ニトロのショッキングピンクの髪が天を仰いで金ラメスーツが異様に乱反射する。派手な色彩は彼の動きを無駄に飾り立て、すなわち滑稽だった。
 しかし滑稽な格好とは裏腹に彼は言う。
「台無しだお前、そこでそう言っちゃったら台無しだ!」
「でもそうじゃない。ウンコを金と等価にすることはできてもウンコを金そのものとすることは不可能よ。認識相手に言葉遊びをするか、お薬で回路をねじ曲げるんなら話は別だけど」
「ええい、さも小賢しく並べ立ておって。話を別にするな、問題はやっぱり大便は大便だってことだろ。芸術でも大便だろ。やっぱ駄目だそんなん客を得るのと引き換えにマナランの皆さん何かを失っていくわ」
「そんじゃあ売り文句その2!」
「今度は何だ!」
「大便女はヌードです、下も上もすっぽんぽん」
「だから何だ、裸婦像なんぞ珍しくもない」
「造りは精巧、まるで生きているように、乳房は触れば柔らかそうに」
「無駄に力を入れるなあ」
「腰掛ける便器はシースルー」
「ん?」
「もちろん下から覗けば「わー! お前何言うつもりだ!」
「保健体育?」
「嘘つけ!」
「中学男子大喜び?」
「やかましいわ!」
「間違いなくスカトロ趣味は大喜び!」
「お前もう黙れ!」
「つまりこれは流行る!」
「流行るかあ! 話つながってねえし、排泄行為の像なんて流行るかあ!」
「何よ、つながってるわよ、信じられないことに全銀河中のスカト「だから黙れあほーぅ! ああ少年、そんなことお母さんに聞かなくていいんだよー」
「いずれ分かるからー」
「黙れってんだー。いい加減喉潰すぞー?」
「喉潰されたくないから売り文句その3!」
「まだあるのかよ!」
「これが肝心!」
「ようし、それならそこまで聞いてやる」
「こうでもしなきゃ、ここには売りがない!」
 ニトロは驚愕し、それ以上にマナランの市民こそが驚愕した。
「何という暴言! お前何言ってんの!?」
 ショッキングピンクの髪を逆立てニトロが叫ぶ。彼の指が、始めからずっと自分らを凝視している無数のカメラを指し示す。
「ここには『町おこし』にきたんだろ!?」
「だから頑張って起こそうとしているじゃない」
「裸婦を座らせようとしかしてねえだろが! その上、ここには売りがない!?」
「見栄でも張らなきゃ事実じゃない」
「なら見栄張らしたれ!」
「見栄張って失望売ってもリピーターは得られないわ」
「それはそうだけども!――いや、あるよ!? マナランの売り物、あるよ!?」
「例えば?」
「昨日今日来た俺に判るかあ!」
 突如ニトロにまで匙を投げられ、マナラン市民はさらに仰天である。
「それもそうね、じゃあ市長?」
 驚愕し仰天し両目を見開く市長は突然矛先を向けられ息を飲んだ。さらに目が見開かれ、もはや顔面の三分の一が目玉に支配されているようだ。
 市長がどもりながら何とか言葉を探す。しかしティディアは素早く見切りをつけて、
「そこのあなたは?」
 目の先にいる男性が、よもや自分にくるとは思っていなかった油断のために押し黙り、力ない誤魔化し笑いを浮かべる。
 それを頼りないと罵倒するように見ていた女に王女の問いの視線が突き刺さり、また力ない笑みが。
 次第に聴衆達は振りまかれる王女の視線から逃れるように目を落としていった。自分達の町への愛着はある。だが愛着だけでは『売り』を求める弁の立つ彼女を納得させられまい。もし愛着からくるこの町の美点を上げ、それを国中に映像を中継するカメラの前で『売りにならない』と否定されたとしたら――数々の失策の歴史の重みも合わさり、きっと耐えられなくなる。その恐れが皆を縛りつける。
「あ、そうだ」
 と、その時、ニトロが声を上げた。
 マナランは震えた。王女の『相方』として昨日この町にやってきた少年――少し前には期待をかけたニトロ・ポルカト。頼む、下手なことは言ってくれるな!
「ここには西大陸最古の上下水道の遺跡があるじゃないか」
「公衆便所もね」
 ティディアがうなずく。
 ニトロがどうだとばかりに胸を張り、そして彼は気づいた。ほぼ同時にマナラン市民も気づき、絶望した。
 ティディアが小鼻を膨らませて胸を張る。
「ほら、大便女でいいじゃない」
 クレイジー・プリンセスの暴走、奇抜にして悪意があるとしか思えない『大便女の像』なる案に、よもや、まともな拠り所が存在した。――その事実は強烈だった。
 確かに町の外れのさらに片隅に、埃を被り市民にすらほとんど忘れられている遺物がある。この町だけが、そう、唯一独自に自慢し得るものが!
 太古の旧跡がマナランの人間の脳裏に蘇ってきた時、付き従って皆の胸に去来したのは『決定』の二文字。――駄目だ、そんな由来があるのなら、あのクレイジー・プリンセスの突進を止めることなど不可能だ。
「だからって何で大便女だ」
 しかしニトロは言った。
「上水道もあるんだから水を飲む女、とかでもいいじゃないか」
 この国で最も権力を持ち、最も恐ろしい女性――覇王の再来とも噂される暴君を相手に彼は食い下がった。
 だが、彼女はつれなく、
「そんなの三日で忘れ去られる」
「だからって糞を垂れるのが必須ってわけでもないだろう」
「なら小便女」
「なぜに便にこだわるのかな!」
「生きてりゃ糞も小便も垂れるもんでしょう!? この町が生きてるからよ!」
 一瞬、ニトロは怯んだ。衰退し過去の栄光があるが故に侘びしさの増すマナランが、生きている、その言葉が持つ力に圧倒されたのだ。
 どうだ。とばかりにティディアが鼻を膨らませる――が、しかし、ニトロは頭を振り、
「うおお今納得しかけちまったけど、つかお前聞こえのいい言葉をいきなり放言しただけじゃねぇか、そんなんで押し通させるものかよ」
「ちっ」
「舌打ちすんな! それにだ! 裸婦像ってことはお前はまたぞろモデルが必要だとかで町の皆さん困らせるだろ?」
「そこは心配ない。モデルは私だから」
 次の瞬間、マナラン市役所前広場を、いや、アデムメデスを今日一番の驚愕が包み込んだ。
 今、この瞬間、問題はマナランのみに止まらなくなった。
 この『町おこし』を伝える報道陣には、これまでは、マナランの災難に同情しながらも他人事を眺める余裕があった。だが、そんな余裕は欠片も残さず消し飛んでいた。
 王女が、現役の第一王位継承者が、未来の女王が! 裸で排便している姿を巨大な黄金像にする!? それも下から覗ける形で!!?
 そんなことを許せば国の恥、汚点、ああ言葉が追いつかない。アデムメデスは銀河に末永く『大便女王の国』と語り継がれていくこととなろう!
「お前バカだろう!!」
 悲鳴じみたニトロのツッコミは、まさに的確だった。的確過ぎて、他の誰もが彼の言葉を追いかける必要がなく、彼は今、まさに国民の代弁者だった。
「いやもうホントに頭どうかしてるだろう!」
「そりゃあクレイジー・プリンセスだものぅ」
「何を嬉しそうに笑ってんだ!」
 ツパンと頭をはたかれてもティディアはにんまりとしている。
 駄目である。
 ホントにこの姫君はどうかしてる。
 ここで思いとどまらせねば、絶対に実行する。
 気づけばニトロの双肩に、マナランのみならず王国の誇りまでもがのしかかっていた。
 しかし彼にはそんなことを気にする余裕もない。彼は必死に考え、
「この町は、綺麗だ!」
 ニトロの主張は苦し紛れにしても平凡に過ぎ、なまじ姿がどぎつく派手であるために彼はどうしようもなく滑稽で、もう、笑いではなく哀れみを誘うことしかできない道化にしか見えない。
 少なからず、彼を見る目に目に諦めが漂う。
 それでも道化は言う、
「道は路地裏にもゴミ一つないし、どの店も綺麗に掃除されてるし、どこのトイレもピカピカだ。清掃ロボットの働きだけじゃない」
 ティディアは小さくうなずき、息を吐く。
「ひょっとしたら一番早く上下水道に公衆便所も作った流れかな。衛生意識が高いんだ」
「その当時とこの町に歴史的な繋がりはないわ」
「土地柄だよ」
「土に意志決定をさせる力があるってのはオカルトね」
 ニトロは片目尻を小さく歪めた。
 そして、彼は腕を組み、挑戦的に鼻を鳴らし、
「オカルトなんかじゃない。もちろんこの町の人の心がけに決まってる。そしてこの町は、綺麗なんだ」
 挑戦的ながらも一度言った内容を繰り返したに過ぎないニトロを、ティディアはため息であしらうように、
「どこが?」
「例えば旧い宿街」
 少し、広場に反応があった。高慢な王女への対抗心も疼いたか、対決するニトロの背を支えるように視線に熱がこもる。
「400年前の建物をそのまま使い続けてるんだっけ」
「空き家でも手入れは行き届いているわね」
「今でもそのまま宿に使えそうだ」
「でも100年前の都市改造で郊外になっちゃったから繁華街から離れてる。不便よ」
「道路網は解りやすくて歩きやすいから、問題ないさ」
「まあ輸送の拠点だったくらいだしねえ」
「それに街並みがレトロでいいんだ」
「レトロなだけじゃあ退屈よ。昨日、名物とかいう超絶レトロな馬車に乗ってみたけど? アイントからパッカパッカ運ばれるだけだったし、いくら立派な畑もずっとそれだけじゃ見飽きるし」
「おっと? あれが退屈だったと言うのか? 馬車でのこと、よもや忘れたとは言わせないぞ」
「あら、何かしたっけ。セッ「朗・読・会・だ! 突然脈絡もなくな! しかも無理矢理熱の入った演技指導までしやがっただろう!」
 ティディアはわざとらしくハッと胸に手を当て、やおら羞恥と期待と不安の全てを抱くように、
「『あなたはキスをしたことはある?』」
「やっぱ覚えてるじゃねえか!」
「『あなたはキスをしたことはある?』」
 ニトロはため息をつき、
「『ないよ』」
「『……したい?』」
「『……わからない』」
 ふいにやり取りされたセリフの情感に、どこかでため息が漏れた。

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