スチャーラーラーララー♪ と、どこからともなく軽妙かつ妙に色っぽい曲が広場に流れこんできたのは。
「あ」
 ハラキリは、うめいた。
「うわあ!」
 ニトロが、叫んだ。
 池の辺に立つニトロの目の前に、突如として巨大な二枚貝が浮かび上がっていた。勢いよく水面を割って飛沫を上げて、がりがりと浅瀬の底を派手に削って制止したその貝は、ニトロもハラキリも知っている。実際はもっともっと小さな貝。ハマグリ。
 その巨大ハマグリが勢い良く口を開けた時――
「うぎゃあ!」
 ニトロの悲鳴を浴びて現れたのは、当然のように、アレだった!
「待ちくたびれてうっかり池の底で寝こけるところだったわー!」
 貝の白い裏地から美しく照り返しを受け、彼女の真っ白な肌が花吹雪を背に妖しい艶をもって輝いた。彼女は服をまとわない。水着姿……と言っていいのかどうか、乳首と恥部を隠すビキニの生地は薔薇の花を象っている。そう、パカンと開いたハマグリの上、真っ赤な薔薇を乳房と股間のそれぞれにポンと咲かせた王女がそこにいる!
「ニトロ! 『オハ・ナミ』へようこそ! さあ、ブレーコーを楽しみましょう!」
「うっさい阿呆! いきなり現れてなんつー格好で恥ずかしげもなく何だそりゃ! ブレーコー!?」
 薔薇ビキニの紐はほとんど糸である。必然的にほぼ、というかむしろ全裸のティディアに力強くニトロは怒声を浴びせた。
 その声は、ティディアの美肌をより一層輝かせた。彼女のボケの本能とでも呼ぶべき感覚が、相方たるツッコミがその本領を取り戻していることに瞬時に感応したのだ。
「そうよ、ブレーコー!」
 嬉々として、彼女は高らかに歌うように腕を広げた。その顔は上気し、興奮がまるで隠せていない。
「聞いているでしょう!?」
「ブレーウチとやらなら聞いた! できることなら今すぐお前をブレーウチたい!」
「ブレーウチって何よ、それはまた面白そうじゃない!?」
「面白そうじゃねぇ! 何を目を輝かせているんだ!」
「……あれ? 本当に聞いてない?」
「『オハ・ナミ』ってパーティーがあるってことは聞いた!」
 そこまで言って、はたとニトロは思い至ったようだった。
 キッとハラキリへ振り返る。
 ハラキリは目を逸らし、いそいそと携帯電話をポケットにしまった。
 もはやニトロに助けは必要ないと理解する。
 彼の眼光、それだけでブレーウチのごとし。
(……隙あらば)
 逃げるべし。
「それじゃあ私が教えてあげる!
 戦慄するハラキリとは対照的に、ティディアは満面の笑顔で歓喜のままに言う。
「『オハ・ナミ』における『ブレーコー空間』には秩序というものが存在しないの! 誰が何をしてもその場限りは許される、ルールもマナーもなければ法律もない、“ブレーコーブレーコー”が免罪符!」
「なんッだその理不尽空間! つか『オハ・ナミ』って流れからしてこの風景を愛でるものじゃないの!?」
 体はティディアに向けて警戒態勢を取りながら、顔はハラキリに向けて疑念一杯。器用なニトロの問いかけに、ハラキリは頬を掻いて――『天啓の間』でティディアがニトロのツッコミに対して指摘していた事は真実だった。今の彼は最近になく実に元気だ――と思い知りながら、
「花を愛でるより宴会を愛でるようですよ。むしろ花は添え物? それともこの非現実的な空間がブレーコーの根拠?」
「それはそれこれはこれで非現実は非現実現実は現実で!?」
「あ、それはナイス解釈じゃないでしょうか」
「あああ、なんてーか日本にちほん凄いと思った俺の感動を返せ! 花を愛でようよオハ・ナミ!」
「というわけで、愛でるのは私になさい!」
「どういうルートを辿ったらンな結論に至るんだバカ姫!」
「この絶景を眺めて宴会開始。ブレーコー発動。やりたい放題、食べ放題。花匂い花に酔い酒にも酔って、いい気分! そしたらほら、ふと見るまでもなくあなたの横にはこんな美女がこんなに美味しそうな姿で! ぶっちゃけちゃうとオハ・ナミパーティーもどうだっていい、とにかく私を襲うか襲われろ!」
「おぅしそこまでで十分だ。それ以上は下ネ「やりたい放題、ヤりたい放題!」「って聞いてんのかティディア!」
 ニトロの怒声も聞く耳持たず、ティディアはどこ吹く風でさらに言う、
「ああ、なんて素晴らしい文化! ニトロ! 桜を愛でるからには」
 ビシッと乳房を飾る二つの真紅を指差し彼女は言う。
「薔薇に隠れた可憐なぽっちり桜もいっぱい愛でて!」
「どこの三文エロトークか! てか大体そのバカ満点な格好は何だ!」
「ていうかニトロ、こんな美女がバカほど扇情的な格好をしているのに性欲そそられないの?」
「ンなデザインむしろ呆れるわ! そんなん扇情的っつーより罰ゲーム的っつーんだ下手すりゃ出オチで笑われるだけだ!」
「イエ〜イ大歓迎!」
「イェ……ッ……ああ、もうこの女は……」
「ああ、空はこんなに晴れ渡り、太陽は私を祝福して輝いている! 爽やかな春風は、ほら、囁いている。聞こえるでしょう? 今こそおしべとめしべがくっつく時だと!」
「……」
「でも大丈夫! 受粉の心配はしなくていいわ、避妊はちゃんとしてあげる!」
「…………」
「さあ、ニトロ……初めてでしょう? 大丈夫、怖がらなくていいわ。こんなにも桜が美しく散っているんですもの、おねーさんとあなたの童貞を美しく散――」
 その瞬間、ティディアの喉が引きつり
「ヒッ!」
 と短く悲鳴を上げて、彼女は身をかがめた。一瞬前まで額があった場所を、ニトロが投げた石が空気を裂いて飛んでいく。
 ――そして、数秒の間を置いてやたら遠くでどぼんと池に大きな波紋が生まれた。
「……ちょ、ちょっと!」
 推定するに1kgはあったであろう石飛礫いしつぶてをすんでのところでよけたティディアは顔を引きつらせ、抗議の声を上げた。ニトロは二投目を目指して手ごろな(大きい)石を拾い上げている。
「ニトロ待って石はひどい! 石は痛い、っていうか危ないからゥキャア!」
 今度は鳩尾を狙ってきた石をティディアは身をよじってかわした。石は貝の上蓋の裏に当たって跳ね返り、えらい勢いで水面に飛び込み大きな水飛沫を上げる。
「……」
 跳弾でその速度。当たったらマジで死ぬ。
 三投目のために無言で石を拾うニトロの姿を見て、ティディアの引きつり顔から血の気も引いた。
 これはヤバイ、ヤバイ! 十何日か振りの気持ち良過ぎる丁々発止が嬉しくて、あんまり調子に乗って余計なことを言い過ぎた。ニトロったらこれまた数週振りに完璧キレちゃってますね!?
 状況を判断するや否や、ティディアは三投目が来る前に身を丸めて寝転がり貝を閉じた。そのまま池に潜行し、ひとまずニトロの怒りが少しでも冷めるまでやり過ごそうと足下に置いてあったパネルを操作する。
 ――が、貝の潜航装置は働いているはずなのに、全く水底へと進んでいかない。進んでいけない!
「わ」
 ティディアは、モニターになっている貝の――先ほどの石が当たった部分がヒビの入った――内側に映し出された外の様子を見て、うめいた。
 ニトロがすでに、そこにいる。
 我が身を封じた巨大な貝を抱え止めて、そこにいる!
「わあ!?」
 ニトロの三投目は、石ではなく貝だった。女性一人を飲み込んだ重い二枚貝型潜水艇を軽がる陸へと投げ上げて、それを追って自らも地に上がる。
 そして彼は素早く投げずにおいた石を拾い上げると、
「うーわわわわ!」
 ティディアは耳を塞いで悲鳴を上げた。
 ニトロが貝を割ろうと石でガンガン殴りつけてくる。石で叩かれたくらいで壊れるような代物ではないが、防音には気を配っていない。この音は――たまらない!
 どんどん強烈になっていく激音に耐えかねて、ティディアは貝を開いた。
 すると彼女の目に、太陽を背にし、石持つ手を振り上げる男の影が飛び込んできた。
「ひぃぃ待って! ニトロ待ってお願いそれは堪忍して!」
 ティディアは、両手を彼に差し出し絶叫した。
 ぱっかり開いた貝の中でむしろ全裸の王女が石を振り上げる少年に情けを懇願する……なんともシュールな光景が面白すぎて心を奪われていたハラキリは、そこでハッと我に返って慌てて踵を返した。
 ニトロがティディアを餌食にしている間に身を隠し、ひとまずその怒りが少しでも冷めるまでやり過ごそう。
 ――と。
 ゴヅン!!
 と、やけに痛い音がハラキリの背後で轟いた。ついでに「へぶッ!」と悲鳴だか奇声だか判りかねる声も。
「ハァアラキリィィィィ!」
 続いて鼓膜を叩いた怒号に対し、ハラキリは聞こえない振りを決め込み全力で走った。
 しかし、
「空を見ろ!」
 次に投げつけられたその言葉を、全く何を意図しているのか予想することもできないその怒鳴り声を、ハラキリはどうしても無視することができなかった。
 彼は足を止め、振り向き見た。
 そして――
「……ぉ」
 うめいた。
 見事な弾道を描き飛来するそれを見て。
 ハラキリは思った――やれやれ今日は調子が悪い。どうにも判断後手に回って悪路ばかりを踏んでいる。今だって、もしかしたら、姑息にも逃げようとしなければ。ニトロもこんな『馬鹿力』任せのお仕置きをしてこなかったかもしれないのに。
「ぁぁ〜ん」
 もはや避けることのできない薔薇ビキニ弾頭ミサイルの、うめきとも喘ぎとも嘆きともつかぬ声がハラキリの耳に届く。
 互いの距離にして数センチ、時間にして刹那、およそ聞けたとしても認識できるはずもない彼女の声だけでなく、彼女の様子すらも記憶に収めて――彼は、思った。
(人間の心理は、本当に面白いものですねぇ)
 どうやらティディアは頭突きを食らったらしい。額を真っ赤にして目を回し、そうしてその真っ赤な額をまっすぐこちらの頭へヅゴン!!!

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