晒し者だ。
 イチマツ人形型のアンドロイドが運んできたお茶が『ちゃぶ台』という本物の木製の円い小卓に並べられていく様子をぼんやり見つめながら、ニトロはそう思った。
 ちゃぶ台の対岸では、この公開処刑の舞台を整えた憎らしい友人が悪びれもなくあぐらをかいて、遅れてやってきたヴィタに事の顛末を話している。
 自分とハラキリのちょうど中ほどに席を取ったヴィタは、つい数分前、イヌ起源の獣人ビースターの姿で現れた。なんでもティディアに頼まれて、ハラキリへの手土産を発掘した美味しい菓子店で買ってきたのだそうだ。可愛らしいデザインの箱からパティシエが丹精込めて飾り立てた小振りのケーキを取り出しながら、彼女は熱心にハラキリの話にピンと耳を立て向けている。
 そして、憎々しいティディアは……
 すぐ横にいた。
 離れるように言っても彼女は距離を取らず、それどころか『ザ・ブトン』とかいうクッションごとこちらに近づこうと体を寄せてきて、その度に自分と彼女の間にちょこんと座るイチマツ人形に押し返されて「むぅ」とうなっている。
 そのイチマツを操作しているのは芍薬だ。芍薬はティディア避けの壁となりながら、しかし様子は落ち着かず、絶えずこちらをちらちらと窺っている。
 マスターの意思に反して、我儘を言ったことに後悔しているのだ。それでもフォローをいれてこないのは、『聞きたい』ということが抑えられぬ正直な気持ちだからだろう。
「…………」
 もう何度目かティディアが押し返される。そしてその度に繰り返される、ティディアを押し返したイチマツ人形が戻ってきてこちらを見上げ、それからばつが悪そうに座る仕草にニトロは内心で苦笑した。
 芍薬が、悪いわけではない。
 ハラキリの言い回しが巧すぎた。メルトンを利用しあのように言われては、芍薬が『聞きたくない』と言えるはずもない。
 さすがは元マスターと言うべきか。それともさすが『我が参謀』と言うべきか。
 先のハラキリとティディアのやり取りを思い返せば、どうやら彼はバカ姫に怒気満タンであった芍薬のガス抜きを兼ねて策を弄したらしい。
 彼なりに、穏便に済ませようとしてくれたのだろう。だからといってこの迷惑この上ない結果を納得できるというわけでは到底ないが――しかしこうなってしまった以上、もう諦めた。
 また、ティディアが押し返されていく。
 イチマツが戻ってきてこちらを見上げてくる。
 ニトロは、人形のその小さな頭に、そっと手を置いた。
 イチマツが驚いたように目をみはった。しかしニトロが微笑を刻んでいることを知り、頭を撫でてくれる彼の手に嬉しそうに小さな手を添える。
「……なんだよ」
 ふと、目つき悪くティディアが睨んできていることに気づいてニトロは険を返した。
「イイコイイコ、私には?」
「お前を撫でる手は持ち合わせてない」
「じゃあどんな手だったら私にくれる?」
「ドツク手だけは『仕事柄』いくらでもくれてやらあ」
「最近、ニトロ君のドツキは磨きかかってますからねぇ」
 ちゃぶ台にお茶と、茶菓子が揃ったところでハラキリがおかしそうに言った。
「たまに怨念がこもっている時もあるようですが」
「時々物凄く痛いのよ。その時かしら」
「でしょう。評判ウケは良いようですけども」
「一国の王女が嬉々としてボケてツッコまれてる姿なんて笑うしかないだろ」
 ぶすっと頬を膨らませてニトロが言うのに、ハラキリはもっともだとうなずいた。それからお茶を一啜り、
「さて、ニトロ君。お聞かせ下さい」
「…………」
「約束……はしてませんが、こうなったらどーんと」
「……お前ねえ」
「どーんといきましょうよー」
「馬鹿みたいに繰り返すなティディア。大体、お前はどうなんだ」
「私? 私はニトロが初恋の相手」
 にこにこと言うティディアを鼻で笑い飛ばし、ニトロは気を落ち着けるために一度深く息を吸い、嘆きを込めて吐き出しながらちゃぶ台に頬杖を突いた。
 そして、そっぽを向いてぼそりと言う。
「幼稚園年長の時、相手は保母さん」
「…………」
「…………」
「…………」
(……ん?)
 ニトロは、怪訝に思った。恥を忍んだ告白の後、訪れたのはなぜか、沈黙だった。
 てっきりすぐにティディアあたりが反応すると思っていたのだが……。
 目を戻して三人を見ると、そこには微妙な反応があった。
 ヴィタは涼しい顔をしているが、ちょっとだけ耳が垂れている。多分、話が珍しくもないことだったから、ちょっとだけがっかりしているのだろう。
 一方、ハラキリは微笑んでいた。ああいや、いつも笑っているような顔をしているから、彼は最も無反応だった。どうせ彼自身は初恋話になど元々興味を持っていないのだろう。それでいて話だけ振ってくるから余計に腹立たしい。
 最後にティディアを見ると……彼女は、頬を赤らめて小さく震えていた。
「……?」
 震えて? なんで?
「ベッタベター!」

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