17:30 ―凶―


 学校が終わってからハラキリが、ジジ家自慢の飛行車・韋駄天をかっ飛ばしてやってきたのは副王都セドカルラに居を構えるウィーバー荘という施設だった。
 このウィーバー荘は、表向きは老人ホームである。
 だが、ここはどこかの法人が経営するのではなく、入居者それぞれが経営責任を持つという方式を採用していた。その中心人物は、織物業を営む会社の社長・会長と歴任してきた女性である。500年の歴史を誇る会社を傾かせていたワンマン社長の父を蹴落とし、新たなワンマン社長として会社を立て直した女傑は、経営から身を引くに当たって、終の棲家を自ら作った。誰かの経営する老人ホームなんて危なっかしくて入っていられない!――というのが理由である。さらに、彼女には生き甲斐でもある趣味があった。放蕩息子だった父と違い、彼女は根っからの織物好きの技術屋だった。余生は趣味に没頭して暮らしたい。そのためには食事の時間だ何だとうるさいところで暮らしてられるか!――というのも、自ら老人ホームを作った理由であった。
 ただ、ハラキリとしては、ここを『老人ホーム』などとは決して呼べなかった。
 ハラキリの意見としては、ここは『平均年齢84歳のベンチャー企業』である。
 ウィーバー荘に入居を希望する人間には三つの条件が出された。
 一つ、己は客ではないと自覚すること。
 二つ、何かしら被服に関係する技術ないしは知識を持つこと。
 三つ、口論は恥なり、作品で語れ。
 建物の地下には広い工場がある。最新の機織マシンがあり、はたまた資料を元に復元された昔の機織機はたおりきもあり、それらが地下三階に渡って日夜稼動し、新たな織物が模索され、失われた織物が復活を夢見ている。
 そして、もちろん工場外ちじょうでも、例えば王都のコンテストで何度も優勝したことのある老婦人が超絶技巧でレースを編み上げ、例えば腕は超一流だが経営能力が著しく欠如しているため己の店を二度も潰してしまった仕立屋がコツコツと針を動かし、例えば繊維を専門とする元大学助教授が介護人にオムツを替えてもらいながら、リハビリ運動中の被服のアマチュア研究者と宙映画面エア・モニター越しに熱く激論を交わし続ける。定年後に昔諦めた服のデザイナーになるという夢に向かって再起した老人が、この施設に入居する大して歳の変わらぬ老女に弟子入りしてくる、ということもあったそうだ。
 そうして彼ら彼女らが作り出した『製品』は施設の直売所なり卸し先なりで売り出され、それがなかなか好評を得ていた。
 施設の――あくまで土地建造物のみの――オーナーであるウィーバー婦人は以前骨盤を骨折した際に衰えてしまった足の筋力を補うために機械式パワードサポーターを両足につけ、しかしそれを装着する時以外は介護を必要とせず、齢93にして元気に動き回っている。
 彼女が近年力を傾けているのは、特に異星の織物であった。中でも、ある時、不思議な趣味を持った女が突然持ち込んできた『キモノ』や『ワフク』、『ユカタ』という服のための布を、彼女は最も好んで研究していた。
 そう、アデムメデスにおいて地球ちたま日本にちほんの民族衣装は、このウィーバー荘で作られた織物で作られているのだ。
 また、最近巷には『キモノ地』と呼ばれて大人気の布地があるのだが、それもここが販売元(及び特許権利者)である。時流に乗って大儲けらしい。
「それでねぇ、最近ここの景気がもっと良くなってきたでしょう? そしたら今までたま〜〜〜にしか顔を出さなかった娘や孫が急に遊びに来たりするのよ。いいのよ? 嬉しいもの。でもねぇ、お小遣いのせびり方ってものにもねぇ、もうちょっとね、こう、エレガントなやり方っていうものがあるとは思わない?」
「はあ」
 ウィーバー荘のエントランスで、ハラキリはテーブルの向こうから聞いてもいないのに話しかけてくる見事な白髪の老婦人に生返事を返した。
「わたしはいいのよ? だって、何だってあの娘らが会いに来てくれるのは嬉しいもの。孫だって可愛くってならないわ。でも他の方の目もあるじゃない? 露骨に『お金頂戴』はないと思うの。あれは孫に娘が言わせたのよ。まだこーんなちっちゃい娘にそんなこと言わせるなんて、わたしは育て方を間違ったのかしらねぇ。そんなことないよってモッカラさんは言ってくれたんだけど、でもマッカラさんは息子さんと疎遠じゃない? だからどっちがいいのかわからなくって。あら、あの方を責めているわけじゃないのよ? そこは誤解しないでね?」
「はあ」
 一言口にする度に一目編み終えているような勢いで編み棒を動かす老婆は、何だかそういう作業専用のアンドロイドにも見えてくる。
「モッカラさんは凄い人なの。社長と一緒になってなんだか難しい数字を扱っていてね、法律にもお詳しくて、ここの売り物が損をしないようになっているのはモッカラさんのお力によるところも大きいの。それでマッカラさん、最近はまた大きな交渉に忙しくてらっしゃって、なかなか相談できないのよねぇ」
「はあ」
 ちょいちょい『モッカラ』と『マッカラ』を言い間違える老婆を前に、ハラキリは自動販売機で買ったコーヒーをすすりながら、今頃は入居者達から『社長』と呼ばれているウィーバー婦人と地下倉庫で『タンモノ』を熱心に見てはその出来栄えについて語り合っているであろう撫子が、果たしていつ頃地上に戻ってくるだろうかと考えていた。
 撫子は電子の世界の住人だ。わざわざこちらに来て実物をアンドロイドの身で、見て、触り、感じなくとも、ほぼ同じことをデータのやり取りで知覚できる。だが、それでも撫子は『やはり違う』と言う。何がどう違うのかは分からないが、人間で言うなら『気分が違う』ということらしい。ただ、実際にこちらに来て見て触ってからの方が撫子のタンモノに対する理解度は確かに違う、とハラキリにも感じられるところは確かにあった。端的に言えば、生地をキモノに作り変える時、型通りに切り取った布をデザインにただ落とし込むというのではなく、まさに生まれ変わらせるというような……非常に感覚的な違いを発揮するのだ。そこにはもちろん、織物の作り手であるウィーバー婦人との熱心な語り合いが影響していることも見逃せないだろう。
 何にしても、
「それにしてもあなたのA.I.さんは本当にキモノが好きなのね。あら違った、キモノを作るのが好きなのね。だからかしら? 社長と話している時ね、ときどき、あら? あのA.I.さんは人間だったかしらって思っちゃうときもあるのよ。それくらい活き活きしてるのね。あら、わたし変なことを言っちゃってるわね」
 いいや、このご婦人の意見は正しい。
 撫子はキモノを作るのが好きだ。マスターの母のため、今では立派に独り立ちした『娘』のため、相手に喜んでもらえる衣装を作ることこそが撫子の――撫子自身は明言しないまでも確かに趣味なのだ。
「キモノと言えばそうそう、モッカラさんの大仕事ってそれなのよ」
「はあ」
「ひょっとしたらあなたも聞いているのかしら。うちからキモノとか……なんだったかしら、『ユカタン』? 『ワッフル』? とにかくそれを売り出そうって話。会社を作って本格的にやろうかって。だってね? あなたのお友達のポルカトさんのA.I.さんが大人気でしょ? わたしの孫も夢中なの『クノゥイチニンポー!』ちょーーー! って。元気なのはいいんだけど怪我しないか心配だわ。心配と言えばあなたのお友達も心配よね。色々大変なんでしょう?」
「まあ」
「それもそうよねえ。だって、相手があのお姫様ですもの。そういえばお姫様の、あ、下のお姫様のね? でもどっちでもいいのかしら。ほんとうはお姉姫様が動かしてるって話もあるから。ああ、ごめんなさいね? それでなんとかフローラっていう会社からもオファーがあったみたいだけど、どうなんでしょうね、なんでもかんでも高貴な方々ばかりに稼がせるっていうのは、ねえ?」
「まあ」
「だって、ほら! 今の王様はお偉い方で、お優しい立派な方だけど、上のお子様方はとんでもなかったじゃない? ティディア様は素晴らしく賢いお方だけど、でもやっぱりとんでもないことをよくなさるでしょう? またあんなひどい王族様が出てきたらと思うと、ねえ、ちょっとねえ? だけどあなたのお友達のポルカロさんがちゃんとしてるみたいだから、ティディア様はいいのかしらね?」
 ポルカではなくポルカだと、彼がここにいたらそうツッコムだろうなあと思いながらハラキリはコーヒーを飲む。
「それにしてもねえ、ポルカロさんも、ちょっと危ないわよね。何が危ないって、ちょっと真面目すぎると思うのよ。だってあの年頃でちょっと立派過ぎない? もうちょっと浮いた話があっていいとも思うの。女のことに興味がある年頃だもの。もちろん恋人があんなにお綺麗だからそんな気にならないのかもしれないけれど、男ってそういうものじゃないでしょう? 今のうちに遊んでおかないと――あら、こんなこと言うおばあちゃんはいけませんね? でもね? 後になってから急に女遊びを覚えたら大変だと思うのよ。王様になってから急にお妾さん作って大騒ぎになったらティディア様がおかわいそうでしょ? わたしもね、苦労したのよ。うちのバカ亭主が浮気してこさえた子どもが――」
「はあ」
 生返事をしながら、ハラキリは内心苦笑していた。下世話な話も含めて何だかんだと織り交ぜては来たものの、彼女は結局自分の話を聞いてもらいたいのだ。
「わたしはね、我慢しました。そりゃもう涙を呑んで、顔で笑って心で泣いてね。幸せだったのは娘達が皆わたしのことを味方してくれて、慰めてくれてねえ」
 やっと編み棒の動きを止めて老婆は涙を拭う。ハラキリと話し始めてから編み出して、彼にはどうやっているのか判らないが、複数の毛糸で複雑な模様を描きながら、しかし彼女は既に手袋を片方編み上げそうな勢いである。
「これは孫娘のものなの。これから寒くなるものね。寒いと言えば、バカ亭主の外の子どもよ。思えばその子もかわいそうで……」
「はあ」
 話はとりとめもなく続いていく。
 ハラキリはそろそろコーヒーが空になりそうなことを懸念していた。
 この老婆から逃れることは、きっとできない。
 少なくとも撫子が戻ってくるまではここにいなければならない。
 撫子は、とても優秀なA.I.だ。そして――あの芍薬が理想とする――生真面目なオリジナルA.I.だ。いくら趣味に没頭していても、マスターが息苦しくて外に出ようとするならばそれに敏く勘付き、すぐに帰宅を申し出るだろう。
 ……これは、いつも世話になっている撫子への『家族サービス』なのだ。
「だからわたしは言ってやったんです。わかりました、それならその子もうちで預かりましょう。けれど金輪際あなたはわたし達の前に現れないでください。バカ亭主ッたら泣いちゃってね! 泣きたいのはこっちでしたよッ」
 そこから老婆は“不義の子”を加えた一家の波乱万丈の物語を、話題をまたモッカラさんに戻したり、ティディア姫の将来を考えたり、突然貴族に対する不信感を出してみたり、その原因となった出来事からやっと本筋に戻ったりと、とにかく休む間もなく喋り続けていく。
「はあ」
 もう何十度目かも分からない相槌を打って、ハラキリが誰か強壮剤コーディアルでも買ってきてくれないかなぁと思っていると、なんとまあ、そこに現れたのは救いをもたらすヒーローどころか刺繍道具を手にした新たな老婦人であった。
「はあ」
 刺繍の老婆も編み物の老婆と同じく弾丸トークを手元の素早さと比例するかのように発射する。
「まあ……」
 二人の老婆は互いに会話をするように、しかし微妙に噛み合わず、とにかくやっぱりとりとめもない身の上話をやる気がないとはいえ適切な相槌を打って大人しく聞いてくれる貴重な若者に語り続ける。出力設定はステレオなのに、左右のスピーカーからはそれぞれ別のラジオ番組がモノラルで流れてくるようだった。
「……はあ」
 ハラキリは、なんとなく魂が心臓から離れていくような感覚を覚えながら、辛抱強く、満面の笑顔で戻ってくるであろう撫子を、ずっと待ち続けていた。

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