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道なき道も

「主様、チョットイイカイ?」
 銀河共通語の勉強を終え、アデムメデス史の勉強を始めようとしていたニトロへ、芍薬がシャツを畳みながら言った。
飛行車スカイカーガ必要ダト思ウンダ」
 ニトロは板晶画面ボードスクリーンにテキストを表示させながら、小さく苦笑した。
「初めから『兼用』を買っておけば良かったね」
 芍薬の提案は、至極当然なものだ。現在の自分が走行車ランナーで外に出ようものならたちまち渋滞を引き起こす。
 思い返せば現在所有している車を買う際に、芍薬は飛行機能のある車を強く求めていたものだった。しかし、
「俺の見込みが甘かったよ」
 そう、その時はニトロが反対した。
 何しろ走行車と飛行車では文字通り金額の桁が違うのだ。
「ソンナコトハナイサ。アノ時ハ、今頃主様ハ自由ノ身ノ予定ダッタンダ」
 芍薬はそう言うが、正確には『予定』ではなく、それは『ニトロのたっての希望』に他ならなかった。それに、その時に脳裏にあった『予定外』と現状を比べれば、その悪化度は桁違いにも程がある。
 ニトロは芍薬の小さなフォロー(と、もしかしたら慰め)に笑みを浮かべて、
「良さそうなのをピックアップしてくれる?」
「予算ハ?」
「全部芍薬に任せる。ただ『詰め』だけ、一緒に考えさせてくれるかな」
 裁量権を渡しながら、しかしA.I.がマスターと共同作業をすることに喜びを感じる点をしっかり押さえたマスターの指示に、芍薬は瞳を輝かせながら大きくうなずいた。
「承諾!」

 さて、それで大騒ぎとなったのは自動車業界である。
 発端は、芍薬が三社のディーラーに試乗の予約と、納車可能日を問い合わせたこと。
 ――『ニトロ・ポルカト』が飛行車を買おうとしている!
 そのニュースは偶然も重なって瞬く間に業界全ての人間に知られることになった。……というか、その『偶然』が、たまたまメールを受け取ったディーラーが浮き足だった際、たまたまそこに来店していた客の一人――たまたま噂話に関して特異な才能を持つ種類の人間が、その才能を発揮して鋭く感づき、いち早くネットのコミュニティに情報を書き込んだために社会的にも知られることとなった。
 即座に、ニトロの下に『進呈希望』が殺到した。
 無理もない。彼は今や『次代の王』にして『英雄』である。彼が所有するとなれば宣伝効果は絶大、最高級車を複数台贈ったとしてもつりがくる。
「アル程度ハ予想シテタケドネ」
 国内どころか国外メーカーからもきたメールをザッと紹介して、芍薬は器用にアンドロイドの口元に苦笑を刻んだ。
「ドウスル?」
 売り込みが来たところで、芍薬が候補とし、ニトロの気も引いたのが初めの三社のもの。あとは実際の乗り心地を確かめて絞り込み、それから楽しいカスタム談義に入るところだった。
 だが、
「全社きてるんだねぇ」
 ライバルに出し抜かれてはならないとばかりに、
「御意。全社」
 もしここで『お客は平等に扱う』とばかりに沈黙を決めるメーカーがあれば飛びついていたかもしれない。もちろん、安全のために手に入れようというのだから情で決定することは無いのだが、とはいえ情が働かないこともない……そんなことを止めどなく思いながら、一方でニトロは頭をしばし悩ませ、
「ひとまず、最初の以外は丁重にお断りして」
「承諾」
「三社には試乗次第と」
「御意」
「で……あくまで個人で購入することを伝えてくれるかな。そうだね――『購入するあかつきには、是非素晴らしい製品への正当な対価をお贈りする機会をいただければと存じます』……そんな感じの、変でなければ文脈に合わせて使ってくれる?」
 その手の文章ならA.I.に任せきりでもよいものを……慣れぬ文言をちゃんと自分の言葉で作る誠実さに、芍薬の口元に自然と笑みが浮かぶ。
 さらにニトロは続けた。
「それから、もしそれでも受け取れないと言ってきたら――」
 ティディアとの『映画』の時……両親が交通事故で死んだと思い込まされていた時に知ったことが、ニトロの脳裏に蘇る。
「『交通遺児のための基金に寄付してください』って話がまとまるように」
 言ってニトロは、芍薬に、まるで照れ隠しをするように格好つけた顔をして、
「どうかな?」
 芍薬の答えは、無論、一つである。しみじみと誇らしく、芍薬はうなずく。
「承諾、主様」

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