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――ミリュウは、夢を見る。
――瞼を閉じて、夢に見る。
いつも姉を頼りにしていた。
いつも姉の傍にいたかった。
けれど。
姉から薫陶を授かり、様々な物事を学ぶにつれ、やがてわたしは、こんなにも素晴らしいお方をわたしごときのために煩わせてはならないと悟った。
姉は、いつでもわたしを理解して下さっていた。
わたしと距離を取ることにしてからも、つかず離れず、時に痛いほどに抱き締め、時に完全に突き放しながら、そうしてわたしを可愛がってくださった。
自ら言い出したこととはいえ。
一人で過ごす宮殿の夜はいつでも寒かった。
けれど。
だからこそ、お姉様と共に過ごす夜にはいつでも太陽を感じた。
・
“わたし”が自慢に思うことは、二つある。
一つは、世界初の『ティディア・マニア』であること。
もう一つは、何より、ティディア・フォン・アデムメデス・ロディアーナの実妹であり、それ故にお姉様に最も近しい人間であること。
そうであるため、わたしはお姉様の関わることにはいつも全力で取り組んできた。
お姉様の妹として相応しい王女となろう。
お姉様の教えを忠実に実行し、期待され期待に応えきれる人材になろう。
――だけど、わたしは、幼心も若いうちにあることを悟った。
いつも『ティディア姫』の近くに居たからこそ、また物心つく前から『ティディア・フォン・アデムメデス・ロディアーナ』の薫陶を授かっていたからこそ……わたしは、わたしがどうしても“普通”の域を出られないことに、とても早いうちに気づいてしまった。
そうだ、わたしは『ティディア姫の妹』として相応しいと誰もが認める王女にはなれないのだ、と。
なれるとすれば、相応しいと誰もが認めるのではなく、許容範囲の水準にようやく手をかけられる程度だろう。
そうだ、わたしは……『ティディア姫』の教えを忠実に実行できる有能な人材にもなれないのだ。
お姉様の言う通りに動くことはできるが、けれどそれではお姉様の期待に応えきったことにはならない。お姉様の言葉以上の、例えばお姉様が心から驚き面白がるようなことを作り出すことができないのだから(そしてそれをできる者こそがお姉様の本当に求める人材だ)。
夢に思い描く理想の崩壊。
弱々しい幼心に刻まれた結論。
そこにわたしが辿り着けたのは……加えて、三人の兄姉によるところも大きい。
長兄・次兄・長姉は、お姉様と違って酷薄な人間だった。あの優しい父と母の子であり、お姉様の兄らであり姉であるとは信じられないほど、王威と欲を振りまく人間だった。
そのような者達がわたしの値段を決めるのは、早かった。
下されたのは、揃って同じ答え。
すなわち役立たず。
少なくとも望ましい利益をもたらす妹ではない。価値があるとするならば、己らに多大な利益を与える『妹』に可愛がられている存在――己らに絶大な利益を与える『妹』の機嫌を取る糸口の一つ、というそれだけのモノ。
わたしは三人の兄姉の冷たい視線を、彼らと彼女に会わなくなって久しい現在でも克明に覚えている。幼児だから分からないと思っていたのだろう、三人の兄姉が囁きあった心無い言葉を覚えている。
そしてその冷たい視線を、その心無い言葉を肯定してしまう自分の心に苦しんだことを、鮮明に覚えている。
そうだ、兄達よ、長姉よ。あなたたちは正しい。わたしは、兄妹の中で最も劣っている。ティディアお姉様に劣るのは光栄なこと。だけど、大嫌いなあなた達にもわたしは劣っている。悔しい、悔しいけれど、わたしはそれを認めなくてはならない。だって、事実は認めること、と、そうティディアお姉様に教えられているのだから。
――だから。
わたしは、せめてお姉様の重荷にならないように努めることにした。
それまでお姉様に教わっていた教科にはそれぞれ専任の教師を希望し、お姉様をわたしのために煩わせないように願った。
お姉様は、わたしの気持ちを察してくださった。
段々一緒の時間を減らしながら、それでも王女として三人の兄姉と過ごさねばならない時には必ず傍にいてくださった。
そしてわたしの心がティディアお姉様に会えない時間の重さに耐えられなくなりそうになると、何を言わずとも必ず、用のない時でもわたしの宮殿に遊びに来てくださった!
父と母はわたしたち兄妹を分け隔てなく愛してくださったけれど、公務でお忙しく、なかなか共に時間を過ごすことはできなかった。
父と母のことは、愛している。
心から尊敬しているし、お慕いしている。
けれど、わたしにとって『父』と『母』としての敬愛の対象は、ティディアお姉様だ。
両親が毎日かけてくれる
けれど、『親』として、温かい優しさと厳しい優しさの両方を与え続けてくれたのは、ティディアお姉様だ。
わたしを本当に意味で守ってくれていたのは、ティディアお姉様だけだった。
姉であり、父であり、母でもあるお姉様――色々なことを教えてくれて、わたしの世界を魔法のように色付け広げてくれて、愛してくれて、世界に忍び込んでくる恐い影からわたしを守ってくれるお姉様。
いつしか、わたしはお姉様こそが『わたしの女神様』なのだと、そう信じるようになっていた。
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