(……なるほど)
その様子をニトロの隣で眺めていたハラキリは、実家に『金冠鶏の卵』を何時頃持っていけるか連絡するよう芍薬に頼んでいる友人を今一度見つめ、次いで部屋の隅で丸まっている王女に目を向けた。
彼女は相変わらず抱え込んだ膝に顔を埋めているが、いつの間にやら横倒しになり、床に猫のように転がっていた。その背中はどこか嬉しそうだ。さっきまで力なく萎れていたというのに生気も戻っている。
(許しを与えることで罰が活きることもある――と、聞いたことはありますが、実践を見るのは初めてですね。うまくやるとこうなるわけですか)
ティディアはぎゅっと膝を抱えたまま動かない。それは危うく罰を長引かせかねなかった愚行を繰り返さぬよう、自らを戒めているようでもある。
また、彼女はもう亡霊が放つ怨念のような訴えも取り下げていた。今日はしっかりとニトロの罰を受けると決意したらしく、もはや彼女から『ほどこしをちょうだいビーム』はかすかにも照射されていない。
……想い人から与えられた空腹を噛み締めているその口は、再来週、きっとニトロの手作り弁当を大事に大事に噛み締めることだろう。
(……それとも……)
ハラキリはたった一人の女友達から、たった一人の男友達へと視線を移した。
ニトロはヴィタと談笑し、芍薬の淹れた紅茶を美味しそうに飲んでいる。
それを見るハラキリの脳裡には世に語られる友の『あだ名』がいくつも浮かんでいた。
(これこそニトロ・ポルカトにしかできない操縦法――なんですかね)
ハラキリが薄く笑っていると、それに気づいたニトロが怪訝に眉をひそめた。
「……何?」
「いいえ、何でもありませんよ」
「そう言われても……気になるんだけど」
「気にするのは次の弁当の中身だけでいいんじゃないですか?」
「そうもいかないさ。いつ何時バカが襲いかかってくるかっていっつも気にしてなきゃいけないんだから」
明らかに『彼女』に聞こえるようにニトロは言う。
ハラキリは薄く浮かべていた笑みを色濃く刻み、
「そうですか……いや、そんなんでよくノイローゼとかになりませんねぇ。気が変になりません?」
「一時期本気で危ないかなーと思ったけどねー。っつーか、そのあたりはハラキリも知ってるだろ」
ニトロは紅茶をすすり、人を食ったように肩をすくめる親友の態度に片笑みを浮かべながらも、
「でもまあ、お陰様で乗り越えられたよ。それに今じゃあ、それも俺の仕事、みたいなもんだしさ」
冗談でも洒落でもなく軽く言われて、ハラキリは思わず笑った。
冗談でも洒落でもなく、その気になればアデムメデスという国一つを『殺せる』王女を相手に、彼はそんなにも軽々とそう言ってのけるか。
見ればヴィタがニトロを凝視している。その滅多に感情を克明に映すことのない顔には、ニトロ・ポルカトという個性への深い関心が表れている。
ティディアも膝を抱え寝転がったまま器用にこちらに振り向いていた。その人心を惹きつけ、あるいは惑わせ、屈服させる魔力を湛える瞳には、不思議なことにある種の快楽にも似た心地良さが見受けられる。
何事もなく平然としているのは、ニトロと、そのパートナーだけだ。
その光景を目に焼きつけるようにして見つめていたハラキリは、やおらため息をついた。
「いやいやニトロ君」
「ん?」
紅茶を飲んでいたニトロがカップをソーサーに置き、かすかに首を傾げる。
無邪気とも取れるその姿に奇妙な感慨を覚えたハラキリは、いつものようにへらへらとした笑みではなく、深い感嘆と賞賛を込めた微笑みを浮かべて言った。
「いつの間にか、君は本物になりましたね」
ニトロは親友の唐突な言葉の意味をいまいち把握し切れずきょとんとしたが……
しかし『師匠』に純粋に褒められていることだけは理解し、少し不思議そうにしながらも、少し――くすぐったそうに口の端を持ち上げた。