「ところで明後日のことなんだけど」
ほぼ日課である
すると眼前に表示された
その様子を見て――つまり通信も繋がったままであることを確認して、ティディアは内心安堵していた。もし自分の声があと一瞬でも遅れ、ニトロの腰が完全に椅子から離れていたら、この接続は芍薬の手によって切られていただろう。気がつけば、画面の右下隅にデフォルメされた芍薬の
「……また、その話か?」
と、ため息混じりに、A.I.と同じ不満一杯の目をしてニトロが言った。彼はあからさまにうんざりしている。ティディアは流石にむっとし、
「『また』も何もないわよ」
唇を尖らせて自分も不満を隠さずに言う。
「だってパティの誕生日なのよ? それをお祝いするパーティーに来ることが、そんなに嫌?」
明後日、8月28日――弟のパトネト・フォン・アデムメデス・ロディアーナは8回目の誕生日を迎える。
「お祝いする、のは嫌じゃない。パーティーに参加する、のが嫌だって何度も言ってるだろ」
「だからこっちもその『お祝い』をしに来てちょうだいって何度も言っているんじゃない。
それで、その日はたまたま
「だからこっちも何度も言ってるように、その『それだけのこと』が余計なんだ。ていうかお前の場合そっちがメインだろう、いい加減しつこいぞ」
「しつこくもなるわよ。だってニトロがいた方がパーティーは盛り上がるもの。それに、そうね、確かにニトロをパーティーに呼ぶのがメインだっていうのは認めるわ。だってニトロがいた方が私は嬉しい。そして私が嬉しいと私のことが大好きなパティはさらに輪をかけて嬉しい。あの子自身、ニトロに来てほしいって言ってもいた。それなら何度断られても参加してもらえるようにお願いしよう――姉としてそう思うのは、ねえ、不自然なこと?」
「自然だ。が、ていうかお前『私のことが大好きな』って随分な自信だな、おい」
「事実だもの」
「……お前は一日一回謙虚って言葉を読んで書き取って唱えた方がいいと思うぞ」
「謙虚は時として嫌味になるわねー」
「お前みたいに“さも当然”と言うのは時としてもっと嫌味になるよな」
「その通り!」
「……」
ニトロは頭を掻き、息をつき、
「話は終わりだな?」
ティディアは先ほどの不満を会話の楽しさで忘れていたことに気がつき、はっとしてブルブルと頭を振った。それからとにかく話を終わらせまいと、
「でも何でそんなに『パーティー』を嫌がるのよ」
口早く、もう何度目かの問いを投げる彼女の脳裏には大きな疑問があった。
先ほどもニトロが言った通り、彼はこの件に関して『パーティー』が嫌だと一貫して主張し通し続けている。しかし……本当に、何故、彼はそんなにも『パーティー』を嫌がるのだろうか。その理由が明確ではない。嫌だとしか彼は言わない。そしてまた、彼女の疑問にはある誤算も同居していた。彼はお人好しだから、弟のためと言えば結局最後には折れてくれると思っていたのである。高を括っていたと言えばそれまでだが、しかし、いやだからこその誤算であり、疑問だった。
ティディアは、ニトロの考えているのことを知りたい。彼女は訊ねる。
「もしパーティーが“『家族だけの誕生日会』じゃない”ってまだ疑っているんなら、それは心配いらないわよ? まだパティには色々早いもの。だから、本当に、私と、父と母と、パティだけ。芍薬ちゃんだって私が『サプライズ』のために裏で人を集めたりしていないって調べてあるでしょ?」
アデムメデスにおいて王家の子女の『誕生日会』は、それが『社交界的に開かれる』ことが決まった瞬間、特別な意味を持つことになる。アデムメデスの社交界のみならず、非公式ながら国においても重要なイベントとして認識されるのだ。何故なら、王家子女の誕生日会には普段王家と接点のない貴族や資産家、政治家、のみならず身分を問わずに一般市民までもが招待されることがあり、そこで培われたコネクションが後の世に大きな変化をもたらすことさえあるためである。現王ロウキルと、下級貴族であった王妃カディの出会いも、彼の王子時代の誕生日会にあった。
そのため、そういった性格上、王家子女の誕生日会は『次代の王を社交界へ顔見世する舞台』としても非常に都合の良いものなのだ。
ティディアからすれば外交の舞台ともなる王と王妃の公式誕生祝賀会こそが『ニトロ・ポルカト』を華麗にデビューさせる最良の条件であったのだが、その機会を得るには来年の1月か4月を待たねばならない。
となれば、直近の王子の誕生日を“次点の最良”として『サプライズ公開パーティー』にする気では? と、ニトロとその戦乙女が最大限に警戒するのは当然なことであろう。ティディアもそれは自然な反応であると思うし、その警戒も当然のことだから仕方がない。だが、妹の誕生日と成人を祝うパーティーには、あの事件への思いと、その縁も手伝って彼は参加を快諾してくれていたはずだ。
それなのに――
「ミリュウの時は良くて今回はダメって……一体何が違うの? 同じ身内だけのパーティーじゃない」
ティディアは、問いかけに応えず黙するニトロを、彼からその秘めたる心を引き出そうと目に力を込めて訴えかけた。
彼も、じっと、半眼でこちらを見返してくる。
画面右下隅に見切れている芍薬もマスターと同じ目をしてじっと睨みつけてきている。
じぃっと同じ視線を浴び続けていると、ただでさえ手強くも愛しい男と、厄介ながらも親しく思っているA.I.の競演だ、その画面の面白さからティディアは――上手くいかない説得に対する焦燥があるというのにも関わらず――どうしても笑いそうになってしまう。もちろんここで笑ってしまえば説得も交渉も何もなくなるから懸命に堪えるが、ちょっと……あ、わりとやばいかも。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「――――――」
そろそろ限界である。
ティディアの我慢がとうとう決壊しそうになった時、ふいにニトロが大きな息をついた。
「お前のことだから、てっきり全部解った上でしつこく言い続けてるんだと思ってたんだけどな」
「何が?」
ティディアは小首を傾げた。ニトロは数秒の沈黙を挟んでくる。その目はまたもこちらをじっと見つめているものの、その顔は妙に強張っている。
(――照れ臭い?)
ニトロの表情の変化をそう分析したティディアは、さらに疑問符を浮かべた。
「言っておくけど、私、ニトロのことになると馬鹿よ?」
「ていうかお前は基本バカだろ」
「いやん、そういうことじゃなっくってぇ」
「うっわ殴りてぇ」
「いいわよー、殴りに来て来て? ドアも股も開いておくから」
「……」
ニトロは閉口し、とんとんと眉間の皺を叩いた。
画面右下隅の芍薬の目は怒りを帯びて燐光を放っている。
一方、ティディアはニトロの“照れ臭さ”が薄らいでいることを見て取り、
「それで?」
機を逃さず、彼女は促した。
「お前の両親は一体誰だ?」
ニトロが、ようやく応えた。
だが、ティディアは、またも小首を傾げた。ニトロが言わんとしていることがいまいち掴めず、ひとまず言う。
「私の両親だけど?」
「そういうこっちゃなくて。あのな、お前の両親はつまり王様だろ? 王妃様だろ? 序列はあるけどお二人共にアデムメデスの君主だろ?」
「あ。もしかして、緊張しちゃうってこと?」
「もしかして、って。お前は一般市民が両陛下を前にしたらどんな気持ちになるか解ってないのか?」
「解っているけど……」
そこまで言って、ティディアは意外そうにニトロを見つめた。その視線に、彼は眉をひそめる。
「……何だよ」
今度はニトロが問うた。
「だって、ニトロ、私とはこんなに気楽に話しているじゃない。今さら?」
「今さらも何さらもないわ! 俺はまだ王様とも王妃様ともお会いしたことはないし、つうかお前を今さら王女様だと敬う方がおかしいわ! 別だ、全くの別だ!」
「私のことだけならそうなんだろうけど……でも、ミリュウとだってわりと親しくやっていたじゃない?」
その指摘に、う、とニトロは息を飲んだ。
「それは何か……まあそりゃあ色々あったけど、心繋げた仲って言うか、そういう奇縁があるからな」
ティディアは妹への羨ましさからちょっとむっとしかけたが、それは押し殺し、
「パティのことを可愛がってくれているのは? まさか王子様に乞われるままに、なんてことじゃあないでしょう?」
「いや……なんつうか、もはや俺にとっちゃ王家子女は王家子女として扱いづらいって言うかな?」
「他人事みたいに言うけど――それはまあ解る」
「いや他人事じゃないだろ。ていうか全面的にお前のせいなんだがな?」
「けれどニトロを今さら『一般市民』っていうのは全く理解できない」
「今さらそこも突っつくか、つーかそれに関しては全否定のツッコミを全力返してやりたいところだがどうにもツッコミが浮かばなくてひどく悔しい思いをしているよっていうかそれも完全完璧圧倒的にお前のせいだろうがッ」
「こっちもそれを否定するだけの理屈はないわねぇ。それじゃあ、ほら、いっそ何事も“私のせい”にして王と王妃とも気楽にハローってのはどう?」
「……お前は、だから王女様らしくないんだよなあ」
「だってクレイジー・プリンセスだもの」
「うるさいバカ姫」
ニトロは大きくため息をつき、
「それに、だ」
と言って、そこで彼は言葉を途切らせる。
「それに?」
ティディアが促すと、ニトロは逡巡を見せた後、そっぽを向いて言った。