進路を王城へと変更した車の中、ハラキリはA.I.達と話していた。
「イイノカ?」
「さぁ、ね」
「オイオイ。バカ姫相手ナンダゾ? 会イニ行クダケデモ自殺行為ダッテノニ」
「会いに行かなくても、一度でも接触する可能性は極めて高い。会えば結果は……変わらないと思うからね、こうなったら行くも逃げるも変わりはない」
「復讐……ニトロ様ニ、本当ニ殺人ヲ犯サセテモ宜シイノデスカ?」
「仇討ちはブシの美学だそうだよ」
「ニトロ様ハぶしデハゴザイマセン。例エ依頼主様相手デアロウト、誤リハ正スコトガ道ト、教エモアルハズデス」
「善悪から正誤を見定められる状況であればね。だけど今はそうじゃない」
「デスガ司法ノ場デ戦ウトイウ選択ガ、マダ」
「法廷は今となっては無理だ。検察や弁護士が『おひいさん』に敵うとも思えないし、例えニトロ君を誤魔化して誘導したところで、依頼人をわざわざ負けが決まった死合いに出しておきながら自分は正しいことをしました、なんてそれこそ拙者の道に反する」
「本当ニ負ケガ決マッテイルノカ? オ前ガヤロウトシテイタ手モ残ッテイルダロウ」
 ハラキリは、ニュースを映すモニターを消す間際、ニトロの素性に対する推理ショーが始まっていたことを思い浮かべた。すでにでたらめな情報が乱舞し、『犯罪者』のイメージが幾つも創作されているだろう。全く裏目の状況だった。
「マスメディアや世論を動かそうにも、さっきの件がすでに劇化されて楽しまれている。それを利用するにもおひいさんの側に分がありすぎる。ニトロ君をはめた確たる物証か、それこそお姫さんの自供でもなければこっちは後手のまま。きっと裁判官も陪審員も『王女』の勝ちを支持する。最悪、逆にニトロ君が有罪を受ける可能性だってある。王族への暗殺未遂とか、まあ、さっきの件を理由に」
 ニトロが『気がつかされた』ことも、裏目だった。いや、致命打と言ってもいい。策が成功していれば神剣ともなる『気づき』だが、今はただの諸刃の剣、あるいは己の命を引き換えにしなければ敵を斬ること叶わぬ魔剣でしかない。
 同時に、こちらの動向を限りなく既定する強大なくさびだ。
(必殺の切り返しの失敗に、加えた一打で足を止め、後はトドメを刺すばかり……。
 そりゃおひいさんも余裕なわけだ)
 ハラキリの唇は歪んでいた。苦く。
「正直、さっきニトロ君が先の依頼を撤回しようとした時点で拙者は負けているんだ。残念だけど、本当はもう依頼も何もない。拙者には、彼に出せる口はない」
 ハラキリの声は冷静だった。自分のできる範囲を正確に把握し、出した結論をただ口にしていた。
「ソレナラナンデ退カナカッタ。オ前コソ、ワザワザ『追加』ナンテ誤魔化シテヨ」
「意地、かな」
「ソレハ役ニ立タネェッテ教エダロウ」
「拙者は未熟ということだね。それともこの仕事が向いていないのか。
 なんにしても、後戻りだって出来ないんだ。それなら依頼人に最後まで付き合うよ」
 言って、ハラキリはおかしそうに笑って、ふと真顔に戻ると「それに」と付け加えた。
「ニトロ君の心情も察せるだろう? 彼が受けたことを考えれば。それに……なんだろうね、依頼人にこういう感情持つのはいけないけど……
 あわれに思う」
 ハラキリは助手席を見た。そこでは、ビキニパンツ姿のニトロが、何本ものコードがつながったフルフェイスのヘルメットをかぶ被り、体中に電極をつけている。
 仮想世界での格闘トレーニングプログラム。短時間で、素人も『それなり』に動けるようになる。彼は今、全身に汗をしたたらせて、頑張っている。
「彼は、おひいさんに、本当に何もかも奪われたんだ」
「……」
「ダガ、間違イナク重罪ダゼ? 王族ニ手ヲ出セバ」
「死罪、だよ。理由はどうあれ、殺したら間違いなく」
 ハラキリはそこでふむと唸って、
「そうなったら『安全確保』の契約も生き返るな」
 と、つぶやいた。韋駄天は呆れ声を出した。
「殺セルカ? バカ姫、戦闘スキルモ並ジャナイダロウ?」
「分からないよ」
「分カラナイモンカ」
「……窮鼠きゅうそ猫ヲ咬ムト? ハラキリ様」
「しかもそのねずみ、今は殺意に満ちている。本人はまだちゃんと実感していない口ぶりだったけど、まるで劫火みたいな殺意だ。震えが来るよ」
「ソノ感覚、私達ニハ分カリカネマスガ……」
「マァ、ハラキリガソウ言ウンナラ、凄マジインダロウナ」
 ハラキリはダッシュボードからアイマスクを取り出した。王城に行くのは、6時間後の予定だ。それまでにニトロには、格闘技術の他にも色々と覚えてもらわねばならないことがある。
「あ、韋駄天。エアコンの調節しっかり頼むよ。ニトロ君が風邪をひくといけない」
「了解」
「撫子も、頼んだプログラムよろしく」
「ハイ」
 ハラキリはシートを倒し、アイマスクで目を覆った。
「心配ありがとう。まぁ、殺し合いになると決まったわけじゃないし、なんにしても何とかするから、安心しておいてよ」
「分カッタ。ソノ言葉、信ジルゼ」
「家デオ帰リヲ待ッテイマスネ」
 ハラキリは微笑んで、深く息を吐いた。
 やれやれと思う。
 今やティディアの思惑が解る。これまでの王女の行動に覚えた疑念も、釈然としなかった事態も、全てが合致して一つの『答え』を指示している。それはあくまで推測の域を出ない。だが、ほぼ確信できる。
 ティディア姫は、ニトロを心底怒らせたいのだ。
 一方で、確信したが故により強まる疑問もある。
 なぜそうしたいのか。なぜニトロを選び、彼を怒らせて一体何を果たそうというのか。
「……いや」
 ふと『推測』を始めている自分に気がついて、ハラキリは失笑した。
「その答えは、訊けばいいか」
 幾つか想定することはできるが、まともな方向に考えればいいのか、馬鹿クレイジーな方向に考えればいいのかが判断できない。判断できたところで、今更状況をいかほど変えられるというのか。
 それはどこまでも『推測』でしかなく、依頼人の気を変えることはできないだろう。依頼人は『真実』を求め、怒りをもって会いに行く。
 それもまたティディアの思惑通りだと、また確信が去来する。
 自分たちはまさに口をあけて待つ猫の前に赴くネズミでしかないのだ。
 そしてもし、ニトロが殺意の道を選べば、その結果がどうあれ先に待つのは地獄だ。
(その時は失脚させられた姉姫でも利用してみようか)
 ため息混じりにそんな解決策を考える。王族殺しは許されざる大罪だ。だが、それが同じ王族の手による『粛清』ならばことは変わる。
 ニトロが仇を討ち取ったときは、その『手柄』を献上して復権の道筋としてやればいい。
 ニトロが返り討ちにあったときは、その『証拠』を携え事件に対する義憤を演出してやればいい。
 どちらにしても……依頼人の仇討ちは成し、彼に未来の道標と、それとも墓標に手向けと記そう。
 ティディアに王位継承権を奪われ、今は彼女を恐れて隠遁生活を送る姉姫が、恐れながらも王位継承者に返り咲く機会を耽々たんたんと窺っているという噂。それが事実確かなものだということは、信頼できる情報として聞いている。
 きっと、いや、確実にこちらの提案に乗ってくるだろう。
 ――もちろん、『そこまで逃げられれば』の話ではあるが。
(一応、その手も用意しておかないと。しかし初めっから大変な仕事が舞い込んできたもんだ)
「ぅをんぱサーーーーーーーーーッッッ!」
 プログラムが佳境に入ったのだろう、ニトロの奇声に笑って、ハラキリは浅い眠りに落ちていった。

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