ニトロの胸の中は、温かかった。
年下の彼の腕は思うよりもたくましく、少し息が苦しいくらい強く、強く抱き締めてくる。
「ニトロ……?」
彼に抱かれたまま、ティディアは突然抱き締めたままずっと黙っている愛しい相方に声をかけた。
「いきなり、どうしたの?」
「結婚しよう」
「え?」
「俺、お前と結婚して、夫婦漫才で宇宙を笑わしたい」
「ニトロ、本気?」
「……本気じゃなくて、こんなこと……」
ニトロは、彼は知らずの内か腕にこもる力を強めていた。それだけ、緊張しているのだろう。
ティディアはニトロの背に自らも手を回し、優しく、いとおしく撫でた。
「……ありがとう、ニトロ。やっとその言葉、言ってくれたわね」
「受けて、くれるのか?」
「もちろんよ!」
ティディアが応えると、ぱっと二人をまばゆい光が包み込んだ。
そこは舞台だった。
二人はスポットライトを浴びて、二人は地平線まで広がる観客と一本のスタンドマイクを前にしていた。
歓声が上がっている。
喝采が捧げられている。
このティディア&ニトロの夫婦漫才を渇望する声が、地鳴りとなって星を震わせている。
「さあニトロ! まずは手始めにアデムメデスを笑わせ殺すわよ!」
――っていう夢を見て。
飛び起きたティディアは、起きるなり二代目執事に連絡を取った。
「そう。午後の会議、私は欠席する」
起き抜けとは思えないほど冴え渡った脳裡には、今日するべきことの答えが全て鮮明に描き出されている。
「ええ。彼も育ってきたから、ここらで大きな仕事を任せるわ」
「責任は私が持つ。だからあなたは全力で、あなたの思うようにやってみなさいと、そう伝えて」
「かしこまりました。
『記録』はいかが致しますか?」
と、彼女が返してきた了解と提案に、ティディアは目を細めた。
午後の会議で話される事案の担当者は、自分が抜擢した若手の王家官吏だ。彼が仕える王女に力を認められ、全権を委ねられたと知った時の様子……それはとても見たい。
この新人、すでによく心得ている。
「頼むわ。よろしくね」
ティディアは頭を垂れるヴィタを満面の笑みで見つめ、そして通信を切った。
(これはますます楽しみ)
面接の折、彼女の才だけでなく『性質』にもピンときた直感はやはり正しかった。公私に渡り活躍してくれるのはもとより、思っていた以上に、彼女とは共にニトロをいじり回すことができそうだ。
ティディアは機嫌良く指を動かし、次にメールソフトを立ち上げた。新規メールを文面音声入力で作成する。
「ニトロの六時間目を休講になさい」
テキストがメールに記入される。
「宛先:ニトロの校長」
宛先に該当のメールアドレスが表示され、ティディアはそれを送信した。
「よし」
今日のニトロの時間割は六時間目まで。そしてニトロは部活に入っていない。六時間目がなくなれば、五時間目の授業が終わった時点で帰宅するはずだ。そこで捕まえる。もし帰宅しないのなら迎えに行く。
それからニトロとデートする。
それから夜までたっぷり時間はある。
何より、夜も長い。
ティディアは夢の中で彼に抱き締められた感触を思い出すように、その身を自らの腕で抱いた。
あんな夢を見て、じっとしてなどいられない。
あんな夢を見て、ニトロに会わずにはいられない。
誘惑せずにはいられない!
「ああ……なんだか私、今日は調子に乗り過ぎちゃいそう!!」