クレイグ達が教室に戻ってくると出際に見た人垣が嘘のようになくなっていて、代わりに教室の前後にあるドアの横に警備アンドロイドが立っていた。
「学生証ノ提示ヲ願イマス」
アンドロイドはドアを開けようとしたクレイグ達を遮り、そう言った。クレイグも、ダレイも苦笑する。これは間違いなく凄い騒ぎがあったはずだ。学生証を提示すればこのクラスの生徒だとすぐに証明され、中に通された。級友達はもう大分戻っている。次の銀河共通語の授業に向けて予習を始めている者も多い。今日はリスニングだから“耳慣らし”をしているのだ。静かなざわめきが教室を埋めていた。
席順は特に決められていないので皆は思い思いに席を取っている。といっても、その位置は時を経るうちに自然と固まってくるもので、クレイグが得たのも昼休み前と同じ席であるし、隣にはダレイがいた。すぐ前の席には一緒に戻ってきた友人が座り、もう一人も寝心地の良い席に戻ってあくびをする。
そしてニトロ・ポルカトも同じ席に居つき、またしても不動であった。先ほどと違って明らかに疲れが見える。それが人相に影を落としていた。今度こそ本当に祈祷の文言でも唱え出しそうだ。それも誰かを呪い殺すために。不気味である。恐ろしげである。彼の近辺に座る級友は居心地が悪そうで、その様子は哀れですらある。
クレイグはニトロに歩み寄った。
「ニトロ」
ニトロは反応しない。
「おい、ニトロ」
二度目の呼びかけでやっと気づいた。
「ああ、クレイグ。どこに行ってたんだ?」
「上」
「いい天気だからな、気持ち良かっただろ」
「ジジがいたよ」
「ハラキリが?」
「ああ、で、これをニトロにって」
机の上に、クレイグはミーシャを経由してきた傷だらけの青いレモンを置いた。ニトロは不思議そうな顔をして、
「これを、俺に?」
「ミーシャが言うには、ニトロに渡せば分かるそうだ」
「ハラキリがそう言ってたって?」
「ああ」
「そうか、分かった。ありがとう」
クレイグは席に戻った。そしてニトロを見ると、彼は腕を組み、レモンを見つめて何やら考え込んでいた。
「お見事」
と、ダレイが面白そうにつぶやいた。クレイグはうなずき、
「変わり者だけど……いや、変わり者だからできるのかな」
「そうかもな」
「ちょっと悔しいなあ」
クレイグの声は、言葉の意味に反して実に明るい。ダレイは微笑んだ。
相変わらず不動ではあるものの、その目と意識をレモンに向けるニトロ・ポルカトにはおかしな緊張はもはや無い。殺気も完全に消えている。周囲のクラスメートは安堵しつつも今度はレモンの存在に気をとられているようだ。少しして、ニトロが動いた。携帯を取り出して操作し、即座に返ってきたらしいメールを一読して眉をひそめる。携帯を青いレモンの横に置き、腕を組んで再び長考に入る。
事情を知らない級友達はニトロ・ポルカトとレモンを眺めて顔にクエスチョンマークを刻んでいた。事情を知るクレイグ達は笑っていた。昼休みになるや最初に教室を出て、最後に戻ってきたフルニエが
クレイグはどこから話すか迷いつつ、結局初めから話すことにした。
何度も首を傾げるニトロ・ポルカトはどうしても答えに辿り着けないでいるらしい。
爽やかな香りが漂っていた――頼りなく、青臭くも鮮やかに、清々しい香りが漂っていた。