３b
気がつけば、聞くばかりでカザラからの問いを受けた覚えがほとんどないルシュは、聞かれるということに嬉々として先を促した。
「なに？」
「なんでルシュは、あいつらのことをそんなにも好いてくれてるのかな」
期待外れな質問に、ルシュは少し、気を削がれた。
「普通なら、あいつらを化物扱いして逃げるだろうに、ルシュはそれどころかさらに深入りして来た。けっこうな、驚いているんだ」
その問いが、彼の――本当の――心から来ていると悟って、ルシュはため息を吐く代わりに微笑を浮かべた。
「憧れだから。好きだから。友達だから。大切だから」
彼女は、一気に列挙されて面食らっているカザラに、言った。
「もっと必要？ 理由なんて、どうでもいいじゃない」
「…………」
カザラは苦笑した。
「そうだな」
ルシュの言うことはもっともだと思う。そしてルシュの何の
しかし、
「しかし、憧れってのはなんだ？」
「カザラは憧れない？」
「は？」
逆に聞き返されて、カザラが眉をひそめるのとは対照的に、ルシュは瞳を輝かせて言う。
「ノマさんとユリネさんって、本当に小指と小指を運命の赤い糸で結ばれているんだわ。どんなことがあっても一緒になって、幸せそうで」
（…そういや、『手紙』にこいつがそんなことを言うって書いてあったな）
運命の赤い糸。カザラはこの『外』で聞いた迷信を、説得に使ったことを思い出していた。
「カザラも、そうなってみたいと思わない？」
顔まで輝かせる少女に、カザラは気圧されたように苦笑いを含めて応えた。
「そうなればいいな」
それはルシュに向けて言ったものだったが、彼女は彼もそう思っているのだと取った。しきりにうなずき、やおら
「でも、皮肉よね。本当に…………。運命で結ばれてる二人が、敵対する運命を背負っているなんて」
「ああ」
カザラが、長く息を吐く。それは嘆息とも、ただのため息とも思えた。
「まったくな」
カザラの声が、ルシュの胸を刺す。その短い一言に、彼の嘆き全てが、いや、彼の想い全てが集約されているようだ。まるで戒めの刃のような、そんな響きすら感じる。
――と、彼女は自分の失言に気がつき、慌てて
「でもカザラがいなきゃ、今の二人もないよ」
慰めるように、言った。
「きっと、グゼを封じられたのは、カザラだけなんだし」
と、次の瞬間、ルシュの目に入ってきたのは、意外なほどの渋面を刻むカザラの表情であった。
「俺はグゼを封じちゃいねぇぞ？」
眉間に皺を寄せるカザラに、ルシュは困惑した。
「え？ だって、『グゼは負けた』って。だったら戦って勝った人がいるってことでしょ？」
確認するように言う彼女の言葉に、カザラは合点がいった。なるほど彼女は、勘違いをしている。
「そりゃユリネだよ」
「え？ ユリネさん？」
目を点にする少女に、カザラは言った。
「ノマがホロビを封じたように、ユリネもグゼから体を自力で取り戻したんだ」
「そうだったんだ……」
ルシュは自分が聞いた範囲で、グゼを封じたのはカザラだと思っていた。あのユリネが『戦う』という単語に結びつかない人であるということもある。またルシュにとって『戦う』という言葉の意味は、剣と剣がぶつかりあうという戦いであったのだ。
「…………ん？」
ふと、ルシュは気にかかって小さくうなった。
「ノマさんがホロビを封じた？」
ユリネがグゼを封じたことと同列にカザラは扱っていた。
「？」
ウィスキーを一口ふくんでいたカザラは、ルシュのつぶやきに注意を彼女に戻した。
「それって、ホロビも現れたことがあるってこと？」
「なんだ。それも知らなかったのか？」
思いがけぬ様子のカザラに、ルシュは語気強く言い返した。
「話してくれなかったじゃない。後は想像に任せるとか言って」
「いや、グゼと俺の会話で知っていたんじゃないのか？」
「わたしはそこまで聞いてない」
そこまで言い切って、ルシュははたとカザラを見つめた。
「……なんだよ」
「わたしのこと信用してないんだ」
「なに？」
「話したらノマさんのこと変な目で見ると思って、わざと黙ってたんでしょ」
「かもな」
険悪なルシュの視線を流して、カザラは酒をあおった。
「…………冗談だよ、そう睨むな。本当に知らなかったんだ」
空になったグラスを置くカザラに、ルシュは言った。
「話して」
カザラは間を取った。少し目を落し、また上げた時に、少女の顔に変化がないのを確かめる。
「ホロビがノマを支配したと言っても、そりゃ一時のことだ」
記憶の中から脳裏に、炎の中から長老の死体を片手に現れたノマの姿が、色褪せることなく浮かび上がってくる。かつてあれほど、恐怖したことはなかった。
「グゼとは、少し戦ったがな」
「少し？」
「グゼと言っても体はユリネだ。おかげで戦っている内にノマが強まって、ホロビを封じこんだ」
そういうことだと、カザラはそこで話を切るつもりだったが
「それで？」
「…………だが、グゼはホロビがノマとなったことに気づかず、止めを刺そうとしたんだ。そこに俺が割り入って、グゼは俺の左目を突いた。
『愛する守るべき人間』である俺を傷つけたことにグゼは激しく動揺して、その隙にユリネがグゼを押さえこんだんだよ」
ルシュは、凄まじい事を早口で言い切ったカザラをしばし見つめた。
「その左目、その時に？」
「ああ」
「…………」
やはりだ。
彼は、あるいは死んでいたかもしれない事に、事も無い。ずっと、全てが狂った朝からカザラが通してきたその態度にルシュは重要なことを思い出し、また気づいていた。足りなかった歯車がかちりと、寸分も狂いなく組み合わさったかのようだ。胸の奥でくすぶっていたものが昇華され、はっきりとした解答が思考を晴れ渡す。
「カザラにとっては、二人のことが何に代えても、一番なんだね」
その言葉に、カザラが笑みの形に目尻を細める。
そこへ、ルシュは言葉を飛び込ませた。先刻かいま見た、彼の硬い岩に隠された心に、今、
「なのに、なぜ死にたがるの？」
カザラはルシュを見た。
「ずっと、カザラはそうだった」
ルシュは確信を持って続けた。このことを溶くことが、今自分にできる…………三人に対してできることだと。
「グゼと話してた時、言ってたよね。ホロビを自分に移せ、そうすれば喜んで殺されてやるって。
……そうだね、大好きな人達を守るために命を懸けるっていうのは、当然のことだと思う。でもカザラのは違う気がする。ただ、自分が死にたいだけなんだと、そう思う」
カザラの隻眼は、鋭さを再び
背を伸ばし、少し顎を引き、凛とした表情を向けるルシュの姿には、真っ向から戦う覚悟がある。
「なぜだ？」
部屋にあった穏やかな夜気が薄れ、緊迫した気が
「根拠はないけど」
カザラは鼻で笑った。
「勝手な憶測が好きだな、お前は」
「でも得意気に自分が死ぬ策を挙げて、それができないとなると落胆する人が、死にたがっていないっていうのも説得力がないわ」
「…………」
「見てたのよ、わたし」
ルシュは、テーブルの下で拳を握った。誰でも、自分の内心に踏み込まれるのは、それも暴かれるように指摘されるのは気持ちの良いものではない。カザラの瞳には、あの拒絶が再び現れていた。
「グゼが言ってたけど…」
しかし、ルシュは気圧されることなく言った。
「カザラが死んだら、『宿主』はどうなるの？」
二人のことを宿主というのは心苦しいが、彼女はあえてそう口にした。案の定、カザラの頬の下で筋が小さく震える。
「俺も言ったがな、少しは悲しんでくれるだろう。だが、どちらかが失われるよりもずっといいさ」
挑発に乗ってきたのかは判らないが、あきらかにカザラの語気が強くなる。
「そうかしら」
ルシュは静かに否定した。
「カザラが二人を救うために死んだら、ノマさんもユリネさんもひどく悲しむ。
きっと、お互いのどちらかを失うのと同じくらい、悲しむ」
彼女の口は、引き絞られるように、微かに怒りを含んでいるかのようにゆっくりと動いた。
「それぐらい、カザラだって分かっているでしょう？ あなたは二人にとって、誰よりも、絶対に命に代えても守りたい人だから。…………くやしいけど」
ルシュはそこで、カザラに嫉妬の言を告げた。自分が本心から話さねば、彼の本心を聞くことなど到底できないと、解っているのだ。
カザラは沈黙したまま、少女を見つめ続けている。
「カザラがそれを分かっていないなんて考えられない。それとも、気づかないようにしているのかしら」
「何が言いたい」
「あなたは矛盾している」
「……」
「そうでしょう？ カザラは、絶対に分かっている。だって賢いもの。『村人』も『末裔』も騙し続けて、そうしながら二人を気遣って傷つけないようにして、それはどんなに偉い学者様でもできないわ。ううん、分かってないはずがない。
わたしだって分かることを、カザラが分かってないはずがない」
「俺は賢くなんかない」
自嘲気味な言葉を受け、ルシュは切り返した。
「なら、分かっているのにそれを正そうとしない愚か者だというのね？」
カザラの表情に怒りが灯る。しかしそれは、彼女の言葉が正しいことを意味していた。
「ねえ、カザラ」
驚くほど深い哀切に沈むルシュの瞳に、カザラは思わず心奪われ憤りを消された。
「なぜ死にたがるの？ あなたが救うために死ねば、ノマさんもユリネさんも、きっと自分達がカザラを殺したって思うわ。そうなったら、もう二人は幸せにはなれない。それなのになぜ死にたがるの？」
カザラは沈黙していた。もう何も言ってこない少女の瞳を見つめながら、その目に退く意志がないことに口を閉ざしていた。
「…………なぜ知りたがる」
やおら、彼は言った。
「俺が死にたがっていてもいなくても、俺のことはどうでもいいだろう」
先刻と同じ言葉に、今度は、ルシュは反論してこなかった。
「『好奇心旺盛な年頃』だからといって、少し踏み込みすぎているぞ」
沈黙の中、ルシュは彼が否定をしていないことを確かめていた。そして、言う。
「例えばさ、ノマさんが死にたがっていたら、カザラはその理由を知ろうとするよね」
「俺とルシュが、俺とノマと同じだとは思えないが？」
「なら、わたしのことも愛してよ」
唐突な言葉にカザラは面食らった。が、それが言葉のあやだと悟り、すぐに平静を取り戻す。
そこに、ルシュが微笑んだ。
「聞き方を変えようか？ 二人のこと不幸にすることを、なぜしたがるの？」
柔らかな、彼女の最大の魅力であろう笑顔で突き刺され、たまらずカザラは空笑いに面を崩した。
それは、降参だった。
体勢を崩して大きく息を吐くカザラの姿に、ルシュは胸に安堵の吐息を漏らした。掌に爪跡が残るほどに握り締め続けていた拳を、ゆっくりと開く。べっとりとへばりついた汗が乾いていくのが心地良い。
（迫力、ありすぎよ）
時に、本当に殺されるかと思う眼光を見せるカザラを見、思う。
「もう一度言うよ。お前はグゼより厄介だ」
今はもう、カザラの一つ目からその鋭さは消えている。
「嫌わないでね」
柔らかく流してきたルシュに、カザラは苦笑するしかなかった。
「俺は…………死にたいんじゃない」
カザラは空だったグラスにウィスキーを軽く注ぎ、瓶を静かに置くとグラスの上で手を組んだ。
「俺は、ノマとユリネに殺されたいんだ」
その一言に、ルシュは冷たい掌で心臓を掴まれたかのような、とてつもない
「それが叶わぬなら、せめて憎まれたい。だが俺は許された」
彼は嘆くように、一つ息を吐いた。
「それどころか、あいつらに無上の友として労られている」
「辛いの？ …………それが」
カザラは曖昧に笑った。
「罪でない罪」
そして、彼は表情から力を抜いた。
「生きる上で、どんな未来にもこびりついてくる過ち。それが後悔であることもあれば哀しみであることもある。
親方が、何のつもりか俺に言ってくれた言葉だ」
カザラの唇には薄笑みが、自嘲のそれが浮かんでいる。
「だが俺はそう片付けて楽になることはできない。
許せるものかよ。
ユリネにグゼを押しつけ、ユリネとノマを引き合わせた、今繰り返されている悲劇全てを作り上げた俺を、許せるものか」
噛み合わされた歯の隙間を割って出る声は、慟哭だった。
「…………」
「全ては……」
と、カザラの顔が、またあの笑顔に歪んだ。
奇妙な形に歪む笑顔。様々な感情が、一様に化した複雑な表情。
「贖罪なんだよ」
その時、ルシュは彼のその表情が何を表しているのか、はっきりと理解した。
（泣いているんだ）
カザラは意識していないのだろうが、それは、涙のない泣き笑いだったのだ。彼は、号泣しているのだ。
（きっと、ずっと…………）
ルシュは、彼が背にする
ユリネにグゼが宿ってしまった時。ノマとユリネを引き合わせ、二人が愛し合った時。自分を取り巻く全てを知った時。
（――――？）
と、ふいに、ルシュは思い当った。
（なんで、カザラはユリネさんに宝玉をあげたんだろう）
見落としていたものが、また一つ照らし出される。
考えるまでもない。カザラはその時、ユリネを好きだったのだ。どこでも見られる、例えそれが子どもの好きだったとしても。
（あれ？）
ルシュは、沈黙しているカザラを見つめた。
彼の言う贖罪。その中心に居るのは、ユリネではないか。無論、ノマへの想いも真実であろう。だがより強いものは、ユリネへのものではないのだろうか。
好きだったユリネへの。
グゼの言葉が、思い出される。
「…………」
ルシュは、すんでのところで言葉を飲みこんだ。これだけは、口にしてはいけない。
（本当は、今もユリネさんのこと愛してるんでしょなんて）
聞けるはずもない。その真否など、それこそどうでもいいことだ。どうでもいいことなのだ。
ルシュは、カザラが再び口を開くのを待った。
「そうだな……」
カザラは、沈黙を続けるルシュに目を向けることなく、グラスに注がれた明褐色の水面に揺れる小さな火を見ながら、言った。
「解っているよ、全部。あいつらが悲しむなんて」
彼の頬にある歪みは、ひどく自虐に深かった。
「あいつらは俺のことを、本当にいい人間だと勘違いしてるから……。
俺が本当は自分のためだけに動く、目的のためなら友達の心も無視するような最低の人間だとは知らないから……」
カザラは嘆息した。
「まったく。いちいち、ルシュの言うことはもっともだ。御指摘通り、昔のことを話してた時な、楽になってたよ。楽になってくもんだから、ノマのことを忘れて、喋り過ぎた」
「…………」
ルシュは、カザラを見つめ、唇を引き締めた。記憶の中にある場面光景が、一つの色に染まっていく。
親友のことを自慢気に話す夫婦。三人で楽しそうに再会を祝す宴。ユリネのことで真剣に怒る少女に笑顔を向けるカザラ。別人となった大切な
あの時、告白の後、お互いを気遣いながら乾杯した二人の姿が哀しく思えた理由が、今になって心を打ち騒いだ。
どんな想いを、二人は噛み締めていたのか。
今も矛盾し続けるカザラを見つめる内、ルシュは泣きたくなってきた。
「…………」
カザラはふと視線を上げ、そこで初めて少女の視線に気づいた。一つの小さな灯りに照らされるその顔は、
「なぜ、そんなに悲しい顔をする？」
「…………だって、悲しいじゃない」
ルシュは、潤んだ双眸をカザラに向けた。
「本当の友達なのに、本当の友達になれない。そんなの、悲しいじゃない」
「…………本当の友達なのに？」
「そうよ。カザラね、あなた殺されたいとか贖罪とか無視してるだとか、自分を傷つけるようなことばっかり言ってるけど……結局、ノマさん達のことを気にしてる」
「そんなことは…」
「そんなことないって、本当に言い切れる？」
その一言に、カザラはぎょっとした。
「わたしね、やっぱり、カザラ達のこと、羨ましい。こんなにもお互いのこと想い合ってる人達、他にいないもの。
でもさ、それなのに本当の友達になれてない」
「…………」
カザラは、ルシュの言うことが理解できなかった。彼の表情を見て、ルシュは続けた。
「だって、カザラはノマさんとユリネさんに贖罪を、ノマさんとユリネさんはきっと負い目を感じてる。わたしだったら、そんなに自分を犠牲にしているカザラに、悪いと思う。ノマさんが、あなたに『馬鹿だよ』って言ったの、それだったら解るもの」
そこでルシュは震えながら息をつき、沈黙しているカザラに、改めて語りかけた。
「それって、これがあるからこうしなきゃいけないっていう義務を、カザラ達に与えてると思うわ」
カザラは、否定しなかった。反論するには、反論できる隙を自ら埋めてしまっている。自分は全てが贖罪だと言ったのだ。では、贖罪がなければ二人を助けないのかと問われれば、何も言えない。そうと答えれば義務となり、違うと言えば贖罪の意が失われる。
矛盾。
少なからず、その二つが心に存在していることに、カザラは何も言えなかった。
「友情とかさ、そういうのって、きっと義務とかじゃないよね」
「…………」
「ノマさんとユリネさんと、カザラは本当の友達よ。わたしはそう思う。でも、
カザラは、再会の夜に感じた喜びを、思い出していた。
心から笑い合えると知って、本当の友達になれたと感じていた。
（……ちくしょう）
それは幻だったのか。
「どうすれば、いいんだろうな…………」
ぽつり、小さくつぶやいたカザラの力無い様子に、ルシュは微笑んだ。
「いいじゃない。贖罪なんて」
「なに？」
「ユリネさん、ノマさんも、そんなこと気にしてないよ。カザラのことを話す時の二人の顔、本当にいい顔してた。そりゃね、カザラの気持ちも解るわ。でも、カザラが縛られ続ける限り、二人も自由になれないよ。
…………親方さんがカザラに言いたかったこと、なんとなく分かるんだ」
ルシュは、カザラをじっと見つめた。
そして視線を落とし、傷跡が多く、皮も固い手を擦り合わせる。
「苦しさとか、悲しさってさ、分かちあえるよ？」
彼女なりの、実感が精一杯込められていた。
「そりゃ誰とでもってわけじゃないけど……分かちあえる人、カザラにはいるじゃない」
「…………怖いね、そんなこと」
その、ルシュが彼の口から初めて聞く弱音に、彼女は応えた。
「大丈夫。カザラ達をつなぐものは強いよ。心のもっともっと暗い部分をさらけ出したって、受け入れ合える。だって、大昔から続く運命を断ち切ったんだもの。どんなことがあったって、大丈夫に決まってる」
カザラは、少し呆気にとられた顔でルシュを見つめた。
なんという娘だろうか。気がつけば、自分は心を開いていた。永らく、ノマとユリネにさえ隠してきたものを、見せていた。
たまらず、彼は笑い出していた。くっくと喉を震わせて、肩を揺らす。
「ど、どうしたの？」
思いもよらない反応に、ルシュがうろたえているのに、カザラはまだ少し肩を揺らしながら言った。
「ルシュは、天賦の才を授かっているよ」
「へ？」
「人の心を癒す才を、な」
微笑を浮かべながら言う彼に、ルシュは眉を垂れた。
「そうかな」
「ああ」
蝋燭の火は、絶えず揺らめきつつも、少女と青年を照らしている。
その中でルシュはしばし、腕を組み思案顔をしていた。
「まぁ、そういう所があんたの良さなんだろうな」
納得しかねるといった表情をしているルシュに、カザラは乾いていた唇をウィスキーで湿らせながら言った。
するとルシュは、そういうことにしておこうとでも言いそうな顔で、腕組みを解いた。
「でも考えてみれば、グゼも悲しい人よね」
何気なく彼女が言ったことに、カザラは驚いた。
「なに言ってんだ？」
「え？ だって、守るべき人に裏切られてるわけでしょ？ 最後には殺されちゃって」
そこで、カザラは何かが脳裏に広がっていくのを感じ――
「それでも、ホロビを追って転生して、戦い続けてるんだもの」
「！」
カザラは、全身に電撃が走ったかのような衝撃を受けて目を見開いた。
「あれ？ ……カザラ？」
目を
「感情は時に目を曇らせるか」
カザラは、雇われ初めの頃に親方から言われた言葉を思い出し、小さく口にしていた。
「どうしたの？」
（確かにそうだ。考えてみりゃ、重大なことじゃないか）
あまりに憎んでいたため、そこにある矛盾を見落としていた。それが今、目の前に広がり、次々と――
「ねぇっ」
ルシュの強い語気に、カザラは我に返った。少女がこちらを睨みつけている。
「どうしたのよ」
「いや……」
カザラは何と言えばいいか、口を少し躊躇わせてから、言った。
「あんた、やっぱ天才だ」
「え？」
「おかげで、なんとかなりそうだよ」
笑って言う彼の様子にルシュは、彼が何を言いたいのかを理解した。
「……本当に？」
「ああ、本当だ」
うなずくカザラには自信があった。それは、今までのものとは違う。
ルシュは嬉しくなって、笑った。
「期待してるね」
そう言って、手元のコップをカザラに差し出す。
「なんだ？」
「少しだけちょうだい」
「呑めないんだろう？」
「完全に目が覚めちゃってるから、少しだけ」
彼はルシュのコップに、ほんの少しだけウィスキーを垂らした。
「強いぞ」
カザラの言葉を傍らにルシュはコップを唇につけ、そしてゆっくりと、アルコールの匂いをかがないよう息を止めながら、『命の水』を口に含んだ。
「…………まずい」
舌を出してうめくルシュの様子に、カザラは笑い声を上げた。