敵を倒す時は、常に全力よ? そうしないと……失礼でしょう?(ニヤリ)
<週刊フェイマル777「特集:私の戦略・ティディア姫」より>

「トイレは普通で助かったよ」
「一階は来客用ですからね」
 戻ってきたニトロは、部屋に入るなり硬直した。
 一体どこから出してきたのか、ナイフやら手榴弾やら光線銃レーザーガンが床に並べられている。人を制するのではなく、殺すことを目的とされたそれらは、黙してもなお圧倒的な力を空間に放っていた。それを、真っ黒な戦闘服に身を包んだハラキリが、鼻歌混じりに装備していっている。
「あ。そこにある服を着てくれますか? 防刃防弾加工もなされていますので。サイズ調節ボタンは、左の袖口です。靴もセットになっていますので、合うものをどうぞ」
 と、ハラキリが自分の服のサイズを変化させて見せる。シュッシュッと、小気味のいい伸縮音がニトロの耳をくすぐった。
「それと、携帯電話は追跡されてしまうので、ここに置いていって下さい。ってあれ? なにゆえ固まっておられる?」
「なぜレーザーがある」
 実弾銃は武器規制の中で、比較的緩い範囲にある。威力、命中率が低いからだ。現在の医療なら、即死でなければ頭に弾を受けても助かる確率は高い。簡単な申請に通れば、街中の喫茶店が店の客全員に渡してなお余りある数の銃を所有できる。それに比べ、出力によってはとんでもない威力を発揮する上、幼子にすら高い命中率を与えられる光学兵器は、徹底的に規制されている。おいそれと、
「一般人が所持できるものじゃないだろ?」
「いやいや、コネがあれば意外に簡単」
「コネって……お前、まさか」
「ああ、『そっち』じゃないです。母からですからご安心を」
「何者だよ、あんたの母親!」
「軍事アナリスト。下手な機械いじりが趣味」
「……ああ、そう」
 うなずき、そしてニトロは高原に吹く風のように爽やかな笑顔を浮かべた。
「色々ツッコミたいけど、自粛するよ」
「なぜ?」
「世界の裏側には足を踏み入れたくはないのさ」
「いやいや、もうすでにかなり」
「言うな!」
 気迫と気哀で制され、ハラキリは目を丸くした。
「言われなくても……解っているんだ」
 ニトロは泣いていた。ハラキリは同情を禁じえなかった。
 しかしへこたれている時間はない。ニトロは、ハラキリが拾い上げてくれた戦闘服を手に取った。
 その服は革と綿の両方の感触がする、不思議な素材でできていた。内外二重の構造になっており、生地の所々には奇妙な抵抗がある。何かが縫いこまれているようだ。サイズを調節するボタンがある左袖口は、見ればコントロールバンドになっているらしい。どうやらこの服には様々な機能があるようだ。
 ニトロは慣れない服をようやっと着込み、服同様に黒く少し重い靴に履き替え、サイズを調節すると、内側の生地が動きやすいだけの隙間を空けて体に合わせてきた。足首の辺りは靴に密着し、さながら足先まで一つなぎのウェットスーツのようにも感じられた。外側は内よりも大きい余裕がある。大小様々な形のポケットが多くついているジャケット、という風だ。
「銃とか……俺、使えないんだけど」
 服の機能に感心しながら、ふと思い当たってニトロが言う。ハラキリは他に何を持っていくかと並べた武器を見ていた目を上げ、その中の一つをニトロによこしてきた。
「これを」
 それは少し大振りのナイフだった。随分しっかりしたつばがついている。
「銃の扱い方は後程教えますね」
 と言って、鞘に差されたナイフを固定している装置のボタンを押して解除すると、柄をニトロに向けた。抜けということらしい。ニトロは柄を握り引き抜いた。両刃のナイフだった。露となった刃は金属ではなく、白く、エナメル光沢を持つセラミックに似た物質でできていた。
 ナイフは予想外に軽かった。刃の部分に重さをほとんど感じない。全体のバランスを考えれば柄の重さが異様に際立っていた。
「『切る』と思いながら柄を強く握ってみてください」
 脳内信号シグナルを感知する精神感応機能でもあるのだろうか。ハラキリの言う通り、柄を握る手に力を込める。だが、ハラキリは少し苦笑いするような顔をした。それから意外なほど身軽にその場で垂直跳びをすると、天井に生えている草を一本抜き取り、足首から膝にかけて衝撃を逃がして驚くほど音を立てずに着地した。
 その身のこなしに、ニトロは素直に感心していた。
「部活入ってたっけ? 運動、学校で目立ってないよね」
「目立つのは嫌いなんです」
 ハラキリは草の両脇を握り、ニトロに差し出した。
「これを『切る』ために柄を強く握ってみてください」
 言われる通り、ニトロは改めて柄を強く握った。すると掌に静電気が走るのに似た痺れが感じられた。刀身が白い光を帯び、僅かにブレて見える。少し、耳鳴りもした。
「そのまま刃を上に」
 ハラキリに向けてナイフを構えるようにして、寝ていた刃を天井に向ける。
 ハラキリは手に持った草を捨て、腰に差していたナイフを抜いて鋭利に輝く、明らかにニトロが持つものよりも強烈な殺傷力を誇示している刃を電灯に閃かせた。
至鉄鋼アルタイトのナイフです」
 至鉄鋼アルタイトとは、この世で最も硬いとされる合金だ。そのナイフをハラキリがニトロのナイフの刃に乗せる。
 すると、至鉄鋼のナイフが音もなく『切れた』。まるで火でも切るかのように、手応えは全くなかった。だが、切り落とされたナイフの先は重力に従いすとんと、自然に落ちただけなのに床板に大きな傷をつけて倒れた。
 声もなく、目を丸くして電灯に光る破片を見つめるニトロに、ハラキリは笑いを含みながら言った。
神技の民ドワーフが作り出した刃、『毀刃きじん』のナイフです。製造法は秘匿されているので詳しいことは解っていないのですが……一説には、その刃の表面で分子レベルの小さな刃が無数に高速で微細超振動していると考えればいいようです」
「……チェーンソーみたいに?」
「ああ、そう言えばよかったですね」
 意を得たりとハラキリはうなずく。その間に、ニトロの掌にあった痺れが消えた。刃にまとわりついていた光が消え、耳鳴りもなくなった気がする。ちょうどいいと言うようにハラキリがまたうなずいた。
「大体これが一回の持続時間になります。起動していない時は、ただのセラミックナイフ」
 ハラキリはニトロのナイフの刃を掴んで見せて、そのまま受け取って鞘に収めた。
 見たことも聞いたこともない技術だった。最先端、あるいは最先端になる前の技術なのだろう。見た目は一振りのナイフだが、きっと自分には想像もつかないほど高度なシステムの塊なのだ。
「今のように鞘から抜いて意志強く力を込めて握れば起動します。持続時間が短いのと、数分の休息を置かないと連続使用が出来ないことが難点ですが、何でも断ち切ることができます。あ、起動中は刃に触れないようにしてくださいね」
 淡々とした説明と鞘に収められた毀刃きじんナイフを受け取り、本当によくこんなものを持っていると半ば戦慄しながら、ニトロは自嘲気味に笑った。
「ナイフなんて使う前に撃ち殺されないかな」
「何も持たないよりは安心感が違いますよ。それより、ろくに扱えない銃を暴発される方が怖い」
「そりゃまぁ、そうだね」
 苦笑して、毀刃ナイフを左腰にあったちょうどいいホルダーに差す。それから何か忘れていることはないか自身を見る。脱いだ服の隣には携帯電話と財布。ハラキリの言う通り携帯電話は置いていくとして、ティディアから受けた『軍資金』は持っていかねばと財布を懐にしまいこむ。
「…………で、どうすんの? これから」
 よしと納得して、ハラキリに訪ねる。

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