振り返ると中性的な顔立ちの男性が、微笑を刻んで走り寄ってきていた。
「?」
芍薬の声がしたのにアンドロイドがいない。しかし走り寄ってきている男がいて、ではそれは誰かとニトロが身構えると、男は彼が警戒していることに気がつき目を光らせた。
男はアンドロイドだった。全く人間と見分けがつかないアンドロイド。またティディアはこんなものを用意してきていたのかと思いながら、ニトロは言った。
「お疲れ様、芍薬」
「主様コソ」
アンドロイドはニトロの前まで来ると立ち止まり、彼の背の仮面を見た。
「ああ、こいつは……」
「解ッテルヨ」
「え、何で?」
「エーットネ」
アンドロイドはばつが悪そうに口をもごつかせた。
「御免ヨ。最後ダケ、バカノ案ニ乗ッチャッタンダ」
きょとんと、ニトロは呆けた。
一瞬何を芍薬が言ったのか解らなかったが、やおら理解し、今度は怒るべきかこのまま唖然とするべきか分からなくなって困惑する。
「何で?」
とりあえず、ニトロが問うと、芍薬は心苦しそうな顔に変えて言った。
「バカノ案、有効ダト思ッタンダ」
「……いつ知ったの?」
「アンドロイドヲ片付ケタ後。ヴィタガ連絡シテキタ」
芍薬が自分の胸を叩く。
「コレガ『本隊』ニイルカラ、イザトイウ時ハ主様ヲ助ケロッテ」
ティディアが言っていた保険とはこのことも言っていたのかと、ニトロは悟った。
「……主様、怒ッタ?」
黙しているニトロを、芍薬が不安げに窺う。
不思議なもので芍薬が乗り込んでいると思うと、中性的なアンドロイドの造型が女性寄りに見えてくる。
「いや、芍薬がそう判断したならいいさ。あっちの様子はどうだった?」
ニトロの許しを受けてアンドロイドの顔がほころんだ。
「自由解散ミタイナ感ジカナ。モウ、『火』ハ消エテタヨ」
「そっか」
ニトロはうなずいた。
ティディアの思惑は見事に功を奏しているようだ。これからどれだけその影響が形と成るか分からないが、悪い結果にはならないだろう。
「チャッカリ主様ニ背負ワレテ、イイ気ナモンジャナイカ。バカ姫」
芍薬に言われ、引き剥がされると思ったのかティディアは腕に力を込めてニトロに掴まった。
「主様ノタメノ計画ジャナカッタラ、脳天ニチョップデモ思イキリクレテルトコロダヨ」
「それは、怖いわね」
ティディアの声は弱々しくなっていた。
話し疲れたのか。体力も限界かもしれない。
「芍薬、迎えは?」
ニトロに問われた芍薬は沈黙し、瞳の奥に通信中のランプを灯した。
「スグソコ。アア、アレダネ」
芍薬が指差した空を見ると、そこには大型の
背の高いアパートの上空を旋回してこちらに下降してきた飛行車が眼前に横付けてくる。すると横腹のドアをスライドさせて、イヌ起源の獣人の女が現れ出てきた。
マリンブルーの瞳を輝かせる彼女は、しっかり乱痴気騒ぎを聞いていたらしい。白衣を着てすっかり女医の風情だ。
「お疲れ様です。ニトロ様」
「うん、本当にね」
涼しい顔でしれっというティディアの執事にニトロは険立てた声で応え、そして背の病人を差し向けた。
ヴィタはニトロから主人を受け取ると、軽々抱きかかえて車内に戻っていった。
「ニトロは、ついてきてくれないの?」
早く帰って寝ろとドアを閉めたニトロに、ウィンドウを開けてティディアが聞いてきた。彼は考える間もなく当然と首を横に振った。
「日頃の行い思い出せ」
「……今日は違うわよぅ」
「ああ、今日のことは『俺のため』だったようだけど……だからって手放しで誉められることをしたわけじゃないよな?」
「…………。
お見舞いは?」
「行くわけがない」
「うぅ……」
ティディアはうなった。常なら巧妙な反論を仕掛けてくるものだが、さすがにそんな元気はないようだ。
ニトロは
「仮面はもう外してもいいんじゃないか?」
「そんなこと、言われなくても、分かってるわよ」
ティディアはうなだれると、切なそうにウィンドウを上げた。スモークのかかったウィンドウが彼女を隠していくのと同時に
そして、空を駆けて去る飛行車を見送りながら、ニトロは隣に立つ芍薬に言った。
「さて、それじゃあ俺達も家に帰ろうか」