12:20 ―吉―


 午前中の仕事を終えたティディアは、居室に戻ってくるなりうんと伸びをした。万事順調。最後に首相と共に臨んだラミラス星の大統領とのテレビ会談だけは少し長引いたが、それも首尾は上々。人工霊銀A.ミスリル関連を武器に外交はこちらがイニシアチブを持ち続けている。表向きはギクシャクしているセスカニアンとラミラスを仲介するという立場は見事に我星うちの当たり役となって、こちらも表には出せないが、神技の民ドワーフ呪物ナイトメアの絡む一件もあり、今後も両国の間で欠かせぬ存在として漁夫の利を得られるだろう。その他、アデムメデス王の訪問前に仕込んでおくべきことも全て完了した。
「――さて」
 ティディアがそうつぶやくと、阿吽の呼吸で側仕えが二人近寄ってきて、王女が一国の君主級の人物と公的に顔を合わせる際に着る略装(直接会う場合は必ず正装だ)を脱がしにかかった。彼女は服を脱がしやすいよう――大抵のことは自分でやりたいが、側仕え達にもちゃんと仕事を用意してやらなければ食いっぱぐれさせてしまう――相手の成すがままになりながら、執事に顔を向け、
「昼食は?」
「王妃様がフレンチトーストとサラダをお作りになられました」
「分かった。パティの部屋の前に運ばせておいて」
「早速」
「昼餐の様子は?」
 王と王妃は、大食堂で会食を主催している。相手はこれから各地で開かれる領主会議ラウンド・テーブルの議長を務める領主とその家族だ。特に外遊のため出席できない東大陸の議長、レド・ハイアンに対しては懇ろに接せられることだろう。そして王はその後、首相と外相との会議に臨み、女王は領主達の婦人連と茶会を開く。ティディアは、茶会に少々顔を出すことにしていた。
 ヴィタは涼やかに答える。
「つつがなく進行しています」
 ティディアはうなずいた。コルセット要らずのくびれに正午の光が当たり、白磁のように滑らかな肌が粒子を弾いている。
「母を引き立てるよう、服を選んで置いて」
 側仕えから部屋着を受け取りながらティディアは言った。
「控えめだけれど、地味過ぎないようにね」
「かしこまりました」
「ヴィタは休んで。茶会にはこちらもスケジュール通りに」
「かしこまりました」
 ヴィタは一礼すると、ティディアがラフな服に着替え終わるのを待ち、側仕え達と共に部屋を出ていった。
ピコ
「ハイ」
 ティディアに呼ばれたオリジナルA.I.が応える。
「私用メールは?」
「ミリュウ様カラ一通アリマス」
「見せて」
 目の前に表示された宙映画面エア・モニターの中の流麗な筆跡を見て、ティディアは微笑んだ。
 それは、本日、謹慎中のミリュウの名代としてパーティーに出席する姉への感謝とお詫びだった。
 宙映画面を消したティディアは足早に弟の部屋へ向かった。ドアの前には昼食を揃えたワゴンと、それを守るアンドロイドがいる。
「ごくろうさま」
 ワゴンを引き取ったティディアは警備兵の服を着たアンドロイドを下がらせた。そしてドアをノックすると、室内からはまた別のアンドロイドが出てきた。その女性性の容姿を持つアンドロイドはローブを羽織っている。着ている物が他の人間に見られないように配慮しているのだ。
「あら」
 部屋に入ったティディアは、意外にも弟が部屋にいることに驚いた。てっきり隣の『工作室』にいると思っていたのだが、
「休憩中?」
「ううん、調整中」
 ベッドに座って可愛らしく首を振る、少女よりも少女らしい王子の傍らには中性性のアンドロイドが三体いる。中肉中背、筋肉質、やや肥満の体形をした三体はいずれも同じ『プロテクター』を着け、同じ『剣』を携えていた。見ればローブを落としたアンドロイド――オリジナルA.I.フレアも同じ格好をして、床に置いてあった剣を拾い上げている。
「もうここまで出来たのね」
『誕生日会』の秘密のイベントの準備を任された弟は、姉の感嘆に誇らしげに目を輝かせ、
「前から考えていたのを応用しただけだから、簡単だったよ」
 謙虚なようで自慢気な、子どもらしい自尊心を見せる弟にティディアは微笑み、その頭を優しく撫でた。
「凄いわ、パティ」
 大好きな姉に誉められて、パトネトは面映そうに笑う。
 二人の傍らでは、狭い範囲でアンドロイド達が剣を扱い、互いに攻撃と防御を繰り返し始めた。どうやら近接戦闘、それも混戦時を想定した動作を検証しているらしい。パトネトの肩の横に表示されていたエア・モニターに、随時新しいデータが更新されていく。
「お昼ご飯にしましょう」
「うん」
 アンドロイドによる動作検証は、フレアに任せておけばいい。そのフレアは食事中にホコリを立てることを嫌ったか、ごちゃごちゃとした――実に素人臭い動きで――混戦を続けながら器用に工作室へと移動していった。
「お母様がフレンチトーストとサラダを作ってくれたわ」
 隅に追いやられていたテーブルを引き寄せながらティディアが言うと、パトネトが腰かけていたベッドからぴょんと降り、姉が運んできたワゴンに駆け寄った。
「お母様のフレンチトースト! 久しぶりだね!」
 嬉しそうに弟が言うのを、ティディアは目を細めて見つめていた。彼は皿を取り出して運んでくる。重度の人見知りである彼のこの明るい姿を見られる人間は非常に少ない。しかし、これまではこんなに快活な様子までは誰も見たことはなかった。
 テーブルに椅子も二つ向かい合わせて揃えた後、ティディアは保温器の中からフレンチトーストを皿に移し、『パチパ』の入ったグリーンサラダも皿に盛る。パトネトはオレンジジュースをこぼさないよう気をつけて二つのコップに注いだ。
 二人は席に着き、小さな明り取りから差し込んでくる昼の光の中、微笑みあった。
「それじゃあ――」
「「いただきます」」

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