「ふっふっふ。ニトロ・ポルカトよ。貴様は栄誉を得る。有史始まって以来、我等が星にて初めて製作されたサイボーグの、偉大なるパワーを味わう、初めての人間なのだからな」
「そりゃまぁ。理屈だ」
「冥土の土産に教えてやろう!」
「いや、頼んでないし」
「我が輩の名はバッテス・ランラン! 貴様の命を頂戴する、偉大なる戦士だ!」
「ああもう……」
 ドイツモコイツモハナシヲキキヤシネェ――ニトロは頭を抱えた。
 手前勝手に口上を垂れ続けるサイボーグは自己陶酔光線を周囲に放射している。それほどの名文句を並べているわけでもないし、そもそも話の流れが不自然だというのに。誰かに、こう言えばカッコイイとでも吹き込まれていたのだろうか。
「聞いているのか少年! ここからが良いところなのだ!」
「あー、はいはい。続けて」
 ニトロの促しに、バッテスは厚い装甲に覆われた胸をこれでもかとばかりに張った。
「我が自慢のこのバディ! あらゆる兵器も傷つけること敵わず!」
 その時、今まで微動だにせず整列しているだけだった背後の男達が『あ〜』と合唱を始めた。そう! BGMである。バッテスはその勇壮なる歌を背に、恍惚とした表情をさらにとろけさせた。明らかに、自分に泥酔している。明らかに、その顔は放送不可な物となっている。
「そしてぇ!!!」
「うわ!」
 バッテスの放った凄まじい大声に、ニトロは耳を塞ぎ、危篤状態だったハラキリは飛び起きた。
 だがバッテスはそんな聞き手達を顧みることなく、勢いそのままに3mはあろう大槍を振り回し始めた。そして、ぼしゅーと鼻から湯気を吹き出し、一世一代とばかりに叫んだ。
「我が愛槍っっっっ、グングニル!! 全宇宙最強の槍!! 我が力と合わさればっ、この世に貫けものなどなぁぁぁぁぁい!!!」
「だめじゃないか」
 言い間違えたバッテスに容赦なくニトロ。まさに言葉は空間すらも切り裂く無敵の刃となって、この場にいる者全ての心に切り込んだ。
 真っ白な空気が流れる。誰もがバッテスに目を向ける。バッテスがおどおどする。空気が乾いていく、乾いていく……冷たくなっていく――――
「あ……あ。 。 。。」
 バッテスは救いを求めて、ティディアを見た。どうにかごまかせないかと期待を寄せている。眼は助けを請う小犬そのものであった。
 だが、いかなクレイジー・プリンセスとてどうにもならないことはあるのだ。彼女は、静かに首を振った。
「糞の役にもたたないわね」
 そして追い討つ。
「つ、貫けものなどないのだ!」
 しかし、バッテスは挫けること無く必死に抗った。賢明にニトロを睨みつけて凄んでみせるが、悲しいかな効き目がない。
「本当かねえ」
「貫けのだ! ボクちゃんのグングニルは何でも貫けるのだもーん!」
「いや、ボクちゃんって、もーんって」
 妙なしなを作ってイヤイヤをする大男は、ある意味悪夢であった。ティディアも後ろの合唱隊も距離をとっていく。ニトロは泣き叫ぶバッテスをそのままにしておくのも心持ち悪いし、段々哀れに思えてきたので助け船を出すことにした。
「分かったよ。じゃあ、なんか堅いの貫いて見せてよ」
「え?」
 バッテスは瞳を輝かせた。
「じゃ、じゃあ。このボクちゃんの、どんな兵器も傷つけることのできないバディを貫いてあげるよ!」
「オッケー」
「ありがとう! 見ててね?」
 バッテスは、槍を振り上げた。
「ん?」
 ニトロはこれまでのやり取りを巻き戻して再考し、首を傾げた。
「おりゃあああああ!!」
 バッテスの裂帛れっぱくの気合が夜気を切り裂いた。
 バッテスの槍が、どんな兵器も傷つけることのできない彼の装甲バディを音も無く貫いた。
 バッテスの顔は誇らしげに輝いた。
「ほら見た? 本当だったでしょう!? どんな兵器も傷つけることのできないバディも、グングニルなら貫けるんだよっ! ぎゃああああああああ!!」
 バッテスは断末魔の悲鳴を上げて倒れた。
「………………」
「…………」
「……」
「おお、これぞ古事にある『矛盾』」
 ハラキリが感嘆の声を上げたところで。
「興醒めしちゃったわねー」
 呆れ顔で、ティディアが頭を振った。
「こいつ、頭悪かったのね。それとも手術でおかしくなったのかな?」
 腰に手を当て、仰向けに倒れて白目をむいているバッテスを蹴飛ばす。ガインと硬い音がした。だがバッテスはぴくりともしない。完全に沈黙していた。
「あちゃ。駆動系までイっちゃってるわ」
 眉間に皺を寄せて、ティディアはとても残念そうに肩を落した。気を取り直すように息をついて、パンパンと手を叩く。すると、
「おわあ!?」
 ニトロは驚愕し、二歩三歩とよろめいた。
 突然、横を流れるカルカリ川の中から巨大なカエルが浮上してきた。金属質の表皮を見ると、生体と機械の融合存在であるらしい。珪素系の生命体にみられる生物的特徴の一つだった。
 ふと、ニトロの脳裏に数ヶ月前に観たニュースが思い出された。
 この珪素系生物の特徴を利用した科学技術。原始的な珪素生物に擬似的な有機生物を構成させ、それを機械と融合させることで『生体機械ゴーレム』を作り出す技術だ。
 神技の民ドワーフによりもたらされすでに全星系で普及している、その活動様式から擬似生命体と位置づけられる分子機械――素子生命ナノマシンの技術理論と、ウイルスなどを利用したバイオテクノロジーの応用から生まれたもので、アデムメデスはこの技術を確立したプロジェクト主要参加国に名を刻んでいる。それもあって、この分野において特に先進的な技術を有していた。
 キャスターが紹介していたのは、フライ型やネズミ型の生体機械ゴーレムを監視装置として地域を巡回させる、最新技術の利用方法だった。人型、動物型アンドロイドより諸々コストがかかるのが当面の問題で、普及にはまだしばらくかかりそうだと経済アナリストがコメントしていた。
 今では外見は本物と区別がつかなくなってきたという。技術主任は、近いうちにモスキートフライサイズくらいなら見ても触れても『本物そのもの』にしたい、最終的には並べて見比べてもどちらが本物か判らない人型まで可能にしたいと言っていた。
 ニトロはその時、感心すると共に空恐ろしいものを感じたものだった。
 もしかしたら、目の前のカエルも生体機械ゴーレムなのかもしれない。
 ニトロはカエルを見つめて立ち尽くすことしかできなかった。あの時感じた空恐ろしさを思い出したというのに、体は麻痺したように動かせず、心は鉛のように動かない。
 ただ警戒心だけが激しく脈打っている。
 そして、何より……
 なんでカエルなの? という疑問が頭から離れなくて何も考えられない。
 ニトロが見つめる最中、カエルが開いた大きな口の中から白衣を着た男達が現れて速やかに上陸すると、バッテスを担いでまた速やかにカエルに帰還した。
 カエルは、呆然と自分を見つめるニトロにゲコっと鳴いて手を振ると、川の中に戻っていった。
「なんとまあ、手際のよろしいことで」
 気の抜けたニトロの口から漏れ出た感心を追って、ティディアが言った。
「なーんか萎えちゃったから、帰るね。私」
「はい?」
 予想外な言葉に驚くニトロに、ティディアは笑顔で手を振った。
 その背後に、反重力飛行装置アンチグラヴ・フライヤーを備えた装甲飛行車アーマード・スカイカーが急降下してくる。圧迫された空気が風となり、公園の植樹をざわめかせた。
 装甲飛行車アーマード・スカイカーの助手席に飛び乗り、ティディアはウインクと投げキスをニトロに贈った。
「じゃあねぇ。今日のところは見逃してあげるわー」
「なんなんだそれは! お前一体どういうつもりなんだよ!?」
「オーッホッホッホッホー!」
 ニトロの抗議に耳を貸さず、ティディアは哄笑だけを残して去っていった。装甲飛行車が、積載された高出力エンジンをフルに稼動させ、嫌味なほど速くネオン煌めくビル群の果てに消えていく。
 見れば、いつの間にか見事な合唱を披露してくれた男達も跡形無く姿を消していた。この場には、川の音がさらさらと聞こえる夜の静けさだけが残っていた。その静寂はむやみやたらに心に押し入り、無遠慮に気力を食い尽くしていく。ひどい脱力感がニトロの肩に圧し掛かってきた。
「……凄いですねぇ、ニトロ君。一人で撃退できるんじゃないですか」
 感心して、ハラキリがニトロに言葉をかけながら肩を叩くと、彼はへなへなとその場に崩れ落ちた。膝を突き、地に爪を立てる。
「何考えてやがる、あの女」
「他人の考えを完全に理解できる猿孫人ヒューマンなんて、誰もいませんよ」
「そんな真理はいらない。なんでもいいから誰かあのバカどうにかして」
「はっはっはっ。無理」
 ニトロは地に突っ伏した。その双眸からは、とめど無く涙が流れていた。彼の口を伝い、とにかく奥底から魂が流れ出す。
「ああ、疲れた……」

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