……結局。
 それは『ドッキリ』を仕掛けようとした矢先、その直前に『クィービィ・フーニ』の正体がリセにばれてしまったため、アドリブでシナリオをでっち上げようとして派手に失敗した――ということで落ち着き、それをリセに信じてもらえたニトロとヴィタは胸を撫で下ろした。
 その後に聞けば、ヴィタがニトロがリセに怒られる方向に話を進めようとしたのは、ピアスを奪われないようそれをどこかに隠す隙を作るためだったそうだ。
 それはそれで頭にきたが、ニトロは、次のヴィタの言葉で彼女を許すことにした。
『あんなことを言われてしまっては、お母様に嘘はなかなかつけませんね』
 隠しカメラの入ったピアスは、そのまま持ち帰らせてやった。今日のことはあのバカも知ることになる。きっと強烈な薬になることだろう。
 お陰で『自称ニトロの恋人』とヴィタが母と親密さを深めていくことを無防備に見逃しても、気がつけば外堀を全て埋め尽くされた、なんて非常事態にはならなそうだ。
「今回バカリハ、ヴィタノフザケタ計画様々ダッタネ」
「ああ、本当に」
 午前二時十一分。
 母を実家に送り届けたニトロは、芍薬の安全運転に守られながら帰路についていた。
「そうだ、母さんに栽培ケースをプレゼントするから情報集めておいてくれる?」
「承諾」
 母はティディアとヴィタからのプレゼント――ダバパヘクランタの種を心底喜んでいた。車に乗るまでの短い道のりを時折スキップを挟んで歩き、開花の時を夢見て語る際には鼻息まで荒くして、第一の関門は種を腐らせずに発芽させることだ、明日は仕事がないから早速取り掛かるんだと息巻いていた。
 ……が、まあ、明日は無理だろう。
 母は、今夜は興奮して眠れないはずだ。昼近くになってようやく眠り、そして夜に目覚めてショックを受けるのがオチだろう。明日――正確には今日の母の仕事が休みだったのは幸いだった。なに、種は逃げない。それに栽培ケースもうまくいけばその頃に実家へ届く。母は喜んでくれるはずだ。
「……大丈夫、カナ」
 ふと、不安を覚えたように、芍薬が言った。
「何が?」
「主様ヲ好キナラ誰デモ信ジチャウッテ」
「ああ」
 ニトロは芍薬の心配を理解した。
「それは俺も思ったよ。けど……大丈夫じゃないかな」
「ドウシテダイ?」
「母さんの言った『好き』って恋人や夫婦の間のものだけじゃなくて、ほら、ハラキリの言うこともほいほい信じるから友達の間の好意も含まれてるんだろうし、ヴィタさんみたいな『面白好き』も入ってる。もしかしたら有名人への好意もそうかもしれない」
 ダッシュボードのモニターに芍薬の姿が現れ、うなずきを見せた。
「なんせ『ティディア姫の恋人』だ。そういう意味で俺のことを『好き』って言ってくれる人は、多分、たくさんいるんだと思う。でも、母さんは詐欺とか、そういうのにあったりしてないだろ? メルトンからそれに関係するようなトラブル背負い込んだって報せもない」
「御意」
本当に好いてくれる、って言ってたし……母さんなりにちゃんと基準があるんじゃないかな。だからきっと誰でも信じるわけじゃないよ。まぁ、母さん自身は基準とかそういうのは考えても自覚すらもしてないんだろうけどさ」
「……誰ガ誰ニドレクライノ好意ヲモッテルカナンテ誰ニモ分析デキナイノニ、不思議ダヨ」
「母親の直感ってやつじゃないかな」
 冗談めかしてニトロは言った。
「母さんは色々抜けてるけど、時々やけに鋭い時があったりするしね」
 少し先の道路に面したコンビニエンスストアの駐車場から、一台の車が車道の様子を窺いそろそろと出てきていた。芍薬はスピードを落として先に行くよう促す信号をその車の制御システムへ送り、相手が道に入り十分に加速するのを見計らって速度を戻していく。
「主様」
「ん?」
 どこか神妙な顔で、芍薬は言った。
「『オ母サン』ッテ、凄イネ」
「うん。凄い」
 うなずくニトロの傍ら、小さなアンドロイドが座る助手席には、母の気配がまだほのかに残っているようだった。

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