敵、見誤り

 アデムメデスに点在する王家縁の建造物の中で最も威厳のあるものは何だと問えば、小学生でも口を揃えて王城――王都ジスカルラに座し民の畏敬の念を集める、このくにと同じ名を持つアデムメデス城と答える。
 では、アデムメデスに点在する王家縁の建造物の中で最も優美なものは何だと問えば、誰もが答える。それは副王都セドカルラに広大な庭園を備えて鎮座する、ロディアーナ朝初代王の妻にして夫の死後に冠を継いだ女性の名を持つ、ロディアーナ宮殿だ、と。
 ロディアーナ宮殿は、しかし、ただ優美な外観のために人々に愛されてきたわけではない。
 美術・建築・文化等において歴史的な価値と重要性を持ち、女性的な曲線美フォルムを至るところに取り入れられたデザインは過去多くの画家のモチーフとなってきた。宮殿内にある小さな舞台で初演された劇の中には『道化の剣』を筆頭に、現在に至っても愛され続ける物語が数多い。滅多に使われなくなったとはいえ電子マネーの価値を裏付けるために発行され続ける紙幣の千と百万の札にはこの宮殿が描かれており、ふと気がついた時には国民にとってとても身近にある王家の邸宅だ。
 同時に、また何より、ロディアーナ宮殿は伝統的に副王都を治める第一王位継承者の所有となるため、まさに今この一秒を生きるアデムメデス国民を『未来』に繋ぐ重要な象徴シンボルでもあり続けている。
 現在は第一王位継承者が王に代わり政を担っている事情と彼女本人の意向により、その所有権は副王都長ロード・セドカルラを代行する第二王位継承者へ移されているが、それでもその積み重ねられてきた価値は変わらない。
 およそ5000ヘクタールに及ぶ敷地は百人の庭師・各三人のアシスタントと四百体のアンドロイド・千二百機のロボットに守られ四季を通して常に美しい庭園としてあり、詩人が神の花園でまどろむ淑女と喩えた宮殿を目にしようと訪れる者がない日は十年を通してもなく、平時一般人の立ち入りが許されるエリアの最内にある第三門と庭園の外囲に点在する駅とを結ぶシャトルバスは深夜になっても走り続けている。
 バスの中、客のある者は毎日一度は宮殿を見ないと落ち着かないと言い、ある者は再び目に焼き付けたく戻ってきたと語り、ある者は初めて肉眼に観るその御姿を想像して熱に瞳を潤ませて。
 ……今宵、ロディアーナ宮殿はいつにも増して一層華やいでいるようだった。
 それは、もしや、その内におよそ一年半ぶりに宿を取りに来た前の主人を迎えているためだろうか。
 六月の夜風の中、宮殿は穏やかな初夏の花咲く園の中心で品良く夜に溶け込んで、美しい王女を一目でも見られたらと第三門の前に詰め掛けた人々のため息を誘っていた。

→2-5-02へ

メニューへ