2−5−2 へ

「迷子?」
 問い返しながら、ニトロは己の前に立つ女児の容姿をさっと観察した。
 そして思う。
 似ているな、と。
「お母さんか、お父さんとはぐれちゃった?」
 ニトロの問いに小さな少女の頭がかすかに振られ、つられて長いブロンドの髪が小さく左右に揺れる。が、彼女はそこではたと何かを思い出したかのように慌てて、
「うん」
 うなずいたその顔は、明らかに失敗を隠そうとする子どものそれだった。
(……ふむ)
 ニトロの心には、猜疑が溢れ返っていた。
 目前に立つ幼い女性――失敗を隠そうという意志とは別に、大袈裟ではなく『怯え』を含んだ青い瞳でこちらを見る彼女は、ニトロが立ち上がって身を乗り出し手を伸ばしてやっと触れられるかどうかの位置にいる。
 自分から声をかけながら、明らかにニトロを警戒している様子だった。
「電話か、それとも何か携帯端末モバイルは?」
 再び頭が振られ綺麗な金色の髪が揺れる。
 淡いピンクを基調とし、膝下丈のスカートだけでなく襟と胸元もレースに飾られた、やけにドレッシーな半袖ワンピースに身を包む彼女はまるで人形のように可愛らしい。
 ただ一点、前髪の奥に双眸を隠すよう常に伏し目がちで、その上目遣いに人を窺い見る癖が折角の可愛らしさをいくらか暗くしてしまっているのが玉に瑕だが、しかし反面、それが愛嬌にも感じられるのは彼女の容姿の得と言ったところか。
「お母さんが持ってるの」
 小さな声で彼女は答える。か細く、内気な声だ。口の中で喋っているようなのにちゃんとニトロの耳に届くのは、その声がよく通る性質を持つためだろう。
 ――それも、似ている。
「『迷子防止札アンミスカード』は? ポケットか、そのポーチの中にない?」
「…………忘れて、きちゃった」
 年の頃は五・六歳に見える。
 だが、おそらく彼女――否、『』は七歳だ。
「そっか……。それじゃあ、ここのセキュリティセンターに連絡するよ。絶対にお母さんも心配して連絡しているだろうから」
 ニトロがそう言うと、びっくりしたのか『彼』は目を見開き、大慌てで首をぶんぶんと左右に振った。
「だめ」
 絞り出された声には嘆願の響きがある。
「そんなこと言っても、お母さん心配してるよ? きっと連絡を待ってる」
「…………でも、だめ」
「そっか、だめなんだ」
「……だめなの」
 ニトロは不自然極まる態度を取る相手に困惑混じりの微笑を向け、胸中に大きなため息をこぼした。
(さて、どうしたものか)
 そこに立つ女の子。
 ニトロは、こちらの視線が痛いのかもじもじとして落ち着かないその少女は、パトネト・フォン・アデムメデス・ロディアーナである可能性が極めて高い――と、そう見定めていた。
 本来は黒紫色である髪を金色のカツラで、本来は紫の虹彩をブルーのカラーコンタクトレンズで覆い、それに、どうやらちょいとばかりメイクで陰影をいじり容貌の雰囲気を変えているようだが――
 甘い。
 甘すぎる。
 その程度の『変装』でお姉さん似の面影を、このニトロ・ポルカトの目から隠せるはずもない。
 なるほど? 確かにこれまでかの王子が女装をしたという記録はなく、かの王子がここにいるわけがないというある『根拠』に則した思い込みもある。それは世間一般には通用する変装であるのかもしれない。だが、この件に関しては、こちらは悲しくも『プロ』だ。いみじくも変装の達人たるバカ女と変装の超人たる怪力執事に慣れさせられちゃったプロフェッショナルなのだぞチクショウ!
 今や人を見る時はその体格・骨格まで見取る癖がついている。
 化粧の傾向から逆算して元の人相をおおよそ思い描くこともできる。
 加えてあのクソ女への警戒心は常日頃から全力全開。もしちょっとでもアレと似た容姿を持つ者がそれでも『ニトロ・ポルカト』を騙したいというのなら、最低でも『映画』の折にハラキリが用意したレベルのものを持ってこなければ話にならない。
 ……間違いなく、そこに立つ――『彼』は、この国の第三王位継承者だ。
 ただし、
(問題は、彼が本物か、それともただのそっくりさんか、そっくりに作ったあの最新アンドロイドか――ってことだけど……まあ、そっくりさんの線はないだろうな)
 根拠は無いが、そう思う。
 これまで何度も『嫌がらせ』を受けてきた心身が、経験が、もっと言ってしまえば迷惑なボケを受けまくってきたツッコミの勘がそう言っている。
 では、ここはやはりあの生身の人間と見分けのつかない最新アンドロイドだろうか。
 いくら何でも正真正銘の第三王位継承者ことパトネト王子に、ともすれば彼を危険にさらしてまでこんなことをさせる馬鹿者など、ハハ、そんな大馬鹿者などいるわけがないのだから。
(――とまあ、そう思えたのならどんなに平和なんだろうなぁ……)
 ニトロは一度空を見た。六月、ジスカルラの穏やかな盛夏に向かう青空には白雲がぽつりぽつりと浮かび、春秋よりは強い日差しが乾いた目に痛い。嗚呼、何だか涙ときたらもう滲みもしやがらねえ。
 パトネト・フォン・アデムメデス・ロディアーナ。
 彼は『パティ』という愛称で呼ばれている。
 男子であるのだから通常『パット』と呼ばれるところを、それでも誰もが好んで女子の愛称で彼を呼んでいる。
 その理由は単純なこと。それだけ彼は、美少女なのだ。体格も同年齢の男子に比べれば小さく華奢で、そして両親よりもむしろ美しい現第一王位継承者の面影を引くと言われる尊顔は、齢七歳にして既に数多くの女性を虜としている。
 彼が成長するにつれていつしか望まれたとおりであったならば、パトネト王子は良くも悪くも希代の存在であるティディア姫と並びこの国に様々な話題を振りまいていたことだろう。その知能も高く、特に科学技術分野で豊かな才能を見せている。華やかな姉弟に挟まれいまいち地味なミリュウ姫を差し置いて、おそらくは、未来の第二王位継承者と期待されていたことだろう。
 ……だが、現時点でそのような話題が盛り上がることはない。
 惜しむらくは、パトネト王子には公に知られる最大の欠点があった。
 その気になればいくらでも人心を惹きつけられるであろう可愛い『パティ』は、重度と言っていいほどに内向的な性格であることに加え、極度の人見知りでもあるのだ。伝え聞くところでは、彼が物心つく前から仕えている執事か侍従、それとも二人の姉と両親以外には心を開かず、他の者では目を合わせることすら難しいという。
 また、同時に極度のお姉ちゃん子としても知られ、それはティディア姫かミリュウ姫が傍にいなければ公の場に出てくることは決してないほどに重症だ。
 常識的に考えれば――
 まず彼がこんな所に一人で現れ、しかも初対面の『ニトロ・ポルカト』に声をかけてくることなどおよそありえない。
 そう、ありえない……ありえないのだが……だが、それでも……――彼にそんなことをさせられる人間が、困ったことに厄介なことに非ッ常に無念なことに、ニトロの知りうる限り一人だけいる。
 アデムメデスのとても内気な王子様が似合い過ぎる女装をして目の前にいるという『非現実』もソイツの手にかかっては実現可能なことだし、そしてあのバカはそういう面白みのあることを嬉々としてヤる奴だ。何らかの危険があったところで楽しそうに愉快気に、笑いながらヤる奴だ。
 それも、一見意味の無さそうな行動の裏に十でも百でも『先』に繋がる種を仕込みながら。
(まさか……シゼモで子どものお陰でいい目を見られたからって『弟』を駆り出してきたんじゃないだろうな)
 温泉街の児童養護施設では『けっこんゆびわ』を手に入れられたくらいだ。シゼモでの一件以降まともに口をきいてやっていない自分に対し、歳の離れた弟を『仲直り』の仲介か、せめてそのキッカケにでもしようと送り込んできた可能性は十分に考えられる。
 では、ここはやはり正真正銘のパトネト王子だろうか、と、思うが……
 ――いや、現時点では、目の前の子どもが本物のパトネト王子であるか・それともアンドロイドか、その二択問題に急いて答えを求めないほうがいいだろう。
 何しろ、前者と後者では取るべき対応が違い過ぎる。
 前者であれば、まあ問題は有り過ぎるほど大有りだが、別にいい。特に問題なのは後者の場合で、その際には相手が『戦力』を有していることも考慮しなくてはならない。状況次第では破壊することも視野に入れねばならないだろう。
 つまり……もし、こちらが誤って後者への対応で前者に当たりでもしたら
 それは洒落にならない、ならなさ過ぎる。
 最悪の事態はさすがに避けられると思うし、避けるが、しかし、その頃にはもはやティディアに『責任』を取らされることを拒否できなくなっているはずだ(そしてそれこそが敵の目的かもしれない)。
(――仕方ない)
 ならばここは、あえて相手に併せながらこちらの打てる手を打っていく、が最良か。
「…………ニトロ君?」
 黙りこくっていたニトロに、『彼』が恐る恐る声をかけた。
 ニトロはああと思考の底から帰ると頭を掻き、
「それじゃあ、どうしたい?」
「……自分で、見つけたい」
「お母さんを?」
 返ってきたのは小さなうなずきだった。続けて、『彼』が見た目にも懸命に勇気を振り絞って言ってくる。
「だから……一緒に、探して」
「……」
 ニトロはこちらを見てはいるが巧みに目を合わせようとしない相手を見つめ、おもむろにうなずいた。
「いいよ」
 ニトロが受け入れると、ほっと『彼』の顔から幾ばくかの緊張が消えた。ひとまずのミッションをクリアした安堵と、嬉しさが垣間見える。
 その僅かな表情の変化はやけに人間臭く、『彼』がアンドロイドのようにはどうにも思わせないが……
(いや、だからこそアンドロイドか?)
 つい『二択問題』への答えを求めようとしてしまう己の心――その誘惑をあえて逆の可能性をぶつけることで諌めつつ、ニトロは携帯電話のキーを押した。
「あ、だめっ」
 それに気づいた『彼』が顔を青褪めさせて両手を突き出し駆け寄ってくる。その目はニトロの裏切りを責めていた。ニトロが、セキュリティセンターに連絡していると思っているらしい。
「ああ、違うよ」
 ニトロは『彼』の勘違いを察して、穏やかに言った。
「この後人と会う予定があるから、その人に遅れるかもって連絡しておきたいんだ」
「……本当?」
「本当だよ」
「……本当?」
 繰り返された問いにニトロは苦笑した。
「本当だよ。相手は……知ってるかな、ヴィタっていうティディア姫の執事。何なら一緒に電話する?」
 ニトロがそう言うや、『彼』は無言で退いた。ニトロの足でたっぷり五歩は離れ、そこでようやく首を振って否定を返す。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
 何だか吹き出してしまいそうなのを堪えて言いながら、ニトロは手の携帯の画面を一瞥した。ヴィタに連絡を取ろうというのは嘘ではないが、先ほど一番に押したキーは芍薬を呼び出すためのショートカットだ。既に画面には芍薬のデフォルメ肖像シェイプが映っていて、そのユカタの袖をまくり腕組みをした様からは凛とした勇ましさが感じられる。マスターの一瞥に呼応してうなずいたA.I.の周囲にはいくつかのアイコンがあり、そしてそれらの全てが『戦闘準備完了』を報せている。
 頼もしいパートナーが期待通りに何を言わずとも異変を察知し身構えてくれていることを確認したニトロは、ベンチから腰を上げ、話し声が『彼』に聞こえないよう少し離れようと――
「そうだ、まだ名前を聞いていなかったね」
 と、大切なことを忘れていたとニトロが振り向き訊ねると、『彼』はうつむき、ややあってから答えた。
「……ミリー」
「ミリー?」
 こくりと、『ミリー』がうなずく。
 ニトロは微笑み、
「それじゃ、ミリーちゃん」
「ミリー」
 言下に『ミリー』は言った。その声には強い否定の念が濃く塗り込められ、口を尖らせた『ミリー』は明らかに不機嫌な様子で目を背けている。
「あれ? ミリーちゃん?」
「……」
 思わぬ反応に面食らったニトロが声をかけるが、『ミリー』は応答しない。目を背けたまま、スカートを握りこんで沈黙を続けている。唐突な相手の感情の悪化にニトロは困惑するほかなかったが、やおら、もしやと気づいて言い直した。
「えっと……ミリー?」
 すると『ミリー』から不機嫌さが消え、代わって相変わらず自信なさげで上目遣いの瞳がニトロへと戻される。
 ――やはり、ちゃん付けが気に食わなかったらしい。
 訂正を求めてきた反応速度といい妙なところにこだわりがあるなと思うが、まあ特に問題があることではない。ただ、これは『彼』の姉とはまた違った意味で一筋縄ではいかない相手のようだと直感したニトロは一つ息をつき、
「それじゃあ、ここで待っててね」
 返答の代わりにジッと見つめてきた『ミリー』を背後にして、距離を取り、芍薬への接続を保ったままキーを押してモードを電映話ビデ-フォンに合わせると、忌まわしきクレイジー・プリンセスの女執事に呼び出しをかけた。
 三度目のコール音の後、接続がされる。
 画面に現れたヴィタはいつもと変わりない涼しい顔をして、優雅に頭を下げた。
「こんにちは、ニトロ様」
「何か言うことはない?」
 先手必勝、挨拶も前置きすらもなく単刀直入にニトロは問うた。
 さすがに虚を突かれたらしく、ヴィタの前頭部で、神秘的な藍銀あいがね色の髪に隠されたイヌの耳が片方、珍しくも微かに波を打つ。
 それを、ニトロは見逃さなかった。
 ヴィタがティディアの執事に就任してからいかほど経った頃だったか……彼女がイヌ耳を持っていることは、その美しい髪の中に巧みに伏し隠された獣の耳を『発見』したテレビ局の報道で世に周知された。
 だがその発見は、彼女が『発見』以前の普段から本物イヌの耳が目立たぬよう『猿孫人の耳カモフラージュ』を作り出していたために、大きな議論を呼んだ。
 果たして、ティディア姫の麗人は真にイヌ耳を持っているのか・それともクレイジー・プリンセスの遊びで付けさせられているのか――と。
 今日に至ってもその論争に決着はつかず、というか今となってはもはや論争と言うより何だかどっちの方がより面白いかという個々人の趣味暴露合戦の様相を呈し、もちろんその不毛な言い争いをヴィタは彼女の主と共に楽しんでいる。
 それ故に。
 彼女らは論に決着をつける決定的な証拠は公にせず、そのためもあって普段からヴィタがイヌ耳を感情に従わせて動かすことは極めて少ない。
 なのに彼女の耳がそよいだということは……少なくとも、何かしら強い情動が彼女の中にあったということだ。
「ティディア様から、御伝言はお預かりしていません」
 適度な間を置いて、ヴィタは答えた。
 その口調には耳を動かした感情の正体を窺わせる気配はない。電話に出た時と同じく涼やかな声色で、その態度にも不審な点は微塵もない。
 ――が、
(動揺、というより単純に驚いたって感じだったな……)
 ニトロはそう思いつつ、
「それならいいや。ティディアは?」
「現在、会議に出席されています」
 それはニトロも知ることだった。公開されているティディア姫のスケジュールには、この時間は王都の王立施設に関する運営企画会議だと記されていた。
「そっか……」
「何かございましたでしょうか」
 ヴィタが表情を変えずに訊いてくる。ニトロはレンズ越しにヴィタをジッと見つめ、
「アクシデントかもしれないことがあってね。もしかしたら収録に遅れるかもしれないんだ」
「アクシデントかもしれないこと、ですか」
 興味をくすぐられたか、ヴィタの目の色が少し変わる。
「どのようなことでしょう」
「ちょっとね」
 ニトロは姿勢を変え、と同時に、一瞬、己を映すカメラを背後の『ミリー』に向けた。
「迷子に遭遇した」
 カメラの視線を自分に戻し、またレンズ越しにニトロはヴィタをジッと見つめた。
 ヴィタはニトロの『熱視線』を真正面から軽く受け止め、
「その子の携帯端末モバイル、もしくは迷子防止札アンミスカードを使用したらいかがでしょうか」
「それがどっちも忘れたって」
「では、セキュリティセンターへ連絡されたらよろしいでしょう」
 これでも何か言うことはないかと目で問い続けるニトロに、ティディアの執事は素晴らしいポーカーフェイスで応える。
「本人が自分で見つけたいそうでさ、手伝って欲しいって言われたんだ」
「幼いながらの意地、でしょうか」
「解らないでもないけどね。俺もそういうことしたことあるし。まあ、その時は結局親を見つけられなくてセキュリティの世話になったけど……」
 ニトロは思い出話を軽く振りながらヴィタを注視していたが、しかし彼女がやっと見せた変化はその思い出話への相槌一つだけだった。そこでこれ以上詮索したところで得られる情報はないと見切りをつけたニトロは口の片端を引き上げ、
「そういうわけだから、あいつに伝えてくれる? 話したいこともあるから、かけ直すように」
「かしこまりました」
「それじゃ、また後で」
 頭を垂れていたヴィタが顔を上げるのを待ち、ニトロはカメラに向かって一度軽く手を振った。
 ヴィタが澄んだマリンブルーの瞳で目礼を返してくる。
 そしてニトロが通話を切ると画面に芍薬が現れ、その肖像シェイプの横に漫画表現のフキダシを描いて、
承諾
 と、『筆談』で言う。
 事情・状況、諸々を今のヴィタとの一連のやり取りで理解した芍薬の行動は速く、
<車は常に近場に>
 その一言を追って、画面の左上にアナログ表示式の時計が表示された。
 一見何の変哲もない時計だが、よく見ると時計盤の白い地の中にそろそろと動く青い点があった。それは7時の方向から3時の方向へと移動を開始している。盤の中心をこちらの現在地として、この青点は車の位置方向を示しているのだ。正確な距離までは出されていないが、情報としては十分なものだった。
 ニトロは目礼を芍薬に送り――
 ふと、妙な視線を感じて周囲を見渡した。
「…………」
 見渡す限り……視界に入る限り十何人かの人間がいるが……声をかけられる程度の距離には『ミリー』以外に誰もいない。
 見渡す限りは……『ミリー』以外にこちらへ目を向けている者も、誰もいない。
<どうしたんだい?>
「……気のせいか」
 芍薬の問いかけに、ニトロはぽつりと独り言を言った。
 それだけで十分だった。
 マスターの『気がかり』。そして彼が周囲を見渡した様子から芍薬は合理的に結論を下し、
<ちゃんと警戒してるよ>
 芍薬はアデムメデスの最高権力者から公的な警備システムへのフリーアクセス権を与えられている。
<現時点での不審者候補は黄色。確定したら、赤に>
 既にドロシーズサークルのセキュリティへ干渉していた芍薬が表示したセリフを見、アナログ時計型レーダーの盤面に車を表す青点とは別に現れた数個の黄色い点を確認したニトロは、そこで携帯をショルダーバッグの専用ポケットにしまった。
 と、すると、ニトロの視界左隅上の空中に、今まで携帯電話の画面で見ていた映像がうっすらと表示された。
 芍薬が携帯電話のコンピューターとニトロのかける変装用伊達メガネの内蔵コンピューターをリンクさせ、モニター機能のあるレンズへ目の邪魔にならない程度に映しこんできたのだ。
(よし)
 これでこちらの体勢はおおよそ整った。
 後は電話をよこしてくるはずのティディアへの詰問と――
「お待たせ」
「……うん」
 目を伏せ小さくうなずく、この限りなくパトネト王子な『ミリー』との一時にどう応対していくか――
(それにしても……嗚呼……親との思い出が強い場所に一人で行くと何か事が起こるってジンクス、こんな突発イベントに対しても適用されるとはなー)
 ――それだけだ。

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