「次はどう出てくるかな」
 確認している中ではもう二台。
 ニトロは後部座席の下で息を潜めながら、芍薬の答えを待った。
「――来タ」
「車種は?」
「無人タクシー」
 あれかと、先ほど見たタクシーを思い出す。
 車が左に曲がった。椅子に座っていないために体にかかる感触もいつもと違う。遠心力に血が頭に集められる心地悪さに口を歪め、ニトロは肘を張って体を固定した。
「シバラク我慢シテネ」
 芍薬の小さな声にニトロは小さく応える。
 信号で長く停まるのを避けるため、芍薬は各信号の切り替わり時間を計算しながら速度を調節しつつ縦横無尽に走り始めた。
 ニトロは改めて状況を整理した。自分が得られている情報を鑑み、そして疑問に思う。
「なんであいつら、今まで仕掛けてこなかったんだと思う?」
 朝から『見ていた』のならいつだって仕掛けてこられたはずだ。水族館でも、いくらだって機会はあったはず。
「夜ヲ待ッテタンジャナイカナ」
 確かに、日の出ているうちより夜の方が襲いやすいだろう。潜む影も増える。人目を誤魔化すことも容易になろう。だが夜の利点を使うにしては、時間が早過ぎないだろうか。
「それだけかな」
「アトハ――ソウダネ、嫌ガラセカモシレナイ」
「嫌がらせか……」
ストーカーハ『オ前ヲ見テイル』ッテ示威スルコトガアルソウダヨ」
「だとしたら、かなり脅迫的な嫌がらせだなあ」
「御意。デモ、理ニ適ッテル」
「そうだね」
 ティディア・マニアの狂騎士達からすれば、『ニトロ・ポルカト』は排斥したくて堪らない存在だ。そして排斥するためには手段が脅迫的にも暴力的にもなる。
 これまでは脅迫的暴力的になって現れた狂騎士は単独、多くて三人だったが、今回はそれを上回る集団……それも、組織立った集団だ。暴力的になることを辞さぬ連中が監視し尾行していると知らしめることは、それだけで十二分な心的ダメージを与えられる。
(……集団か)
 『集団の自制心』がいかに当てにならないものか、ニトロはよく知っていた。
 それがいかに暴走しやすく、そして一度暴走すればどれほど恐ろしいか、それはあの『ミッドサファー・ストリートのサバト』で嫌というほど味わったことだった。
 嫌がらせをすることだけが目的なのか、それとも他の目的のための前哨として嫌がらせをしてきているのかは判らないが、いずれやり過ぎてくるのは十分に予測のつくことだ。
(その前に決着つけないとな)
 車が停まった。ニトロはエンジンの振動を体の芯に感じながら嘆息した。
 とりあえず、現状は耐久戦だ。
 とにかくあちらからの干渉をしのぎ、芍薬か牡丹かが『司令塔』を見つけるか、もしくはハラキリからの連絡があるのを待つ。しのげなければ負け、待ち切れれば勝ちだ。
(それとも……警察に届け出るか)
 尾行の証拠は芍薬が記録してくれているだろう。ストーカーに狙われていると訴えれば、保護はしてもらえるはずだ。
(いや、そうしたらあいつが出てくる)
 『ニトロを助けられる』
 そんな絶好の機会をティディアが逃すはずがない。
 例え高熱を出して寝込んでいようと飛んでくる。そして全力で恩を売り、ついでに全局ネットで生中継でもさせて『誕生日』に向けた布石にするだろう。
(それは嫌だな)
 耐久戦続行を覚悟した時、車が走り出した。また、車体が斜めになった。
「今ダヨ」
 ニトロは体を起こした。窓の外はまた立体駐車場の階上への通路だった。先ほどとはまた別の場所。だが、今回はここで降りる。
「尾行は?」
「二台後、ダークレッドノ普通車ニ代ワッテル」
「オーケー。それじゃあ、後で」
「気ヲツケテネ、主様」
 通路を登り切ったところで、ニトロは素早く車を降りた。芍薬が順路通り車を走らせるのを見送りながら、通路脇の駐車スペースに停まっている車の後ろに隠れて尾行を確認する。
 先にアイボリーの軽自動車が登ってきた。その次にダークレッドの普通車が現れ、少し速度を緩めた後、階の奥から順路を通り戻ってきたニトロの車が階下への出口通路に向かったと同時、アイボリーの軽自動車を苛立たしげに煽り始めた。
(迷惑な奴だ)
 軽自動車がせかされるように階上への通路に向かう。前に障害がなくなるとダークレッドはタイヤを路面に擦らせ最短の順路を通り、芍薬を追っていった。
(よし)
 もし停まって自分のことを探し始めたら、出口通路を駆け下りて逃げる気だった。
 だが芍薬を追っていくなら、芍薬が別の駐車場に車を止め、飛行車スカイカーをレンタルして迎えに来るのをここで待つ。
 空に飛べば逃げ道は無尽蔵だ。同じ逃げるにしても『映画』ではハラキリは不利だと選ばなかった手段だが、今回の相手には通じる。時間を稼ぐのも走行車ランナーより断然容易だ。
十八らいねんになったら免許、即行取らないとなー)
 そうすればこんな手間をかけずに乗り代わりもできる。今後またこういう事が起きないとは限らないから、絶対にそうしよう。
 利用者の途切れた立体駐車場に動くものはなく、剥き出しのコンクリートが作る独特の静寂が場を支配していた。照明の無機質な光がいつもにもまして白々しい。肌に触れる空気が湿り気を帯びた孤独を胸に染み込ませ、無性に心細くなってくる。
「まったく、ティディアとは結婚どころか付き合ってすらないってのに」
 思わず、心情が口を突く。
 ニトロは座り込んで壁に寄りかかり、静かにため息をついた。
「あいつはいなくても面倒かけやがるなぁ」
 それは言いがかりだと解っているが、ニトロはそう思わずにいられなかった。
 どうにかしてこの状況を打破したいものだが、となるとやはり今月末の『決戦の日』が何よりも大きな鍵となる。
 結婚会見を潰す……それだけではもう目的は達成できない。
 『ニトロ・ポルカト』が『ティディアの恋人』だと思っている世間一般の皆様の認識を覆し、そして絶対にティディア有利に事を捉えるであろうお呼ばれしたマスメディアを納得させ、それと同時に何よりティディアに『結婚』を諦めさせて、ついでにこういう件に巻き込まれないためのスピーチをぶっ放さねばならない。
「はぁ……」
 実にが多過ぎて、考えただけで眩暈めまいがする。
 小さく頭を振った時、携帯が震えた。

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