―私の理想の異性?
 この私と対等であれる者よ。
 でも、それは恋人であれ、敵であれ、全てに当てはまる。だって、そうじゃない? 自分と張り合ってくれる相手がいない人生なんて、退屈でしょうがないわ。
 あなただって、ロスラッツがいたから、大女優になれたのでしょう?
<コゴア社『週刊ウィー・対談「大女優イカチル×最恐王女ティディア」』より>

「うぬう……」
 怪訝と不満が、喉を鳴らした。
 ニトロは屋上まで残り一階というところまで昇ってきていた。なぜか、非常階段に戻ってからは追撃も待ち伏せもない。刺激を受けるほどに活発化する体の中の変なモノが、消化不良で気持ち悪かった。
 だからこそ、見上げる先の踊り場に独り大槍を携え仁王立つ戦士を見たその時……ニトロの頬は自然に笑みを刻んでいた。
 戦士は、ケルゲ公園で戦った男であった。死地より蘇り、ここに再び現れた。
「雪辱に参った。ニトロ・ポルカトよ」
此度こたびはしかと言えたな、我が名を。バッテス・ランラン」
「ありがとう」
 二人は、睨み合った。
 刹那、バッテスの大槍がニトロの鼻先に迫った。目にも留まらぬ恐るべきはやさで、必殺の突きがニトロに襲いかかっていた。
 だが、ニトロのショートアッパーが、穂先が彼の皮膚に触れるよりも早く大槍の腹を打ち、その軌道を上に逸らす。鈍い衝撃音とともに大槍が跳ね上がり、低い天井に激突した。バッテスの愛槍、すべてを切り裂くグングニルは苦もなく強化セラミックの建築材を切り裂き、天井に、深く深くめり込んだ。
「うぬ」
 口を結び、バッテスは衝撃に痺れる手を槍から離した。どうやら、天井から抜くには骨が折れそうだ。かの敵を前にその余裕はない。彼は武器を諦めた。
「やはり、やるな」
れ者め。これしきで我がマッスルを量れると思うな」
 ニトロは一段足を進め、双眸を吊り上げた。まなこに戦意と殺意がみなぎり、白々はくはくとした眼光が薄暗い非常階段で不気味に映える。盛り上がる肉体は、敵を求め渇き飢えている。彼からは湯気が立ち昇るように、闘志に満ちたオーラが湧き出ていた。
「貴様は以前よりましになったようだが……まだ、足りぬ。この筋細胞には、まだまだ刺激が物足りぬ」
 一歩一歩、ニトロは階段を上がっていった。踏み込むたびに足が階段にめり込み、足跡が刻まれる。ビル自体が揺れているような錯覚を味わいながら、バッテスは超合金で固められた自身が震えていることを感じた。だがそれは恐怖ではない。歓喜だ。
 戦士として生まれ変わった今、バッテスは武者震いに笑っていた。
「足りぬならば満たしてやろう。我が拳で!」
「来い!」
 階上から、バッテスはニトロに向けて踊りかかった。拳を引き絞り、全体重をかけて跳びかかった。狙うは、人を超えた腕力を勢いに加え、全体重303kgを乗せた一撃必殺の拳打だ。
 しかし!
「マッハパン!!」
 ニトロの放った音速の右ストレートが、美しきクロスカウンターでバッテスの顎を捕らえた!
 骨と金属がひしゃげる音とともにバッテスは迎撃された。勢い吹っ飛び天井で跳ね返り、踊り場に叩きつけられ壁でバウンドし、それでも止まらず階段へと転げた。
 ニトロの拳はバッテスの意識までをも完全に潰していた。巨躯には身を支える意志も力もなく、だらしなく一段落ちるたびに速度を増して、やがて己を敗北の底へ叩き落した敵に向けて落岩のように転げ落ちていく。
 ニトロは軽く飛んだ。その足先をバッテスが無情にすり抜け、バレリーナのように軽やかに着地した彼の背後で転がり続け、階下の踊り場の壁に衝突してようやく止まった。
 その間も常に勝者の眼は敗者を振り返ることなく、じっと門番の消えた扉に向けられていた。
 静寂を取り戻した非常階段でニトロは不敵に笑った。
 そして、残すところ13となった階段を力強く踏みしめ上がっていった。

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