国道1号線は王城公園前からミッドサファー・ストリートまで終日通行止めとなり、今、広い車道は楽団と踊り子、そして『五天の魔女』を演じる役者を乗せたフロート車で埋め尽くされている。楽団が奏でるのは陽気で楽しく、時に陰気で恐ろしい楽曲。踊り子は妖精や精霊、悪魔や小鬼に扮してフロート車の周りで曲に合わせて舞い踊る。主役である『五天の魔女』のそれぞれを乗せた四台のフロート車は工夫を凝らした装飾がされており、その車単体のみにも一見の価値がある。――が、しかし、道の両脇を埋める観衆の声を一身に集めているのは、もちろん車の上、そこにいる『魔女』達だ。
 その光景を、ニトロはジスカルラ第7地区中央公園から眺めていた。彼のいる公園は国道10号に接する形にあり、その10号と並行して2ブロック先に1号がある。彼が視線を向けているのは、公園の植え込みの先、10号と1号を繋ぐ片側二車線の連絡道路であった。彼の立つ位置から1号を臨むと、連絡道路の脇を固める背の高いビル群を枠として、まるで定点カメラを通してパレードを見物しているかのような気分になれるのである。
 右側のビルの陰から、夜明けと日没を表現したフロート車が現れた。車上で大きな白い袋を担いで踊っているのは、良きモノを昇る太陽に預けて地上に降らせる『東天の魔女』と、地上に散らばる悪きモノを集めて沈む太陽で焼く『西天の魔女』だ。車の周りには両魔女の使い魔が舞い踊り、それらはやがて左側のビルの陰に吸い込まれていく。
 次に、現れたのはオーロラを模した車だ。そこでは過去に悪逆非道を尽くしたために魔法封じの鉄仮面を被せられ、その贖いのため、一年に一度きり鉄仮面から解放される1月1日にあらん限りの力で美と幸運の種を撒く『北天の魔女』が歌を歌っている。
<折角なんですから、ついでに近くで見てくればいいのに>
 と、ニトロの手の中にある携帯電話の画面で、ハラキリが言っていた。彼の声は途中で文字に変換され、音声をオフとされた電映話ビデ-フォンの機能により画面下部に表記されている。
<さすがにあの人込みに突入する気にはなれないよ>
 パレードを観る群集の声は、2ブロックを隔てたここでも大きく聞こえている。五穀豊穣と幼い生き物の守り手である『南天の魔女』の色鮮やかな車を眺めながら、ニトロは器用に文字を打った。画面の向こうでは手元で何か作業をしているハラキリが送られてきた文面に気づき、画面を――つまりはあちらのカメラ下のモニタを見、
<いっそ一緒に踊ってきたらどうです? 飛込みで>
 ニトロは肩をすくめる代わりに口の端を片方だけひょいと上げてみせた。
<ここで十分楽しめているよ>
 そう返して、カメラを周囲に向ける。
 ニトロのいる第7地区中央公園には礼拝堂がある。それとも礼拝堂を中心に公園が広がっていると言った方が正しいだろうか。そのため国道1号に程近いこの場所は『有名な穴場』といった賑わい方を見せていた。中央広場だけでなく、ニトロが立つ外周遊歩道に至るまで出店が開かれ、大道芸人達が技を披露し喝采を浴びている。
<さっき『五天の魔女』がここにも来てね。凄い騒ぎだった>
<特に『央天の魔女』周りが?>
<女の子が引きつけ起こしそうな勢いで『フェリーちゃんのお人形』って叫んでたよ>
 央天の魔女は赤い衣に青髪、尖った牙と金色の瞳を持った二十代の女性であり、頭の後ろに扇形の飾りをつけている。その魔女は耳が良く、扇形の飾りはさらによく周囲の音を聴くためのものだ。そうして魔女は子どもたちのお願いを聞き、その子どもが良い子ならばプレゼントを、悪い子ならば牙で以て傷をつけると言われている。
 ハラキリは、その騒ぎを思い出しているのであろうニトロの笑顔を見て、彼自身もいつも笑っているような相貌をさらに緩ませた。それから鼻をかき、その鼻の頭に白い粉をつけ、
<君はおひいさんと一緒にいるだろうと思われているとはいえ……ちょっと心配していたんですが。その分だとバレる気配はなさそうですね>
 細められたハラキリの瞳には、目深にソフト帽を被りコートを着たニトロが映っている。
<よく似合っているじゃないですか>
<芍薬の見立てだからね>
 ニトロは文字を送り返した。
 芍薬が外出するニトロのために用意したものは、セミフォーマルとしても通用するカジュアルなジャケットとパンツ、それにコートを合わせて、最後にソフト帽だった。それらはこの時期に男性が着る物として“一般的”に入るものであり、ニトロの年齢に則したデザインは周囲に違和感を全く抱かせない。さらに見事なのは、違和感を全く抱かせない一方で、それだけ決まっているのに人目を引くものでもない、ということだ。悪く言えば地味ということになるのだが、それがニトロにとってどれほどありがたいことか。――本当に、芍薬はよく考えてくれている。
<お陰で、安心して楽しめてるよ>
 ニトロの返信が来るまでの間、ハラキリはまた手元で何やら作業をしていた。文面が届いたことに気づいてそれを一瞥し、また手元に目を戻しながら小さく笑う。
<それは良かった>
 流石にハラキリが何をしているのかが気になり、ニトロは眉をひそめた。人の密度の薄いぽかりとした空間に移動しながら文字を打つ。
<さっきから、何をやっているんだ?>
<ほら、ご馳走すると言っていた日本にちほんの『トシ・コシ・ソヴァ』を作っているんですよ。あとはこれだけなんですが……これがなかなか上手くいきませんでね>
 と、画面からはハラキリが消え、代わりに、どうやら彼の手元にあるものであるらしい大きな鉢が映りこんだ。鉢の底には何だか固まっているんだかぼろぼろになっているんだか判らない状態のものがある。
<小麦粉?>
 カメラがハラキリを映し直す。
<“そば粉”です。『ソヴァの実』やその粉の特性を複数の文献から探ったところ、どうやらこれが近似のものであるらしいので>
<そば粉を練ってるのか?>
<ええ、麺にするんです>
<そば粉を麺って珍しいな。ガレットや“そばがき”なら知ってるけど>
<一度薄焼きにしてから細切りに、というのも考えたんですが、それとは全く違うようでしてねぇ。どうやら水だけで練るらしいんですが>
<そば粉ってそういうの大変だった気がするよ?>
<流石お詳しい>
 ハラキリは鼻の頭に粉をつけたまま笑った。
<何度も失敗して、どうやら水加減が肝心だということが分かってきました。ニトロ君が来るまでに一応形にはできると思いますので、ご安心を>
 ニトロはふいに上がった歓声に目を誘われた。見れば、白猫と黒猫の着ぐるみが子ども達を集めている。どうやら出店の宣伝部隊らしい。
 可愛らしくデフォルメされた猫達が愛嬌を振りまいているのをひとしきり眺めた後、ニトロは、文字を打った。
<安心できるかッ!>
 ハラキリの<腹は壊しませんよ>という無責任な請負いと笑い声が文字となって流れていく。
 ニトロは息を一つ吐き、
<ひょっとして『オ・セチ』っていうのもうまくいってないのか?>
 二匹の猫に向けて、茶色の熊が走ってきた。子ども達がさらに喜びの声を上げている。子どもたちの明るい笑い声を聞きながら、ニトロはぽちぽちとキーを打った。
<そっちも完全なレシピはないんだろ? 画像と『複数の資料』を元にして推測でって>
 それを聞いた時にも感じた不安が再び去来している。というかより増している。ハラキリは相変わらず笑って、
<大丈夫ですよ。そちらは撫子が請負っていますから。まあ、もちろん、同じなのは見た目だけ、という可能性も大きいですが、それでも味は保証します>
<そっか、そっちは撫子が担当してるのか……>
 画面の端っこにひょいとカッポーギ姿のイチマツ人形が姿を現し、すぐに引っ込んだ。
<それなら安心だ>
 ニトロが渋面を消して口元に笑みを浮かべたのに対し、ハラキリは眉を垂れて苦笑して、
<信用ありませんねぇ>
<『ドキル』の特製グリルチキンだけじゃなく、『ホーミィス』のチキンドリアも買っていこうか?>
<おや、言ってくれる>
 そうは言いながらもハラキリは愉快気に肩を揺らし、
<ま。いざとなったら下手糞なガレットと“そばがき”をご馳走しますから、お気遣いなく>
 ニトロは「笑い」の記号アイコンを送り、それから続けて、
<楽しみにしているよ。地球ちたま日本にちほん学の第一人者さん>
<そいつは『五天の魔女』に愛されたとしても商売にならなさそうですねぇ>
 ニトロの冗談をハラキリは彼らしい調子で返し、そして粉で染まった手を挙げると、
<それでは後に>
 と通話を切った。

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