「別の格好をしてくれないかな?」
「承諾。ドンナ姿ガ主様ヌシサマノオ好ミ?」
 芍薬がファッション雑誌のモデルのようなポーズを取る。抜群のプロポーションをしているから随分と様になる。スパイというコンセプトからすると、やはり目立ちすぎる外見だとニトロは思った。
「別に適当でいいよ。そこらのファッションサイトを参考にして見繕ってくれない?」
「逆ニ難シイナ。コダワリハナイノ?」
「んー、メルトンの肖像シェイプもフリーパーツを適当に組み合わせただけだったしなぁ」
主様ヌシサマハ、A.I.ノ姿ニコダワリヲ持タナイタイプナンダネ」
「君の元マスターはこだわるタイプだったみたいだけどね」
 芍薬は笑った。クールな顔立ちをして独特の冷たさを印象づけてくるのに、笑うとそれが爽快な印象に変わる。
(撫子とはまったく逆だな……)
 芍薬の個性に、ニトロはそんな感想を持った。
 この芍薬は、つい先日まで撫子のサポートA.I.チーム『三人官女』の一人だった。サポートA.I.は主人マスターの注文を基にメインA.I.が育てることがほとんどで、ハラキリも撫子が仕込んだと言っていた。しかし、礼儀正しく奥ゆかしい撫子の下で育ったとはちょっと想像しづらいキャラクターだ。
 もしかしたら、自分がメルトンを育てた時と同じように、奔放に設定を重ねていったのだろうか。そうだとしたら、なるほどメルトンの代わりに新しいA.I.を育てると言っていた自分に、ハラキリと撫子が芍薬を譲ってくれたのはこれが一つの理由かもしれない。
「ソレデハコンナノハドウカナ」
「あ、待った。NGがあるんだ」
 いざ姿を変えようとしていた芍薬が止まる。服が立体画素ボクセル崩れを起こしてモザイクがかって見えた。
「ティディアの真似は厳禁」
「承諾」
 今度こそ芍薬の服装が変わる。デニムジャケットにシャツとジーンズという親しみのある姿に、目が安堵する。映像の色彩も落ち着き、芍薬を見やすくもなった。
「うん、いいんじゃないかな。似合ってるよ」
「……感謝」
 と芍薬が、ちょっと頬を赤らめた仕草にニトロは笑った。まだ芍薬のキャラクターを掴み切れない。だが、付き合うに楽しそうなA.I.だった。
「とりあえず、基本的なところから決めよう」
「承諾」
 居住まいを正した芍薬に、ニトロはぎらつくほど真剣な目を向けた。
「ティディアからのアクセスは全て拒否」
「御意」
「マスメディアからのアクセスも拒否して、内容は王家広報へ転送」
「御意」
「ティディアからのアクセスは全て拒絶」
「御意」
「ハラキリへのアクセスはしやすいんだったよね?」
「御意」
「どの程度まで?」
「自由ニ設定可能。フリーアクセスモ許可サレテイル。例エ撫子オカシラガ接続ヲ閉ジテイテモ『官女』ノ仲間ガ常ニ待機シテイルカラ、ソレヲ中継点ニスルモ可能」
「えーと? それなら、その仲間と常時接続しておいて、何か事があったら即座に助けを呼ぶこともできるのかな?」
「御意」
「じゃあそれで。あとティディアからのアクセスは全て禁止」
「? 御意」
迷惑スパムメールやウイルスはサーバーでフィルタにかけてるから、あっちまでチェックしに行かなくていいよ。フィルタを抜けて来ちゃったら、それはその時に順次対応ということで」
「御意」
「それでティディアからのアクセスは全て破壊」
「ギョィ」
「セキュリティレベルはハラキリの設定を受け継いで。そっちの方が安全だから。それで不都合があったら修正していこう」
「御意」
「もちろんティディアからのアクセスは完全無欠に断絶」
「ギヨ……」
「完璧にティディア・フォン・アデムメデス・ロディアーナからのあらゆるアクセス断固拒否」
「……ヌ、主様?」
 大きな汗と『?』のアイコンを出して芍薬が困惑を示している。
「どうした?」
「イヤアノ、ソウ何度モ言ワズトモ……」
「甘い!」
「ニャア!?」
 ぐわっとニトロに迫られて、芍薬はたじろぎ目を丸くした。背後に縦線の陰が落ち、マンガ的に冷や汗が飛んでいく。
 A.I.を怯えさせたニトロの目は爛々と輝き、その表情には恐ろしい陰が落ち、まさに鬼気迫る勢いで彼は拳を握った。
「いいか!」
 ニトロは叫ぶ。爆裂したフラストレーションに大口を裂いて、叫ぶ。
「昨日なんて朝起きたらキッチンで朝食作ってやがって、起き抜けに『責任取れ』とか言ってくるわけだあのバカは! 何でも想像妊娠した、あなたの子どもだ、だからあなたに責任取る義務があるとか電波チック戦法で襲って来るんだあのバカは!
 もーちろん演技さ! 全て演技さ! 俺を籠絡するための策略さ!
 一昨日はラブレターだったよ。一昨昨日は電話で告白してきたよ。その前はディナーに無理やり付き合わせた上にドリンクに睡眠導入剤を入れて貞操狙ってキヤガッタヨ! 既成事実を作ろうとしたんだろうな。いやーハラキリが同席してくれていなかったらやばかったあの馬鹿ときたらどこから仕入れたんだか知らないが男のあらゆる妄想を実現させるような策を弄してきたかと思ったら急に正当手段にうったえてきたかと思ったら犯罪すれすれっつーか犯罪だろそれっつー行為で……」
 ニトロは止まらない。物凄い勢いで息もつかずに愚痴を吐く。
 圧倒された芍薬はただそれを聞き続けるしかなかったが、やがて己のペースを取り戻し、あぐらをかいて座ると作業を始めた。
 ニトロが顔面を酸素不足の青紫色に染めてまで語り続けるエピソードのいくつかには、ハラキリを助ける撫子のサポートとして自分も関わっていた。だから、新しい主人のティディア姫に対する態度は知っていた。知ってはいたが、そのアレルギーはちょっと予測値以上だった。
 これはなかなか大変な人のA.I.になってしまった。だがやりがいもあると、早速ニトロが管理権限を持つあらゆるシステムを芍薬色に再構築していく。
 すると、二点ばかり気になることが洗い出された。

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