人間が真価を発揮する時は、いつだと思う?
 人生がかかっている時? 誇りが懸かっている時? それとも、大切な人を守りたい時?
 私は、それを知りたいと思うの。
<コゴア社『週刊ウィー・特集「ティディア姫、私の興味」』より>

 シェルリントン・タワーは、夜を迎えて更に人出を増やしつつあった。
 この時間帯の客層には、家族連れ、仲間の集い、恋人達が目立ち、ホールとなっている一階には幸せそうな顔をした者がひしめいていた。もちろん、人を待っているのか苛つきながらたたずむ者や、人目はばからぬ振る舞いをする恋人達をひがみや倦厭けんえんの目で見る者達もいる。
 そしてその中に、いかめしい表情を崩さずに直立不動の警備員の姿があった。
 正直この場にはそぐわぬ警備員の姿があるのは、ホールのとある一区画。200階以上に昇るためのエレベーターがある所だ。そこに、ニトロは人ごみに幾度となく足を止められながら進んでいた。
 シェルリントン・タワー一階ホールの名物、中央に浮かんでいる振り子時計は、6時42分を示していた。定例会見は7時からである。もう余裕はない。
 ニトロがエレベーターに辿り着くと、すぐさま女性の警備員が正面に立った。アンドロイドのようで、特有の『貼りついた表情』に薄い笑みを乗せている。ニトロの顔と左胸の身分証を合わせ見て、言った。
「JBCSのカロライ・セネスタ様ですね。ただいま照会致します」
 その眼に光が走った。目に埋め込まれている簡易センサーで危険物を所持していないかチェックしながら、身分証に記載された情報をデータバンクに送信しているのだ。
 身分証は絶対に通じると、センサーへの対策も十分に施されていると聞いているとはいえ、武器も入ったカメラケースを持つ手が緊張で震えそうだった。
「照会終了しました。どうぞお通り下さい」
「ありがとう」
 開かれたエレベーターにそそくさと乗り込み、ニトロは胸中に安堵の息を漏らした。
(まったく、本当にどういう手段を使っているんだ?)
 王家が関わる報道に携われる者達は、身辺調査なども含めて毎月厳しいチェックを受ける。その審査を通過した報道関係者だけが会見場などに入ることを許可され、データバンクに登録される。登録されてしまえば、よほどの時でもなければ詳しい身体検査はされない。そのためデータバンクは強力なセキュリティで守られているのだが……ハラキリは、そこに侵入して、架空の人物を作り上げたのだ。
 重罪である。
(まぁ、相手が相手だから、それぐらいしなきゃならないだろうけど……)
 エレベーターは高速で目的の階に昇っていく。監視カメラの存在が気になるのは、初めてだった。
(……もう、奴は来ているのか?)
 250階に辿り着いたところで鐘が鳴り、扉が開いた。ニトロはできるだけ警戒心を表に出さないようにしながら外に出た。
 エレベーターホール前のフロアには、人がごった返していた。奥にあるホールへの扉は未だ閉まっている。どうやらここは報道関係者の休憩所らしかった。
 休憩所、とは言っても、実際は戦場である。何台ものモニターや機器の資材が並び、キャスターやカメラマン達が戦闘を前に気合を入れている。その中には、JBCSのクルーもいた。
「あ」
 JBCSのクルーを目にしてニトロは思わずうめいた。『彼女等』には見覚えがある。ホテル・ベラドンナで、自分をパーティーの招待客と間違えてきたインタビュアー達だ。
 ニトロは極力、彼女等に気づかれないようフロアの隅に行こうとした。が、
「おっと、失礼」
 足を踏み出した時、ぶつかった男性が言ってくる。
「お、新人か?」
 男性の胸にはJBCSの身分証が輝いていた。
(ひいいいい!)
 ニトロは心の中で悲鳴を上げた。
 いきなり大ピーンチ。
 ニトロは何とかごまかしてこの場をしのごうと思案を巡らしたが、良案が出るよりも男性の行動が先だった。
「迷ったのか? 仕方ねぇなあ」
 男性は面倒見良さそうな笑顔で、ニトロの腕を掴んで歩き出した。
「ほらこっちだ。先輩を待たせるもんじゃねぇぜ」
「は、はいい」
 ニトロの返事は震えていたが、男性はそれを緊張と取ったようだ。
「今からそんなんじゃ、本番までもたねぇぞ?」
「はいいい」
 ニトロは虚しくも、JBCSスタッフの輪の中に放り込まれてしまった。
 彼は涙目になっていた。特殊メイクは大した物で、心境に反応して冷や汗を浮かべている。
 自分は今、カロライ・セネスタという架空の男。データバンクには存在しても、現実には存在しない。こんな、JBCSで働く方々と面通しなぞされては、誰も知らないことを知られてしまう。『計画』が潰れてしまう。
(なんてこった、ついてない)
 心の中では号泣し、スタッフの輪の中の一番外で縮こまっているニトロに、あのインタビュアーが声をかけてきた。

→5-b2へ
←5-a2へ

メニューへ