「もう少し麻酔が効くの遅かったらショック死ものだったわー! ア、痛たた。まだちょっとひきつるな。
 あ、あなた達は下がっていいわよ。もう準備もできてるだろうから、『犬』達と先に打ち上げやっていて」
「いや、もう何かどうでもいいから、説明してくれませんかね?」
 王女を殺したと思ったらいきなり現れた一団に祝福されてあげくかたきは蘇ったうえ打ち上げと言って盛り上がりながら乱入者たちが帰っていく。
 あんまりなことに目が回り出したニトロの問いかけに、ティディアはにんまりと笑った。
「だからね、全部映画の撮影だったのよ」
「……?」
 ニトロは彼女が何を言っているのかいまいち理解できず、ひどく眉間に皺寄せてもう一度訊ねた。
「えと? 何だって?」
「え・い・が・の、撮影だったのよ」
 パチンとティディアが指を鳴らす。するとニトロ達に程近い壁にスクリーンが現れた。映像が投射され、3・2・1と映画の予告編が流れ出す。
「……うっわー」
 ニトロはうめいた。
「いつ撮っていたんですか? うちのセキュリティ、かなりのものなんですけど……」
「用意できるところじゃ隠しカメラをね。それ以外は最新型のモスキート生体機械ゴーレム偵察機よ。実用試験も兼ねてたんだけど思ったよりうまく撮れてわりとビックリ」
 ティディアはひどく上機嫌に種明かしをする。逆にハラキリは、腕を組んで渋い顔をした。
「あー、つまり開発中のものですか。それで撫子も韋駄天も検出できなかったんですね。
 確か高速で一匹潰しましたけど、もしやそれも?」
「あれは激痛」
「全く気がつきませんでしたよ。これは良い勉強になりました。
 いや、しかし綺麗に撮れていますねぇ。よくもまぁこれまでの流れを一つのお話に仕立て上げたものですわ」
「凄いでしょう。でも、君に潰されたのは本当に痛かったわ。そこからが切れちゃったし。もし録画してたらくれない?」
「申し訳ありませんが、ご期待にはそえませんね」
「そう。やっぱりそこら辺は編集でごまかすしかないかぁ」
「変装した後のニトロ君なら町中まちなかやらタクシーやらの監視カメラに写ってると思いますよ」
「それは回収済み。映像切れたときは企画消滅も覚悟してたからもう、会見場にニトロが来たときは嬉しかったー。さすがにそこまでしてくる度胸があるとは思ってなかったから。惚れ直しちゃった」
「企画って。もしかして、実際に刺されることも企画の内でしたか?」
「楽しかったわ♪」
「変態ですな」
「……うっわー」
 どういう神経をしているのか、平然とティディアと会話するハラキリの傍らで、ニトロはうめくことしかできなかった。
 スクリーンに流れる映像は、確かに覚えのある光景ばかりだった。中には見知らぬものもあるが、ほとんどは学校の終業式の日から、あのティディアに呼び出された時からニトロが遭遇した出来事ばかりだった。それらが見事に都合良く編集され、実に面白そうな映画予告と仕上がっている。
 最後に『近日公開』とテロップが入ってスクリーンが消える。
「お疲れ様。無事にクランクアップできたわ」
「……いや待て」
 ニトロの胸に怒りの炎が、激しい憎悪が蘇った。
「映画撮影のために俺の親を殺したのか!?」
「生きてるわよ」
 ニトロのハートは瞬時に消火された。灰燼かいじんが脳裏に、降り積もった。
「? ? ?」
 訳が解らず、ニトロは指をくわえてキョロキョロと周りを見回した。かろうじて生き残っていた理性が、彼の声帯を弱々しく震わせた。
「え?」
「あなたの御両親、生きているわよ。今頃ポンカタスで旅行を楽しんでいるわ」
 ポンカタスとは、上流階級の連中がよく行く庶民憧れのリゾート星だ。
「え? どゆこと?」
「だから、偽装死なのよ。警察のデータも、役所の死亡確認も」
 ケタケタ笑うティディア。相当に、ニトロの反応が面白いらしい。
「……嘘だ!」
 やおら、ニトロは叫んだ。
「お前の言うことなんて信じられるか!」
「証拠見せてあげる」
 と、ティディアが指を鳴らすとまたスクリーンが現れ、再び映像が投射された。
 ざざーん、ざざーん、と波の音がスピーカーを通ってくる。そこには仲むつまじい男女が映っている。先に女性がカメラに気づいた。
「……あ。やっほーい。ニトロちゃん、元気にやってるー?」
 ひたすらにノーテンキな声が、ニトロの精神に危機的なショックを与えた。
「ティディアちゃんが素敵な旅行をプレゼントしてくれたのよー。抽選に当たったんだって。いいでしょー」
 それは、確かに母だった。夕陽輝く海岸、白浜の上に横たわりながら、水着姿でこちらに手を振っている。
「いいだろー」
 とは、母の肩に手をかけている男。サングラスをかけてはいるが、その何も考えていないような面は見間違えようもない。父だ。
「こっちは母さんとラブラブで愉快快適なんだぞー」
「やだー。お父さんったらー」
 ニトロは無言のままハラキリのホルスターからレーザーガンを奪うと、スクリーンに向かって引き金を引きまくった。
 無論、レーザーがスクリーンの中の人物に当たることはない。光線は全て母と父を捉えていたが、それは結局スクリーンを貫き、後ろの壁を破壊しただけだった。ボロボロになったスクリーンにはもう何が映っているのか判らない。だが音声は元気だ。
「あー、ひっどーいぃ。ニトロちゃんがお母さんにレーザー撃ったー」
「こらニトロ! お母さんに何をする!」
「やかましい! てめえらなんて両親なんかじゃないやい!」
 ニトロは涙目で、ベッドに腰掛けているティディアに言った。
「切れ!」
「了〜解」
 玉座の間にはポルカト夫妻の抗議の声が溢れていたが、ティディアの合図でぴたりと止まった。
「信じた?」
「ああもう、ありがとうよ!」
「あ、王家うちとニトロの家の交友も嘘だったんだけどね。あなたの御両親も気に入っちゃった。これから両家で仲良くやっていこうね」
 ニトロは答えない。うつむき、沈黙している。激しく拒絶してくると思っていたティディアは小首を傾げた。
「ニトロ?」
「あぁもーー! アーーー!! キャーーーーーーー!!!」
 突如、ニトロが絶叫した。
 抱えた頭を無茶苦茶に振り乱したかと思うと、急に静止して茫然と突っ立つ。とたんに破顔したかと思うと、おもむろにうろんな瞳で虚空を見つめ――
 ふいに腰が砕けた。膝から崩れ落ち、顔面から倒れ込みそうになるのを、震える腕が辛うじてかばった。
「……お」
 胸が痙攣した。喉から勝手に空気が漏れ出していくのを、ニトロは止められなかった。
「うおおおおお」
 もう何も判らない。脳が思考が恐慌を起こしている。なぜ泣いているのかも解らない。七日前の夕食はビーフシチューだった。それがどうした。なぜこんなところに自分はいるのだろう。泣いているのは誰のせいだ、涙って海の味がするんだなー。親か? ハラキリか? 自分か? いやティディアだ、あれ? ティディアって誰だっけ――
「おおおおおお」
 ただただ、涙がとめどなく溢れていく。目玉ごとこぼれそうな大粒の涙が。
「う〜ん……」
 泣き続けるニトロにかけられる言葉がなく、ハラキリは頭を掻きながらティディアに目を移した。それに気づいて彼女が微笑んだ。ハラキリは笑い返したが、その笑顔は愛想ではなく不本意が刻んだものだった。
「まったく、非道い人だ」
 笑顔の下に痛烈な非難をこめたがティディアは動じない。充実した顔で笑みを絶やさず、非難すらも満足に換えて楽しんでいるように見える。
「っ、おえぇえぇ……」
 ニトロの苦悶が聞こえてきた。見れば泣き過ぎて吐いていた。玉座の間を嘔吐物で汚した一般人は、もしかしたら彼が初めてかもしれない。
 横目でニトロを見るティディアの眉はひそめられているが、それは迷惑ではなく、少し心配げな眼差しの上にあった。
 ハラキリはため息をついた。その様子が何を示しているのか判りかねる王女へ、気の抜けた声で言葉を投げる。
「それにしても、全てあなたの掌の上でしたね」
「そうでもないわ。君が出てきたのは完全にイレギュラー。それがなければバッテスを助っ人にして全部シナリオ通りに流すだけだったから。
 おかげで思った以上に楽しめたわ。ありがと」
「お礼だなんてとんでもない」
 ハラキリは皮肉混じる半笑いで返した。
「言葉だけ受け取らせて頂きますよ」
「あら、ひどい。本当に感謝しているのに。気持ちも受け取ってほしいな」
「いやいや、そんな恐れ多い」
 言葉とは裏腹に、当てこする態度を隠さないハラキリに、ティディアはどこか嬉しそうに微笑んだ。
「ところでハラキリ君。ものは相談なんだけどさ」
「聞きましょう」
「私の直属にならない?」
「考えておきます。それより」
 と、王女の誘いをさらりと流してハラキリは、ティディアの眼を促すようニトロに目をやった。
 いつの間にか彼は体育座りで、ぶつぶつとつぶやいていた。内容は聞き取れないが、最高にねているのは理解できる。
「なんでまた、ニトロ君を主人公に?」
 その問いに、ティディアは意外な反応を見せた。頬を赤らめたのだ。
「結婚するためよ」
 そしてその言葉に、ニトロが飛び上がった。

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