ミッドサファー・ストリートは不穏な空気に包まれていた。
 そこかしこで疑念と当惑の声が上がる中、黒い集団が動く。脚を動かしているのかどうかも判らない不思議な動きで列が作られる。七人七列、加えて、それらを背後に従えるように一人。全員同じような背格好で、直立不動。
 この場にあるモニター全てが乗っ取られていく最中の行動だ。集団は俄然注目を集めた。
「いい加減にどかねぇと轢き殺すぞ!」
 集団に足止めを食らい、クラクションを鳴らし続ける先頭車のドライバーが甲高い声で怒鳴った。我慢の限界を超えたとばかりに真っ赤な顔で、これまで浴びせていた罵声を脅しに変えて叫び続ける。わずかに、車が動き出していた。
 それでも集団は動かない。
 黒い集団の、一人前面に立つ者が手を差し上げた。
 その手にはラミラス星の黒透岩ドニストの珠を連ねた――ペンダント、だろうか。数珠にも見えるが、そうであるらしい。銀色のペンダント・トップがある。一際大きなペオニア・ラクティフローラの花が、その掌で輝いている。
「――!」
 ペンダントを掲げたその者が何かを言った。
 瞬間、クラクションよりも大きな爆音が鳴った。
 罵声は一瞬にして止んでいた。ドライバーはエンジンが爆発したことで作動したジェルバッグを不自然な格好で受けたために、後頭部をピラーにぶつけて気絶していた。
 悲鳴がミッドサファー・ストリートを切り裂いた。
 ペンダントを掲げた者がまた何かを言う。クラクションを鳴らしていた他の車のエンジンからも火が噴き出した。
 混乱の度が増していく。
 その中で静寂を守る集団はいよいよ存在感を増していく。
 ペンダントを掲げていた者が手を合わせ、祈りの姿勢を取った。
「聞け」
 全てのモニターが乗っ取られたように、全てのスピーカーが乗っ取られていた。
「我が名はアリン。我は神官。プカマペ様の愛波動の下、御使い羊を率いる山羊使い様の覚醒がために使わされた下僕しもべなり」
 声は乱れていた。女の声であることは分かる。だが、それは複数の女性の声が無理矢理一つにまとめられた合成音だった。耳障りなほどに聞きづらい。
「見よ」
 火を吹いたエンジンがもうもうと煙を吐き出す中、モニターの映像が変わった。
 ――どうやら、そこはどこか地下鉄のプラットホームであるらしい。
「終末の日、プカマペ様の御身を糧に新たな神世界を産み出す宿命の太母、神聖至高なる女神をしいする者への神罰を」
 アリンと名乗った神官の背後に、最前列の中から一人進み出て跪く。
 最前列の残り六人のうち五人が進み出て、跪いた仲間を押さえ込むように、手首を取り、肩を抑え、頭を押さえる。
 残った一人はそれらをアリンと挟み、神官と同じ姿勢を取って何かを唱え始めた。
 そして、まるでコーラス隊が増えていくように前列から後列へと残りの集団も詠唱を始めていく。
「讃えよ」
 ソプラノもなく抑揚乏しいうたの中、アリンの声が厳かに響いた。
「プカマペ様の御業を」

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