「それは物凄く魅力的な提案だけどね」
 ニトロは、嘆息した。脳裡に何人かの映画関係者の、その様々な表情と言葉とが再生される。
「ラジオ出演を拒否したところで『映画』自体は潰せないしさ。それに……あの『映画』に人生懸けてる人とか、人生かかってる人もいるだろう?」
「バッテス・ランランですか」
「監督の恋人さんとかもね。彼が出世しなきゃ彼女は一生ヒモを養うことになるよ」
 それを言うならニトロも彼や彼女と同じく人生がかかっているはずなのだが……しかしニトロはそれを自覚した上で決断を下しているのだろう。下手な指摘は友を苦しめるだけだ。ハラキリはそう判断すると、苦笑の代わりにため息とも嘆息ともつかぬ息をつき、
「仕方ありませんねぇ。分かりました、では明日はスタジオに見学に行くことにしましょう。出演はしませんけど、それでどうです?」
「うん、それでいいよ、とっても助かる。いてくれるだけでいいよ、うん」
 ニトロは何度もうなずいて、明日の身の安全が確保された安心から頬を緩めた。ずっと持ちっ放しだった “ソースルー”の十七層サンドイッチの残りを口に放り込む。独自の技術でプレスされた九枚のパンと八種の具が奏でる至福のハーモニーに舌鼓を打ち――それから彼は、改めて周囲に置かれた料理や飲み物の数々に目を渡した。
 すぐ近くに “デゴドルドナ”のローストビーフがある。“ア・ロンシェリ”のクロブラットボルチェもあり、他にも一度は見聞きしたことのある逸品の数々が彼の周りに置かれている。飲み物も有名店のスープに各地の名産ジュースにアルコール(これが最も本数多いのがまた腹が立つ)と豊富に揃っており、二人で楽しむには正直多すぎる。
 かといって残して駄目にするわけにもいかないから、後でこの公園に人が近づかないよう警備しているらしい王女直属の皆さんを招こうか――と、ニトロはそんなことを思いつつ、
「ティディア」
「はい! 何でしょう!」
 ニトロの呼びかけに元気良く応えたのは、二人の少年の横、ブルーシート脇に転がる青い巻物だった。
「話に出てきた『新薬と新技術』って、本当に大丈夫なんだろうな」
 予備のブルーシートで首から下を巻かれた王女が上目遣いに――ようやくまともに相手をしてもらえた嬉しさから潤んでいる――瞳をニトロへ向けた。
「これだけの桜、枯らすなよ」
「うん! 大丈夫! 勿体無いから大丈夫!」
「……いや、何か言葉が変だぞ? お前の脳が大丈夫か?」
「できればお水下さい。喉渇いたの」
「ああ、それくらいなら――」
「もちろん口移しでよろしく。もしくは水と見せかけてお酒飲ませてべろべろになった私をいいようにしてね?」
「……」
 ニトロは、手近にあった米酒ライスリカーの瓶を取って栓を開け、
「うぶ!? おぼぼぁ! んぐわばばばばば!」
 酒瓶を口に突っ込まれて喉を潤しまくったティディアはそのまま白目を剥いて、ぐったりと。
 ニトロは空になった瓶を脇にのけて、ため息をついた。
「容赦ないですねぇ」
「こいつが懲りずに阿呆なこと言うからだ」
「まあ、君とお姫さんは概ねその調子で良いとも思いますが」
 苦笑混じりに言うハラキリの手には、いつの間にかウイスキーの注がれたコップがあった。それに気づいたニトロは同級生を一睨みし、
「おいこら未成年」
「だからブレーコーですって」
 飄々と笑いながら言い切って、ハラキリはウイスキーをぐっと飲んで美味しそうに熱い息を吐く。
「ちなみに、お姫さんはここをウァレの新しい目玉にするつもりだそうです。軽々しく下手は打ちませんよ」
 それは、この公園のこの桜の絶景が、来年もまた咲き、再来年も、ずっと続くということを保証する言葉だった。
 もちろん、ハラキリが保証したところで確実にそうなるとは限らないし、そもそも彼の言葉は保証に足る根拠に乏しい。
 だが、ニトロは力強い安堵を得ていた。
 彼自身、ティディアのそういう点での力は理解し認めているのだ。それを最も――今回ちょっと揺らぎかけたが――信頼する親友に追認されれば、それが納得をもたらさぬわけがない。
「そうよぅ、私が大丈夫って言ったら大丈夫」
 素早く意識を取り戻したティディアが、にかりと笑って力強く言う。
「ついでにオハ・ナミ込みで流行らせてみせるわ」
 ニトロは少し考え……それから絶品なローストビーフをつまみにウイスキー二杯目としゃれ込むハラキリ、ブルーシートの中身はほぼ全裸のティディアを順に見て、思わず硬い片笑みを浮かべて言った。
「オハ・ナミはやめとけ。きっとブレーコーなんて、ワイドショーのネタにしかならなくなるからさ」

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