ニトロ・ポルカトの飛行車購入に関する小さな騒動は、彼が即座に示した態度のためにあっさりと鎮火した。
もし、少しでも躊躇や誘惑への揺らぎを見せていたらきっと各社の競争は激化し燃え上がっていたであろうが……
「ティディア様のお言葉通りになりましたね」
9月に東大陸で行われる
彼女の言葉はつい昨晩のことを示していた。ラミラス
――「私が何か言うことはないわ。彼は自分できちんと答えを出すから」
とだけ言ったのだ。
当初は『恋人』への強い信頼を示したセリフと取られたそれは、今頃はニトロが私に応えた……転じて、一方通行でなく、二人の間にある“双方向の信頼”をまた担保するセリフとして皆に受け止め直されているだろう。
「でもねー」
ヴィタが小首を傾げる。
「……何か?」
「相談が――そりゃ相談なんか元からされないけれど、それでも全くないのは寂しいなあと思うのよ」
「はあ」
「それに、折角の楽しいネタじゃない? 社長、部長、課長、新人あたりでチーム組ませてニトロへの進呈権争奪チキンレース! とか、業界的常識クイズ大会・色々暴露されちゃう罰ゲーム付き! とか……絶対楽しめたのに」
「それは確かに!」
ヴィタはやたらと力強くうなずいた。
レースにしろクイズにしろ、開催されていたなら極限状態における様々な人間模様が見られただろう。もしくはそんな阿呆な企画を催したクレイジー・プリンセスが彼に面白おかしくお仕置きされていただろう。確かに……確かに!――しかし、ああ、なのに!
「ッ残念です」
唇を噛み、心底悔しそうにうつむく執事を目にすると、不思議とティディアの心境は別へ転じるものだった。
「ね、残念よ」
そう言いながらも、紅茶を飲むティディアの胸からは先程までの面白くなさが消えている。代わりに、この件でのニトロの振る舞いに彼の成長の証を見た嬉しさが現れ、一方で途端に沸き上がってきた彼と会いたい気持ちに胸が痛み、そして、
「……残念です……」
うなだれたままのヴィタがしみじみと繰り返したのに、彼女は思わず笑ってしまった。