人と出会った時、相手がどのような者か探り合うことは必然である。しかし、もし出会いの時、その二人に共通の風が吹いたならば、二人は必然を越えた絆を得ることだろう。
<マシュラヲ出版「
「ひどいなぁ」
「ひどいわけあるか」
ハラキリの家の地下からは一本の通路がのびていた。それは電線などケーブル類がまとめられている坑道につながっていた。土中に眠る蛇の胴にも見える巨大な管は、この一帯の幹線であるようだ。その脇には管理用の通路があった。点けられた非常灯の薄明るさの中、二人はその道を足早に進んでいた。
「ひどいわぁ」
「ひどくねぇわ!」
錆とカビの臭いが対流のない空気に混じり、地底の閉塞感が胸を詰まらせてくる。ニトロは、いい加減に苛立ちを隠すことを辞めた。顔を団子のように腫れ上がらせたハラキリを指差し、叫ぶ。
「だいたいお前がいきなり落すからいけないんだろ?」
「だからって、しこたま殴らなくても〜。だって逃げられたじゃないですか〜」
「危うくこの世からも逃げ出すところだったじゃないですか! 底には定番の水はおろかクッションもないしよ!」
「おかげで服の衝撃吸収能力を説明する手間が省けました。あの高さから落ちて『痛い』で済むのは凄いでしょう」
「しこたま打ちつけられての『痛い!』だけどな」
「君が頑丈で良かった」
「マッハパーンチ」
「痛い!」
もう一発、ニトロはハラキリの顔面に拳をめり込ませた。
「ところでもう随分来たけど、どこまで行くんだ?」
「そこの角を曲がれば地上に出る
ハラキリの言葉の通りに梯子はあった。それは天井の穴へと続き、覗いてみれば暗がりの中に地の上下を区切るマンホールが見える。ニトロは顔の近くに飛んできた
「これ?」
「異常無しです。
「分かってるけどさ」
しれっとした顔で促してくるハラキリを一瞥して、ニトロは梯子に手をかけた。
まだ彼と出会って2時間も経っていないが、ニトロはすでにハラキリ・ジジという人物の性質を理解していた。
彼は、マイペースだ。社交の性質は良く言えば策士、悪く言えば詐欺師だ。さらに彼は、例え周りが協調しなくとも、独りで突っ走るだけの馬力を隠している。
そう思って見ると、彼の細い目と確固として自己を崩さぬ態度が、何だか胡散臭い野郎の代名詞に見えてきて仕方がない。
つまり何が言いたいかといえば、
「なんかねぇ」
梯子を上りながら、ニトロは眉をひそめていた。
「お前の言動には何か裏があるように思えてならないんだよ」
「いや、そう申されましても。自分の雇った人間くらい信用しましょうよ」
「だってなぁ、相手はバカ姫だし。やっぱもうお前が奴の手駒な気がしてきたし。というか、普通こういう時は雇われた者が先行して安全を確かめたり、マンホールを押し上げたりするもんじゃないか?」
「おや、鋭い」
メリッと、ハラキリの頭が嫌な音を立てた。自分がニトロに貸した靴の鉄板すら蹴り凹ませられる踵が、彼の頭骨に芸術的にめり込んでいた。
「ご無体な〜」
梯子を滑り落ちていくハラキリの抗議を無視し、ニトロはとにかくマンホールを押し上げると、夜闇に人の光が滲む地上へと這い上がった。地に足を立て、閉塞感から解放された身を伸ばそうと顔を上げる。
「…………O.K。世の中そう来なくっちゃ」
そして彼は、嘆息と共にニヒルな笑みを浮かべてみせた。