追ってくる狂騎士の人数は、初めより少しだけ増えている。しかも――見覚えのある服装が消えたり現れたりしていることで気づいたが――所々で要員を交代し、常に元気な者が追うように体勢を整えて。
 一方で初めから今までずっと追跡してくる仮面もいた。その動きをよくよく観察していると、どうやらアンドロイドらしい。人間にしては整い過ぎた走法で、速度を微妙に変化させながら追い続けてきている。
 時折アンドロイドにしては不自然な動きを見せることを鑑みると、狂騎士のメンバーが意心没入式マインドスライドの遠隔操作でもしているのだろう。そしてアンドロイドであれば人間以上の速度で走ることもできるのに、それなのに追いつこうとしてこないのは――じっくりこちらを疲れさせるためか。
 生物のように疲労することのないアンドロイドに緩急をつけられ追いかけられれば、精神的な体力の減衰も著しい。
 その上、アンドロイドの数は次第に増えてきている。そのプレッシャーが、心を締めつけ足に鉛をまとわりつかせてくる。
(ええい、こりゃいい司令塔だ)
 前方から迫ってくる一団を見て、傍の路地に逃げ込みながらニトロは内心毒づいた。
 時に徒歩を許され、時に全力疾走を強いられ、全体的には一定のペースで……真綿で首を絞められているようだ。特に力を入れて磨いている持久力もじわりじわりと奪われて、すでに心肺は悲鳴を上げ始めている。
 自棄やけになって諦めたくもなるが、しかしニトロは走り続けた。
 自分ができることは結局、時間を稼ぐことしかない。
 芍薬はこちらの状況に気づき、もう手を打っているはずだ。その助けを待つ。芍薬が手を打てない状況には決してしてはならない。それさえ守れば、逆転はいくらでも可能だ。
「?」
 仮面の一つが、急速に向かってきていることにニトロは気づいた。
 その速度は恐ろしく――
「!」
 それは、アンドロイドだった。
 アンドロイドの一体が遂に全力を出してきた。
 ここで捕らえにきたかと息を詰め、止めた途端に震え出そうとする足に力を入れて身構えると、そのアンドロイドの背後で狂騎士達の動きに乱れがあるのが見えた。
 どうやら、狂騎士達は戸惑っている、らしい。
(抜け駆けか?)
 指揮を逸脱する者が現れたのかと思えば、違った。そのアンドロイドはニトロの前まで来ると、丁寧に辞儀をした。
「主様、あたしダヨ」
 穏やかな声に、ニトロの肺に押し込まれていた空気が一気に解放されていった。
「待ってたよ、芍薬」
「御免ヨ、『仕込ミ』ニチョット手間取ッタ」
「……てことは、あっちの本拠を掴んだってこと?」
「御意」
 ニトロは額から落ちる汗を拭い、向かってくる狂騎士達に目をやった。情報を交換するだけの時間を稼ごうと軽く走る。
「それじゃあ、どうしようか」
 歩を合わせてついてくる芍薬を――芍薬の乗っ取ったアンドロイドを見て、ニトロはその仮面の奇妙な模様が何だったのか、ようやく知った。
 ティディア・マイラブ!
 そう崩した文字で書いてある。
「『計画』ジャ、最終的ニ主様ヲ『本隊』ガ追イ詰メルヨウニナッテタヨ」
 なぜか苦笑しているマスターを不可思議に思いながら芍薬が言うと、彼はうなずいた。
「あっちが用意している道具は分かってる?」
「御意。アンドロイド30体」
「30!?」
 驚いて、ニトロは素っ頓狂な声を上げた。
「レンタル?」
「自前ダヨ」
「そりゃまた……」
 芍薬の操作するアンドロイドを見るに、結構なグレードのもののようだ。30ともなれば住宅を一戸も買えるだろう。
「随分、いいスポンサーがついてるんだな」
「貴族、政治家、ソノ類ガツイテルミタイダ。警察ニハ手出シサセナイトカ、記録ログニアッタ」
「ああ、なるほどねー」
 まあ、例えば貴族や政治家の子息がティディアの夫の座を狙うため、邪魔なニトロを排そうと参加していてもおかしくはない。あるいは『ティディア姫』に憧れる貴族の令嬢も多いと聞くから、それが狂騎士に紛れていても何ら不思議はなかった。
「それで、他には?」
「車4台、専用サーバーニ専用回線。他ニモアルケド……」
「その中に銃とか、そういうものはあるかな」
「ナイヨ。目的ハ『主様ニバカ姫ヘ別レヲ告ゲサセル』コトダカラ」
 ニトロは、また苦笑した。
「ピントがずれまくってるなぁ」
「阿呆デ馬鹿ゲタ目的ダヨ」
「本当にね。
 ……それじゃあ、俺は『本隊』をおびき出してみるよ」
「大丈夫カイ?」
「大丈夫だよ。命を奪おうってわけじゃないようだしね」
「デモ、大怪我ハサセラレルカモシレナイヨ? ソレニ、モシ『暴走』シチャッタラ命ニカカワルカモ……」
 ニトロは確信を持って言っていた。彼は全身から芍薬への信頼を放っていたが、しかし芍薬は了解を渋っていた。
 いつもならこう信頼を態度で示せば素直に承諾を返すのにと、ニトロは芍薬の躊躇を不思議に思い、やおらその原因にはたと思い至った。
 A.I.は、空気や雰囲気という非常に『感覚的なコミュニケーション』を不得手とする。そのためA.I.は、言葉や声調、表情や身振りなどから総合的に相手の情動を分析することでその短所をカバーしているのを思い出して、ニトロは自嘲した。
 芍薬があまりに優秀だから、A.I.の限界をつい忘れてしまう。仮面をつけたアンドロイドのセンサーで、こちらの微妙な変化まで捉えられるわけもない。
「大丈夫。芍薬がいれば俺は死なない。ちゃんと待ってるから。それに潰すなら頭ごと、だろ?」
 気持ちを明確にした言葉に、ようやく芍薬はうなずいた。
「承諾。ボスハ『隊長』ッテ呼バレテル」
「了解」
「アト、『参謀』ガイルカラ気ヲツケテ」
「分かった。芍薬も気をつけて」
「心配痛ミ入ル」
 芍薬が立ち止まり、もうすぐ傍まで迫っている狂騎士達に振り返った。裏切りのアンドロイドが体を向けてきたことで、狂騎士達の何人かの足が鈍る。だが、アンドロイドらしい集団は構わず突っ込んできた。
「ソレジャア、チョット懲ラシメテクルネ」
「あ、そうだ。あっちには意心没入式マインドスライドもいるだろ?」
「御意。ヨク判ッタネ」
没入深度スライドレベルによっちゃトラウマできることもあるっていうから――」
「御意。念入リニ作ッテヤルツモリダヨ」
「……えーと」
 ニトロは、まあ自業自得かと思うことにした。
「分かった。『ニトロ・ポルカトのA.I.』の強さ、見せつけておこう」
「承諾」
 言うや、芍薬は集団に向けて走った。
 そしてその直後、集団の中の一体が隣のアンドロイドにパンチを放った。芍薬のハッキングだ。殴られた方も殴った方も、戸惑っているようで動きが止まっている。
 そこに芍薬が突っ込んだ。
 全速力を拳に込めて、仲間を殴りつけ止まっていたアンドロイドを文字通り――殴り飛ばす!
 仮面が砕け、激しく金属が激突し、ひしゃげる音が繁華街の路地に響き渡る。後を追ってきている狂騎士達の足元まで転がったアンドロイドの首は半ばもげ、黒いオイルが動脈から噴き出すように流出していた。
 どよめきと、悲鳴が聞こえてきた。
 しかし、畏怖を受けるアンドロイド……機械の詰まった体躯を数mも殴り飛ばす衝撃を受けた芍薬の腕も無事ではなかった。拳が砕け手首が折れ、人工皮膚を突き破って内部の機械が露出している。その腕はもう使い物にならないだろう。
 それを勝機と見たか、間近にいた狂騎士のアンドロイドが芍薬に襲いかかろうとして、急に止まった。
 何事かと思えば、今度は芍薬のアンドロイドが驚愕でもしているように頭を振った。
 意心没入式マインドスライドの対象を乱したのだろう。逆に襲いかかろうとしていたアンドロイドが平然と動き出し、隣にいたアンドロイドを物凄い勢いで殴りつけている。
 ――格が違った。
 芍薬が一般的なオリジナルA.I.以上の能力を有しているのは知っていたが、そういえばそのポテンシャルを実際に目にするのはニトロも初めてだった。
 まったく、どうやったらこんなA.I.を育てられるのか。
「俺には過ぎたA.I.だよな……」
 ニトロは頭を掻き、連絡を受けたかどこからともなく現れた援軍――その中にはあのタキシード姿のものもある――全てがアンドロイドであるらしい一団を、孤軍迎え撃つ芍薬の姿を見た。
 心配は、必要ない。
 ニトロは踵を返した。
 路地を抜けると、こちらへ見覚えのない大男を先頭にした仮面の集団が走ってきていた。これまでと雰囲気が違う。おそらく、あれが『本隊』だろう。
「……タイミングいいなあ」
 ニトロは走り出した。
 とりあえず、人の迷惑にならない場所へ行こう。
 背後から追えと声が聞こえてくる。
 ニトロは繁華街の外れ、光少ない裏路地へと駆けこんでいった。

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