「君が新人のカロライ君ね。急に部長がこっちによこすなんて言うから、びっくりしたわ」
「え?」
「まったく、部長も何考えてるのよね。定例会見を新人教育に使うなんて」
 腕を組んで口を突き出す女性の様子に、ニトロは呆気に取られた。
「あ。挨拶してなかったわね。私はジョシュリー・クライネット、アナウンサーよ。知ってるでしょ?」
 ニトロは慌てて、何度もうなずいた。ジョシュリーは笑い、
「君の指導をするのはこのおっさんよ」
「おっさんと言うな、能無しジョシュリー」
 ジョシュリーに指差された男性は、機嫌悪そうに言った。彼女は彼に、いーっと歯を見せた。
「彼がカメラマンのデバロ・オレブ」
 ニトロの耳元で、囁く。
「嫌味なオヤジよ」
「はぁ、よろしくお願いします」
「よろしくしねぇよ。若造」
 ちっと舌を打ち、デバロはぶつぶつと毒づいていた。まぁ、この戦場のような場所でいきなり新人教育を申し渡されたのだ。不機嫌になるのも無理はない。
 しかし、
(手は打っていたのか)
 ハラキリの『仕込み』に助けられたニトロは、安堵していた。彼はこのような事態も考え、ジョシュリー達の上司を演じ、カロライ・セネスタを現実化していてくれたのだ。
 ……まさか、本当にカロライ・セネスタがいるという可能性は、思考の外に捨てておくべきことだ。考えない、考えない。
「それでは皆様、開場したしますので順序良くお入り下さい! まずはJBCSから!」
 と、定例会見の行われるホールの扉が開き、中から現れたタキシードの男が言った。
「遅れるなよ、若造」
 ハンディカメラを肩にして、デバロがニトロに言う。彼はケースを肩にかけ、ジョシュリーを先頭にホールへと急ぐJBCSの列に加わった。
 なるほど、ハラキリがこの局を選んだ理由がよく分かる。ジョシュリーは記者席の前列中央に座り、ニトロ達カメラマンも会見席を最もとらえやすい位置に案内された。これならば行動を起こしやすいというものだ。
 ホールには次々に人が入ってくる。およそ300名はいようか。最前列付近はいいが、後ろに行くほど人の密度が増し、文句や抗議と罵声が聞こえてくる。
「始まったら押してくるからな、場所を奪われんじゃねぇぞ」
 デバロがカメラのピントを確かめながら言う。
「会見の進行は知っているな?」
「いえ。まだ聞いていません」
「チッ」
 舌を打ち、デバロが腕時計の内蔵コンピューターを起動させて宙映画面エア・モニターを出す。
「そこに書いてある通りだ」
 そこにはタイムテーブルがあった。7時から会見が始まり、まず王家からの近況報告がある。その次に行政に関する報告、経済に関する報告と今後の見通しと続き、
「……」
 ニトロは、遠いものを見つめる目で会見席を眺めた。
 タイムテーブルの最後には、こう書いてあった。
 『本日の催し・マスメディア各社と酒池肉林(新人アイドル達も来るよ)』
「特に最後の催しは修羅場だ。スクープ映像も撮れるからな、油断するんじゃねえぞ」
「……はい」
 まぁ、本当の修羅場は、この前に行われるのだが。
 ニトロは、鼓動がこれまでにないほど早打つのを感じていた。緊張で手に汗が浮かび、喉が渇いていく。デバロの腕時計を覗き見れば、7時まで残り1分に迫っていた。
 あと30秒……20秒……9、8、7……
 ニトロは手の平をズボンにこすりつけて深呼吸を繰り返した。腹に深く沈み胃をせり上げる重圧を吐き出すように、何度も、覚悟を決めるために。
 そして、7時が訪れた。
 ガラガラガラッとけたたましい音を引き連れて、台車に乗った大太鼓と厚い胸板のふんどし男が会見席の前に登場した。
「?」
 ニトロが呆気に取られる中、ホールにフラッシュの光が充満した。目もくらみそうなほど無数に弾ける光を浴びながら、男は気合を入れた。
「ぃよ〜〜〜ぉっ!」
 ドンッ! と一発、重い音がホールに響く。男が叫んだ。
「姫様の、おなぁぁりぃぃぃぃぃ!」
「…………」
 ニトロは、ホールを包むノリについていけなかった。
 ティディアの、定例会見の登場パフォーマンスは有名だった。毎回趣向を変え、時に地味に、時に派手に登場しては視聴者の度肝を抜く。ゴールデンタイムに王立放送で、あるいは各テレビ局も副映像で生放送されているくらいだから、ニトロも見たことはある。
 だが、こんな奇抜なものは見たことがなかった。ニトロは、ホールを包むノリにまったく、ついていけなかった。
 なんだろうか、今、ホールに入場してきた女は。なぜ、白装束で、ハチマキ巻いた頭にえらい勢いで燃える赤い蝋燭ろうそくを立てている? 何故、老若デブ・痩せ・マッチョと様々な男が担ぐ輿こしに乗る必要があるのだ?
 分からない。
「あ〜ああ〜〜あ〜〜〜〜」
 妙な旋律で楽器の刻むエスニックなリズムに体をくねらせ、彼らは何をあーあーうなっているのだ? 解らない!
「ぼさっとするな」
 デバロがカメラを回しながら、ニトロに小声で言ってきた。彼は慌ててハンディカメラを構えて、体裁を取り繕った。ふと周りを見れば、マスメディアの面々は冷静に目前の事象を撮影している。
「プロだ」
 心底感心して、ニトロは片笑みを浮かべた。自分はこの世界に向いていない。将来の就職希望先から、マスメディア関係は抜くとしよう。
 そうこうしているうちに、ティディアは会見席についていた。ぺこりと彼女が頭を下げると、溶けて溜まっていたろうがぼたぼたと机に落ちた。
「皆さん、こんばんは。今夜は地球ちたま日本にちほんという国の入場行進をパクってみました」
「へー」
 ティディアの言葉に、マスメディア各位が申し合わせたように感嘆の声を上げる。ニトロも、釈然としないものを感じつつも、一応それにならう。
「そしてご紹介」
 と、彼女は太鼓を叩いたふんどし男を横に並べた。よく見ればかなりの美形である。
「こちら恋人のヂョニーです」
 一斉にフラッシュがたかれた。これまでとは比べ物にならない光量にホールが何倍も明るくなる。会見席の二人は真っ白な光で塗り潰されたかのようだ。
 その最中、ティディアがヂョニーとやらの乳首を貫いて名札をつけた。痛そうである。血も出ている。痛いのだろう。彼は涙目だった。恋人を紹介した王女に、記者達から矢のような質問が浴びせ掛けられる。
 その光景を、ニトロは握り締めた拳に青筋立てて、奥歯を強く強く噛み締め見つめていた。
「質問は後で。今日は機嫌がいいから、後で何でも話してあげるから」
 ぴたっと、質問の嵐が止んだ。誰かが鳴らした歯軋りの音が、静まり返ったホールに聞こえた。
 その音を奇妙に、誰彼のみならずティディアも不思議そうな顔をしたが、すぐに気を取り直して事を進めた。
「では、定例会見を始めるわね」
 彼女は、ヂョニーが手渡した板晶画面ボードスクリーンを見ることもなく机に置き、言った。
「王家の近況、元気です。行政、問題なし。経済、儲かっています。今後の展開? ま、なんとかなるんじゃなぁい?」
 ティディアは、ぺこりと頭を下げた。
「あっちぃぃぃ!」
 短くなっていた蝋燭の火に髪を焼かれてティディアは絶叫した。彼女はハチマキから蝋燭を引っこ抜き、怒りに任せて床に叩きつけた。
「…………」
 そして、何事もなかったように姿勢を正した。もう一度ぺこりと頭を下げる。
「それでは長くな」
「短ぇ!」
 ニトロの堪忍袋の緒が切れた、色々とツッコミ所満載なティディアの会見に噴き出した衝動が理性を完っ全にすっ飛ばしていた。
「なんだこの滑稽な出来レース! これはゴールデンなタイムで生放送だぞ!? お子様も見てるんだぞ!? 番組で教育なんぞ語るんなら、もーぉちょっとまともな会見やりやがらんかいっつーかメディアもツッコめ奴ぁ豪快にノーガードじゃねーか! 相手バカ姫だからって遠慮してんじゃねっつーかお前ら広報屋スピーカーかぁぁああ!!」
 一息でとめどなく、素晴らしく流暢にそこまで叫んでニトロは
「あ」
 と、口を開けた。

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