「で? あれを止める手だてはないのか?」
「目の前にお星さまー」
「ふっざけんな起きろバカ姫!」
「ニトロお父ちゃーん、ティディアお母ちゃーん」
「ほら! あの化け物が呼んでるぞ! って、ええ!?」
ニトロは驚愕して生物兵器に振り向いた。
「待ってよ、ニトロお父ちゃーん、ティディアお母ちゃーん」
「確かに呼んでますなあ」
ハラキリがのんきにうなずく。ニトロは、必死でティディアを揺り起こした。
「どどどど、どういうことかな?」
目を覚ましたティディアは、その質問に顔を赤らめた。さらにもじもじする。
「あれ、私とあなたの遺伝子を使って造ってみたの」
ニトロは絶句した。
「で、脳にチップを埋め込んで、あなたをどこまでも追跡するように、『親』を追いかけるようにしたの。だって、私とあなたの愛の結晶じゃない?」
ニトロは気絶した。
「……つまり、だからお
「ハラキリ君、大当たり」
「バカ」
「ハラキリ君、大当たり!」
その時ニトロは、どこまでも広がるお花畑を見ていた。
「おおかた、ニトロ君の
「その通り!」
「ということは。ニトロ君、あれ、君の子どもじゃありませんよ」
ニトロは死の淵から目覚めた。身を乗り出して運転席のハラキリに迫る。
「本当か!?」
「ええ。むしろ、クローンって言った方が近いかと」
ニトロは再び気絶した。
「あっはっはっは。本当、飽きなくていいわー」
倒れこんできたニトロを受け止めたティディアは、彼の頭を太腿の上に乗せ、泡を吹き眼球がひっくり返った顔を見てまた笑った。ひとしきり笑って満足すると、ハンカチで口元を拭いそっと瞼を下ろしてやる。
その様子をルームミラーに映し見ていたハラキリは嘆息した。
「どこまでが本気なんですかね」
「それはね。女の子の秘密よ」
鏡の中のティディアは妖しく微笑んでいる。ハラキリはもう一度嘆息する。
「先ほどの応酬、ニトロ君をわざと怒らせるようにしていたとしか思えませんね。お
ティディアはにやついている。その手はニトロの頭を優しく撫でていた。まるで、けっして壊してはならない大切なものを愛でているかのように。
「その様子を見ていると、本当にニトロ君を殺したいのか疑問に思います」
「恨みはないもの。ただ、いなくなってもらう必要があるだけ」
言い放ち、形崩れた猫耳を外して助手席へ放り捨てる。
ハラキリの目尻に皺が寄った。だが彼は調子を変えずに言う。
「今、絶好の機会じゃないですか?」
「依頼人が殺されていいの? ハラキリ・ジジ君」
「実はそれが怖くて冷や冷やしています」
「ふふ。こんな状況でニトロを殺しても面白くないから大丈夫。安心なさい」
「何か別に企んでいる事がある言い方ですね」
「その質問は野暮じゃなぁい?」
「……ニトロ君には驚きました。まさかお
「あら、君の予想外?」
「ええ。まったく、いざという時の度胸と大胆さは才能ですね。肝の据わりっぷりもなかなか。誰彼変わらぬツッコミはここからきてるんでしょうねぇ」
「今頃気がついたんだ」
「今頃と申されましても。依頼を受けた時が初めてまともな会話ですよ。うっすら感じてはいましたが……いやはや、確信させられるのがこんな状況とは」
「困ってる?」
「正直」
「それじゃあ、これからどうする気? 私を人質に逃げてみる?」
人を食ったような顔をしてくる姫君に、ハラキリは苦笑した。
「お姫さんを人質に逃げるなんて、むき出しの核廃棄物を運ぶ方がマシです」
眼下の高速道路を走る車は一台とてなくなっていた。飛行車も先にはない。何もない。はるか先に陽炎のように見える副王都に向けて、ただ、道だけがまっすぐ伸びている。
ある境界以降、まるで図られたかのように。
ハラキリは居心地の悪さを感じながら、韋駄天に命じてオートパイロットにした。もはや不規則で強引な運転は必要ない。ハンドルから離した手を頭の後ろで組む。追いかけ続けてくる生物兵器の叫び声は、また一段と大きくなったようだ。
「それに、そんなことをしたらニトロ君を正真正銘の国家反逆者にしてしまいますから。そうなったらどこにも逃げられませんよ」
「今ならまだ逃げられるとでも言いたげね」
「そうですよ。事件にならないうちならまだ抜け道はある」
「もう
「
ティディアは答えない。その沈黙に、彼女からは見えないハラキリの顔は不敵な笑いに歪んでいた。
「とりあえず、取引しませんか」
「聞くだけ聞きましょ」
「貴女を人質にしない代わりに、いい加減うるさいあれの処理をお願いします」
と、肩越しに背後を指差すハラキリの提案にティディアは大きな声で笑った。
「面白い要求ね。私が人質になりたくないとでも?」
「違いますか?」
即座に切り返す。
ティディアはニトロの頬に指を当てながら、微笑んだ。
「いいわ。取引に応じてあげる」