「防弾!?」
「そうですが……どれくらいもちそう?」
「ヤラレ続ケルト、5分」
やっこさん、相当に硬い弾頭用意してきましたねぇ」
「そんなのんきにしてる場合か!?」
「いいえ。こちらも撃ち返しましょう。時にニトロ君、シューティングゲームで遊んだことは?」
「え? や、あるけど?」
「それでは任せましたよ」
「え?」
 ハラキリが制御盤のボタンを押すと、天井が折り重なるようにスライドして大きく開いていった。それに続いて後部座席がひっくり返り、代わってドでかいマシンガンがせり上がってくる。
「……この車、何用だっけ?」
「追跡用です」
「こんなゴッツイ銃を装備しておいて、追跡用なわけあるか!」
「いや、ターゲットの足を止めるために」
「命まで止まるわ! い、いや、それよりこういうのってコンピューター制御で……」
「ワリ、オヤッサンノ美学デ手動オンリー」
「なんだそれ!」
「父の美学は拙者もちょと迷惑……」
 ハラキリは左右に車体を振り、銃撃のダメージを極力軽減させようとしていた。だが撃ちこまれてくる弾の量が多すぎる。すでにリアガラスからは、徹甲弾からもガラスを守る防弾コーティングが削り取られ始めている。『危機』はニトロの目にも明らかだった。
「四の五の言っていられません。お願いします」
「ええい、畜生!」
 ニトロは覚悟を決めた。シートベルトを外し、シートを倒し、後部座席に現れた銃座に身を寄せる。頭を車外に出すと同時、彼の耳を爆風が襲った。
「これを!」
 微かに聞こえたハラキリの声に導かれ、彼からインカムを受け取る。インカムを被ると耳当てに鼓膜が風から守られ、フォンからは彼の声が明瞭に聞こえてきた。
「銃座にベルトがあります。それで体を固定して」
「うわ!」
 ニトロの頭上を、弾丸が通り過ぎていった。身を低くしたまま、ベルトで体を固定する。
「マシンガンの後ろから頭を出さないで! 狙いはスコープで」
 言われた通りマシンガンに頭を隠すようにし、銃尻に潜望鏡のように作られたスコープを覗く。その中では目を動かす度、瞳が捉えた目標が縁取られ、距離までが算出された。なるほどとニトロは思った。確かにこれは、シューティングゲーム感覚で扱える。
 敵は二台いた。
 ティディアの乗る装甲飛行車と、その後ろにいつしか合流していた巨大なトレーラー。双方ともに飛行車だ。今は、装甲飛行車から数人の兵士が銃を乱射してきている。
(ティディアは引っ込んだか)
 どうせ、高みの見物と洒落込んでいるのだろう。
引き金トリガー上のレバーを下げれば安全装置は外れます」
「よおし……やっってやる」
 スコープを覗いたまま、アームガードに守られたグリップを両手で握り、安全装置を外し、右の人差し指を引き金にかける。
「エンジンルームを狙って下さい」
「あっちも防弾じゃないのか?」
「それ、対戦車用です」
「オッケー!」
 ニトロは引き金を引いた。凄まじい衝撃がグリップを握る両手から肩に突き抜け、放たれた弾丸はしかし狙いを外れて装甲飛行車のボディに傷をつけただけだった。
「くそ!」
「上出来ですよ。充分脅威を与えたでしょうから。その調子で牽制してください」
 ハラキリの言葉は、確かに当たっていた。高速移動しながら、加えて相手が向かってくる分、威力はこちらに分があった。
 ニトロが撃つ弾丸を警戒し、敵はおいそれと近づき攻撃を仕掛けてこない。付かず離れず距離を保ったまま、カーチェイスが続いていく。
 車は左右に、上下に振れ、要所に配置された警官や軍隊のバリケードがある度に特に激しく、ニトロの体に強烈なGをかかる。その度にニトロは銃の背後に隠れ続けようと全身に力をいれ、また装甲飛行車を牽制するために狙いをつける緊張感を途切らせまいと精神を集中させ続ける。彼の体力は着実に削られていった。
「あ」
 と、しばらくした時、ハラキリがつぶやいた。それはインカムを通し、ニトロの耳にしっかりと届いた。
「どうした?」
「この先は副王都セドカルラへの高速道路です」
「いいじゃないか。障害物もないし」
「誘導ですよ。罠でしょう」
 ハラキリは、このまま高速道路に突っ込むのはどうしても避けたかった。罠があると分かっていながら行くのは愚の骨頂だ。あちらはどうしても高速道路へと誘導しようとするだろうが、今なら多少の無理で包囲を抜ける算段もある。だが、入ってしまったら、虎穴の中から出るために親虎を相手にしなければならない。入ったところで、得もない。
「罠だと分かっているほうが対処もしやすいんじゃないか?」
「それも一理ですが……」
 ニトロが助手席に戻ってくる。インカムを外して息をつく。その額には大粒の汗が光っていた。顔色も土気色で、呼吸は落ち着かない。
「なんにしろ、少し休みたい」
 ハラキリは口を結んだ。高速には入りたくない。だが包囲を抜けるにはニトロにもう一踏ん張りしてもらう必要がある。
 だが、彼の様子からはそれを求める方に不利が多いだろう。
「……分かりました。仕方ありません」
 ハラキリは不承不承うなずいた。マシンガンをしまいこみ、天井を閉じる。
「例のカードを」
 ニトロは懐からティディアに渡されたクレジットカードを取り出し、ハラキリに渡した。
「これは預かっておきますね。SPS空間測位システムを無力化しますので」
「分かった」
 ハラキリはカードを車載のカードリーダーに差し込み、なにやらシステム制御盤をいじりつつ韋駄天に命じた。
「高速道路管理公社にアクセス。フクラギマ・インターチェンジから入る。使用後、カードは全信号遮断庫へ」
「了解」
 ハラキリはニトロを見つめて、言った。
「罠への対策は一応ありますが、バクチですし、相当の衝撃があると思います。覚悟はしておいて下さい」
「もう覚悟は通り越しているよ」
 韋駄天が言ってくる。
「アクセス完了。クレジットカードノ所有者ハ、網膜パターン読ミ取リ用ゴーグルヲツケ、パスワードヲ言ッテクレ」
「ゴーグルは?」
「これです」
 ハラキリが制御盤を操作し、どうぞと促してくる。ニトロは渡されたゴーグルをつけると、喉を鳴らして声を整えた。
「死にたくないよ〜ん」
「ぶっ!」「ブッ!」
「笑うな!」
 ニトロの抗議は空しかった。それもそうだ。こんな状況下でこんなできすぎたパスワードを誰かが言ったら、自分も笑う。
「網膜パターン承認、声紋承認、パスワード照会完了。手続キ、終了。電磁ゲート通過パス入手。オールオーケー」
「それじゃあ、行きましょう」
 ハラキリがアクセルを踏み込み、車は高速道路へと向かっていった。
 その様子をカップのバニラアイスを食べながら眺めていたティディアは、満足気にほくそ笑んだ。
「いい子ね。二人とも」
 その顔を見た部下の兵士は、氷海に放り込まれたかのような寒気を感じた。
「トレーラーに伝えなさい。時は来たりと」
「はっ!」
 一方、高速道路に入った二人は気勢をそがれ、しばらく唖然としていた。
「……平和だ」
 ニトロがつぶやく。ハラキリがうなずく。
 高速道路を走る車は走行車ばかり。それは特に珍しくもないし、実に何事もなく走っている。
 空を見れば抜けるような青空。車の上にある、素子生命ナノマシン素子生命群エレメンツが編み出す消音・侵入防止の素子壁バリアが、時々光の加減で青紫の縞模様を浮かべてフロントガラスに薄影を落とす。ちょうど、空に瑪瑙で出来た小さな群島が現れたように。
「サーチ完了。危険物ヲ積ンダ車両ハ、全方向5km範囲ニ二両」
「罠も無い……」
 ニトロがつぶやく。ハラキリがうなずく。
 光景はただの日常的な高速道路そのもので、まるで危険といったものが感じられない。
「おかしいなあ」
 ハラキリは納得がいかず、首を傾げた。こんな快適なドライブは、予想すらしていなかった。今、ルームミラーの中に戻ってきた装甲飛行車の主は何を考えているのだろうか。
「……あれ?」
 先に異変に気づいたのは、振り返って後ろを見ていたニトロだった。
 様子がおかしい。根拠はないが、直感的に感じる。そう、漫画で表現されたならば、きっと装甲飛行車には大きな汗が描かれているだろう。
「逃げている?」
「ん?」
 ニトロのつぶやきに、ハラキリがルームミラーを見たその時、装甲飛行車を追って奇妙な物体が鏡に映り込んできた。
「――な……え?」
 ニトロは、うめくしかなかった。水晶体を通り、網膜を介して脳に映写されたその現実を、理解できずに。
「ギゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
 天をも貫くような、不快で、魂魄までも震わせる声が、大気を揺るがした。

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