「?」
 ニトロに音が戻ってきた。
「うわ!」
 ティディアの絶叫。耳を塞いで退く彼女の姿を見て、反射的に彼は顔を腕でかばった。
 瞬間、轟音が爆裂した。
 落下物は爆音榴弾ロア・グレネードだった。ニトロは鼓膜が破けんばかりの激痛に悲鳴を上げた。後から襲ってきた強烈な耳鳴りを防ぐように耳を押さえ、よろめき、そして思い出した。
「あ」
 彼は空を見た。頂点に双子月の片割れ、赤月が大きな満月を描いている。その中に小さな黒い点が見えた。
「ハラキリ!」
 希望が胸に蘇った。即座に王城が見える方角を探す。それは幸いかな、左方にあった。ティディアも兵もいない、遮るものはフェンスだけだ。ニトロは走った。踏み出し素足を地につく度に足の裏が痛むが、構わない。彼は必死に走った。
「確保しろ!」
 ニトロの動きを見てティディアが叫んだ。その時、またも落下物が落ちてきた。彼女等とニトロの間に。今度は爆音榴弾ロア・グレネードなどではない。ボーリングの玉みたいな本体と、その頭から伸びて火を吹く導火線。実に解りやすい爆弾だった。
「退避退避!」
 ティディアは悲鳴を上げて逃げた。こんな大きさの爆弾、その爆発の規模は計り知れない。スリットから大胆に足を突き出し、驚くべき速度で兵士達を追い抜いていく。
 導火線が尽き、火が本体に到達した。しかし爆発は起きなかった。代わりにパンッと大きなクラッカー音が鳴り、爆弾が真っ二つに割れた。
 予想外の出来事にティディア達は困惑した。彼女等が見守る中、爆弾の中から大量の飴玉が転がり出てきた。まるでパーティー用のグッズだった。
「…………」
 ティディア達は、茫然自失と立ちすくんだ。なんというか、バカにされているのかフェイントなのか理解しかねて、言葉を失っていた。
 だが離れた場所で起こった本当の爆発に、彼女は失態を気づかされた。
 爆発はニトロの走る先にあった。彼の向かう先のフェンスが、ひしゃげて大穴を開けていた。
 唇を噛み、ティディアはうなった。
「撃て!」
 しかし彼女の命令は遅かった。その時ニトロは未だ粉塵煙る爆心地に飛び込んでいた。思い切り力と勇気を振り絞り、地上300階の外へ身を投げていた。
「わあああああ!」
 ニトロは叫んだ。踵の皮を光線がかすめて焼く中、彼は地上に広がる光を見た。視界が地平線からビルの群れ、車や人が行きかう道路へと移り、意外なほど緩慢に重力が体を引き始める。額に風が触れ、髪が逆立ち、血が足へと集まっていく感覚が彼を襲った。
「ああ!」
 ティディアは飛び降り消えたニトロの姿に、悲鳴を上げた。
 彼が死んでしまう。まだ、この手に掴んでいないのに!
 その瞬間、
「!?」
 何かが、ティディア達の視界を縦に切り裂いた。黒い影。人の形も備えた大きな影が。
「……ちぇっ」
 理解して、ティディアは毒づいた。
「本気で焦っちゃったじゃない。際ど過ぎるわ、タイミングが」
 そしてせり上がる歓喜を微笑に換え、言った。
「まだフィナーレじゃない」
 奇しくも同じ言葉を、彼女と同じタイミングでつぶやいたニトロは、落下しながら腕を組んでいた。意外に平静な心境は、彼に対する信頼を礎にしていた。体を叩く大気の音に混じって、くうを切り裂く存在が聞こえてくる。
「やあ」
 そして、ハラキリが笑顔を見せた。彼は黒い空中走板スカイ・モービルのハンドルから片手を離し、気軽に手を振っていた。
「遅かったじゃないか」
 空中走板スカイ・モービルを駆るハラキリに文句をたれる。すると彼はニトロの手を掴み、自分の腰に引き寄せた。ニトロがシートにまたがれるよう支えながら、彼は言った。
「申し訳ない。でもなんだか楽しそうに話していたものですから。随分、喜劇じみてましたけど」
「お前がよこした『天使』のせいだ!」
「使ってもらえるか、それだけが心配でした」
「お前ねぅわっ」
「あ、ちゃんと掴まっていて下さい。軌道を変えます」
 ハラキリをどつこうとした時、ニトロはシートから離されそうになった。それを注意され慌てて彼にしがみつく。
「うっっひょぉぉぉぉぉおう!」
 空中走板スカイ・モービルの機首が上がるに従ってより強烈になっていくGに、ニトロは歓声を上げた。

→6-a3へ
←6-a1へ

メニューへ