中吉

(第一部の始まる前)

2015おみくじ全部の前

 早朝。起き抜けに仕事を始めたティディアは、まず王家及び第一王位継承者宛のメールに目を通すことに決めた。ベッドの上に身を横たえたまま眼前に表示させた宙映画面エア・モニターに週課である1000通のうちの一部を読み込ませ、それを一定の速度で流し読みしていく。
「お」
 一つ、面白いメールがあった。
 アマチュア経済学者が北大陸ホスリニア領の経済政策について苛烈に批判している。自筆の文字の一線一線が彼の怒りをそのまま表現していた。自信満々な筆圧の“10人中2人が身長5mで、8人が1mである時、平均が1.8mだから階段をそれに合わせて作ろうというのは数字だけを見て現実を見ていない糞ッタレである”という例え話はまあその通りだろうが、そう語りながらも彼は様々なデータを“点”で追い、他のデータと結びつけて“線”で考えることがいまいちできていない。“面”や“立方”はなおさらだ。それ故、相手を机上の空論と攻撃する彼自身がその罠にはまっている体はあるものの、力強く展開されるその自説には――学者としてではなく――一市民いちしみんの声として傾聴に値するところがある。担当者が聞いたら耳が痛かろう。
(領民討論会の壇上に立たせてみるか)
 私からは採用とも不採用とも断じない。ただ場を与えよう。耳の痛い意見に担当者がどう反論するかも注目に値するし、担当者の反論に対して経済充満主義に立ったこのアマチュア学者が“数実一致の経済学”とやらを展開し続けられるかどうかにも興味がある。議論が続けられずに罵倒合戦となったらそれはそれでコメディーだ。もし彼が自説を人に知らしめるべく権力者わたしに力添えを願いながら討論会に出ないというのであれば、その時は「ああ、そう」と忘れてしまうだけである。
 ティディアはナイトテーブルからタッチペンを取り上げ、アマチュア学者とホスリニア領主に宛てた自筆の電子メールを素早く作成した。そのデータは執務室へ移動させる。直接は送らない。これは部下を介して送るべきものだ。
 それからティディアは100通ばかりに目を通し、そろそろ区切ろうと息をつき――
「お」
 また気に留まるメッセージがあった。
「今日は釣果がいいわねー」
 それもまた、自筆のメールだった。メーラーで書く際に罫線を表示しなかったらしく、まだ幼い字は頼るべき基準がないため不安定に大きく波を打って流れている。だが、それは奔流であった。
「……ふむ」
 その手紙をじっくり読み直したティディアは、天井を仰ぎ見た。しばし考え、
「ふむ」
 ティディアは、決めた。妹の実地研修としてもちょうどいい。そうとなれば手にし続けていたタッチペンを再び走らせ、一気呵成に『計画』を書面に起こし、それを手紙のコピーと共にミリュウへ直接送信する。送信完了のアイコンが現れる。ティディアは、にっこりと笑った。含み笑いを喉に忍ばせて、遠い空の下を見つめて囁く。
「それじゃあ、あなたに『夢を忘れられなくする夢』を見せてあげるわ。アニー・フォレスト」

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