗しい貴婦人達の面前で栄誉を一身にした時の彼の恍惚は、ああ、果たしていかばかりのものであったことだろう!
「あれの貴族になりたいって欲求は本物よ。称号を手に入れるまでは、彼はまだまだ金を湯水のように使うでしょうね」
 エア・モニターのニュースが文化芸能から政治に移る。それを横目に、ティディアはふいに問うた。
「リモウロは?」
「まだこちらで『見学』をなさっています」
「案内者にうまく『緑石の間』に誘導させなさい。それからスライトにシックなワンピースと下着を急ぎ持ってくるよう伝えて。物憂げな顔が活きるようなやつね」
 スライトとは、麻薬中毒者であった時分にティディアに召抱えられたことで有名な側仕えである。
 ヴィタは即座に伝達し、そして早速服を脱ぎ出した主人を目にして口の端を持ち上げた。
くすぐるのですね」
「踊らされていると解っていても踊るような男なら、気持ち良く躍らせてあげるのが女の嗜み――ってところじゃない?」
「お人が悪い」
 くすくすと、ヴィタは笑う。
 しかしティディアは露となった肩をすくめ、
「やー、人が悪いのは副会長こそってもんよ」
 その副会長とは、リモウロを会長に引き入れた『会』の設立者である。リモウロを会長にするために自らは副の座へ退いたわけだが、実質的なリーダーは未だに彼であった。
「うまく良い金づるを見つけてきたものだわ。焚きつけ方も上手だし、うちに欲しいくらいね」
「スカウトなさりますか?」
「駄目でしょうね。人を利用することには抵抗がなくても、理想を捨てることには抵抗がある男よ。そして今が彼の理想的な環境なのだから」
「引っ張り上げた時点で役立たず、というタイプですか」
「『水を捨てた魚は空に溺れる』――それなら泳いでいてもらうのが得策。十分、役に立ってくれてもいるしね」
 二人の傍らで、ニュースは『お飾り宰相』の名を欲しいがままにしているアデムメデス現首相が、本日午前、王城で王女と共にラミラスこく大統領とテレビ会談することを伝えている。
(――それはこちらもね)
 と、ティディアは頭の端でそう思った。世間では『お飾り』と言われていても、実際には実務能力の高い男だ。しかし華が無く、ケレン味の要るリーダーとはなれないタイプで、もし今『ティディア姫』という強力な“宝冠”がなければ途端に起こるであろう政争の中では急速に沈んでいく……そういう男だった。
 ややあって、部屋のドアがノックされた。スライトであった。
「失礼致します」
 と、衣装部屋から注文の品を届けに来たスライトは、主人の許しを受けて入室するなりその主人が下着姿で腰に手を当て仁王立ちしている姿を見て、されど日常茶飯事な光景には何のリアクションもせず、
「今朝はお食事をあまり召し上がらなかったのですね」
 早速全裸になりだしているティディアへ歩み寄りながら言い、そこで悪戯っぽく小首を傾げた。
「顔色も少々お悪かったとのこと……恋煩いのため、ですか?」
「そんなことを言っていた?」
 問い返されたスライトは、姫君の白い肌の映える黒のワンピースと、こちらも黒く真新しい下着の受け渡しをすると共に、まるで告げ口が楽しいとばかりに囁いた。
「皆様、とても楽しげにさえずっておられました」
 朝餐に同席した貴婦人の中には、王女から『誕生日会』への招待を受けた、とてもおしゃべりな男爵夫人と非常に仲の良い者がいる。
 ――ティディアは、ほくそ笑んでいた。

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