「まさか、戦う気か?」
「それは可能ですけど」
「え? 可能なの?」
「でも持久戦になると、いずれ負けてしまいますから」
「ちょっと待てよコラ、戦えるってどういうことだよ?」
「おーい、撫子なでしこ
「ハイ」
 あくまでこちらを無視するハラキリをちょっと殴りたくなったが……A.I.を呼び出した彼が何をする気か、その興味にニトロは口を閉じた。
「データサーバーへのアクセスログは?」
「消去完了致シマシタ。何時デモ『抜殻ダミー』ヲ残シテ去レマス」
「じゃあ、0時になったら一斉に撃ってくるだろうから、防衛システム全開で迎撃ね」
「カシコマリマシタ」
「で、頃合見て、もうここにはいないことを通告したら逃げちゃって」
「馬鹿ニシナガラデスカ?」
「そう」
 ニトロの顔面は、急性の神経痛になったかのごとく痙攣していた。両者の会話からすると、この家には、特殊部隊の総攻撃が、少なくとも10分は通じないほどの防衛装備セキュリティが備わっているようだ。
(軍事アナリストって、あくまで一般職業だろ?)
 だが、この家の住人は一般ではないらしい。
(……蛇の道は、蛇ってことか?)
 多少納得してはいけないところもある気がするが、ニトロは納得しておくことにした。どうしたところで、自分の判断は間違いなかったのだから。
「ん?」
 ふと、ニトロは気づいた。
「どうやってここから出るんだ?」
 ハラキリは言っていた。『もうここにはいないことを通告して』。
「ああ、それは」
 独り言に近かった疑問に応えてきたハラキリに、ニトロは目を向けた。
 と、そこには、いつの間にか天井から垂れ下がっていたまだらひもを握るハラキリがいた。
「ハラキリ様、初仕事ガンバッテ下サイマセ」
「おー」
「待て今聞き捨てならねぇことを…」
 A.I.の励ましに気楽な返事をしたハラキリに、ニトロが問いかけをしようとしたその刹那――
「れっつごー」
 ハラキリが紐を引いた。ニトロの足下に穴が空いた。
 突然足下が空となり、万有引力に足を掴まれた永遠とも思えるその刹那、まさかとばかりにニトロはハラキリを見つめた。
 しかし、どんなに強い眼差しも、二人をつなぎとめることはけしてなかった
「あああああぁぁぁぁぁぁ、、、、、、、、......」
 どえらい速度で小さくなっていくニトロの姿に比例して、彼の断末魔も小さくなっていく。
「……ドップラー効果だっけ?」
「違イマス」
「あ、そう?」
 彼は、床にぽっかりと大口を開けた穴を覗きこんだ。そこには、黒々とした闇以外の何者も見えない。穴底からは、何も聞こえてこない。悲鳴も、風の音も。
「あれ? ちゃんとエアークッション作動した?」
「昨日、奥方様ガ整備ニ挑戦シテ失敗シマシタ。オ伝エシマセンデシタカ?」
「あ〜、忘れていたよ」
 ハラキリは、はっはっと笑った。
「……」
「……御無事デアラシャイマスカネェ」
「撫子、後よろしく!」
 慌てて穴に飛び込むハラキリと、その声が消えたその時。
 時計の針は午前0時を指し示した。

 え? 私の攻撃に耐える奴がいたら?
 そうね……その時は、びっくりしてみようかしら(笑)
<週刊フェイマル777「特集:私の戦略・ティディア姫」より>

 特殊部隊の突撃は、各種最新鋭防衛兵器で防がれた。突然芝生がひっくり返って現れた地雷原に出鼻を挫かれた上、反重力装置無効化兵器、音波兵器等々、木造のボロ屋からは想像できない兵器の数々の登場に妨げられ続けた。
「びっくりしたー」
 正直な感想が、ティディアの口から漏れた。それに反応して、彼女の隣に控える将校は肩を震わせた。
「なんていうか、これは思わぬハプニングねー」
 攻撃は止めさせてある。弾薬を無駄に消費して金を削りたくなかったし、何より目標が愉快な動きを見せたからだ。
 10分もした頃、突然家がネオンで光り輝くと、庭には高低さまざまな噴水が吹き上がり、下がり、また吹き上がり、まるで踊るかのようなそれらを何のつもりかと疑っていると、今度はファンファーレと共に屋根の上に現れたオモチャの楽団が音楽を奏で始めた。
 今も眼前で繰り広げられている光景は、まるで遊園地のイルミネーションショーのようである。これで着ぐるみでも出てくれば最高だったのだが……。
「い、いかが致しましょう」
 とはいえ、現実はそれほど夢に溢れたものではない。
 ティディアの隣で、その将校はビラを一つ握り潰していた。目の前のイベントが始まると同時に、あの家が空にばらまいた『告知の紙』である。
 家の玄関は開かれていた。打ち破ったのではない。自ら戸を開き、中に敵を招き入れてきた。二組チームを突入させてはいるが、そこにターゲットがいないことは知れていた。
「決まってるでしょ?」
 ティディアは、鼻で笑った。将校は、屈辱と恐怖に固まった顔面に大量の油汗を浮かべている。自慢の部隊が、ただの一般家庭相手に無力のていを表したのだ。この件に関して絶対の自信を持って姫に進言した彼には立場が無い。いや、それよりも姫の叱咤が恐ろしかった。
「さっさとこの一帯の地下の地図を入手。逃走経路を予測、追跡なさい」
「はっ!」
 敬礼して、将校は踵を返した。傍に待機していた部下に怒鳴り散らしながら、足早に去っていく。肩の力の入り様からして名誉挽回の機会を狙っているのだろう。しかし、それはもはや叶わぬ。
(二階級降格……あ、でもこれ見た時の顔が面白かったから一階級にまけよっかな)
 ティディアの手の中には、将校が握っていたものと同じビラがあった。そこには四つん這いでこちらに尻を向けてズボンを下げて穴まで出して、あかんべぇをした男女が描かれている。
 キャッチコピーは、『判決! 無駄足の刑に処す!』だ。
 くだらないと言いながら、彼女は肩を揺らした。だが直感が、相手はなかなか手強いようだと、慢心を削り取れと告げてくる。
「シナリオ通りにはいかないものね、『犬』」
「御意に」
 ティディアの背後に付き従う執事が、頭を下げる。
「まさか自力で手駒を手に入れるとはねー」
 ビラを持つ彼女の手は小刻みに震えていた。彼女は歯を食いしばって腹の底下からこみ上げてくる熱情を堪えていた。だがもう押さえ込むことができない。彼女はびくりと大きく痙攣した肩を抱いた。
「〜〜〜〜〜っ! 楽しすぎてイきそーっ!」

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