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お値段

『劣り姫の変』終結から五日後の夜。ニトロは王城へやってきていた。セスカニアン星の王女、マードールとの約束を果たすためである。
 現在、マードールはセスカニアンから連れてきた――正確には追ってやってきた――使節団から代表として二人を引き連れ、同様に代表二人を連れたアデムメデスの王女と会談をしている。当方の王女は会談の場として『天啓の間』を用意した。
 ただでさえ神秘的な迫力のある地階だ。
 そこに、国の将来に大きな影響を与える話し合いの重圧が加わり、友好を取り繕う駆け引きとそれによる緊迫感が常に空気をひきつらせ、さらにはアデムメデスの蠱惑の美女とセスカニアンの幻惑の美女、両国の誇る才媛が互いの王威を背負って対面している……そのテーブルに同席する者はいかに百戦錬磨の交渉人であっても心が騒ぎ、魂を磨り減らすことになろう。そしてきっと、その中でティディアは皆が磨り減らす魂を悪魔のように吸い取り、常に力を増していきながら活き活きと何もかも有利に事を進めようとしているはずだ。マードールは、それに懸命に抵抗していることだろう。
 足元で冷たい火花の散る戦いが行われている一方、同じ王城内で、ニトロは半ば茫然とした面持ちで佇んでいた。
 ニトロがいるのは、会談終了までの待機所としてあてがわれた『展示用宝物庫』――城に保管されている歴史的かつ貴重な品々の一部を、客の目を楽しませるため、また一種の貴族的見栄のために飾る部屋である。彼の眼前には、拳大もあるピンクダイヤモンドを三つもあしらったネックレスがあった。正直アクセサリーというより無駄に豪華な武器のように見えてしかたがないが(ある意味では『武器』ではあるのだが)、それより気になるのはこいつの価格だ。浪費家で知られた王が愛妾のために作らせたこのネックレスは時価にして何億積めば買えるのだろう……と、そう思った時、ニトロはあることを連想する形で思い出した。
「なあ、ハラキリ」
 自分と同じ用件で城に招かれた親友に声をかける。すると、
「何でしょう」
 少し離れたところで、中央に大きなダイヤモンドを、その左右にダイヤより一回り小さなサファイアとルビーをそれぞれ飾った宝冠をしげしげと眺めながらハラキリが声を返してくる。
 ニトロは問うた。
「芍薬の、あのアンドロイドさ」
「はあ」
「あれ、『込み込み十億』でも安くね? ていうか、むしろ単体十億でも安いだろ」
 ニトロの疑問は当然ではあった。
『劣り姫の変』において非常な働きをしたあの機体。その搭載された機能は最先端もいいところな上に実に多機能であり、かつ、ニトロの知る限り、アンドロイドがアンドロイドたるための機構に加えて『外付け』無しであれほどの日常生活用・戦闘用の両システムを同居させているものは存在しない。バッテリーの性能も桁違いだ。さらに内蔵されている武器に至っては……あれらは、もはや武器ではない。兵器だ。ひょっとしたら弱小国の一個師団くらいなら一人で相手にできるかもしれない。ニトロには、そう思えてならない。
 ハラキリは初代覇王が戯れに作らせたという純金の甲冑を見ながら、
「まだ値段はつけられませんが……無理矢理つけるなら、現状色々鑑みて小さいほしくらいなら買えるかもしれませんねえ」
「……」
 部屋一杯の国宝――中にはもう値段をつけられないレベルの宝に囲まれながら、ハラキリの口振りは、まるでそこらの雑貨屋で売買ができるものを扱うようなものだ。なんだか金銭感覚がどうにかなりそうである。が、それでもハラキリのセリフには驚かずにはいられない。
「……ぇ?」
 ニトロの呼気が一つ、疑問符となる。
 十億はいくらなんでも安いと思っていたが、いざ真価を知ると動転してしまう。
 その様子に、一方のハラキリは笑って、
「まあ、そうはいってもあれは基礎となった素体アンドロイド代……まあそこはそれなりですが、それ以外はほとんどただで手に入れたものですから。気にせず使い倒してやってください」
 へらへらと言われ、はたとニトロは感づいた。
「まさか……っ」
「流石鋭い」
 ハラキリはうなずき、声を潜め、
「そう。あれは『試供品』みたいなものです」
 ニトロの顔が、さっと青褪めた。
 ハラキリが『試供品』と言う時、それは大抵神技の民ドワーフ由来の品であることを意味する。そしてその“意味”が意味するところは、ずばり現在進行形で国際的に色々と法的に危ない橋を渡っているということである。加えて、何より問題であるのは、ニトロからすれば神技の民の『試供品』にはろくな思い出がないということだ! というか、ろくな思い出以前にとんでもない目に会った記憶がもれなくオンパレードである。
「いやー、譲り受けたはいいけど扱いに困っていたところがありまして。芍薬は気に入って使いたがっていましたが、そう簡単に動かすわけにもいきませんしねぇ。もし使う場合は有用なデータを一つは返さないと先方にぐちぐち言われること必定というのも、とにかく面倒だったものでしてねぇ」
 唖然とするニトロをおいて、ハラキリはからからと笑う。
「君と芍薬のコンビネーションをフィードバックして人間とA.I.の連携への研究材料にしろ――あたりで手を打ってもらおうと思っていましたが、いやいや、結果はそれ以上。『女神像』とのデータで先方はほくほくでしてね。あ、もちろん今後はモニターしないのでそこはご安心を。こちらとしましても厄介払いができたので、いやいや丸儲けです」
 そこまで言ったところで、ハラキリはニヤリと笑い、
「おや、どうしました? そんな慄然とした顔なんかして」
 ニトロは……やおら、苦笑いとも呆れ笑いともつかぬ片笑みを浮かべた。
「やっぱりお前は曲者だよ」
「そんなつもりはありませんがねー」
 軽がる飄々とすっとぼけられては、ニトロはもう笑うしかない。が、すぐに彼はハッとして、
「おい、ハラキリ」
「何でしょう」
「あのアンドロイド、まさか俺を面白筋肉に変身させやしまいな? 前からもらってたんなら、ほら、あの『天使』も内蔵されてていつでもどこでも瞬時に投薬可能とか」
 そう問いかけるニトロはひどく真剣である。
 しかしハラキリは、ニトロが真剣だからこそ喉を鳴らして笑い、
「安心してください。『天使』の製作者とは別口です。当然そんな機能はついていませんし、もしそんな機能がついていたとしても芍薬は使いませんよ」
 言って、ハラキリは
「いや……」
 と、彼の表情の変化に不安げに眉をひそめているニトロへ、
「もし、そんな機能があったとしたら」
「あったとしたら?」
 ハラキリはどこか怖気を振り払うように言った。
「今頃、『劣り姫の変』どころかロディアーナ朝も終わっていたかもしれません」
「俺の上腕二頭筋のせいで?」
「もしくは大胸筋のぴくつきと腹筋の割れ目から生まれる深淵的な何かのせいで」
「なるほど、そりゃ『悪夢ナイトメア』だ」
 ニトロが笑いを噛み殺すようにして言い、ハラキリも笑った。
「ええ、まさに」

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