アデムメデス国際空港と王都をつなぐ高速道路。
疾走する愛車の運転席で、ニトロはぐったりと萎れていた。
それはこの高速道路の名物で、これから旅立つ者は人工の星空に
しかしニトロの脳裡に巡るのは今日一日の苦労ばかりだった。しかも最後には、ティディアにまたも唇を奪われた記憶が止めを刺しにくる。
ああ、あの映像は一体どう加工されて使われてしまうのだろう。
ニトロは完全に死んだ目つきで、星々をただ眺めていた。
隣、助手席ではハラキリがダッシュボードのモニターに映るA.I.達と話している。
呼び出された撫子は彼に何やらデータを見せていて、その横にはかしこまった芍薬が控えている。
迎えに来るなり芍薬は慰めてくれようとしたが、ハラキリに『そっとしておきましょう』と言われ、渋々黙った。
芍薬には悪いけれど、それは正直……ありがたかった。
今優しく慰められたら、なんか泣いちゃいそうだし。
「……」
ニトロは芍薬に聞かれないよう、こっそりとため息をついた。
と、その時、彼のポケットで携帯が震えた。
誰かと思って取り出すと、デートを『手伝う』と約束していた友人からのメールだった。結局ティディアに遭遇してしまったことで約束は反故にしてしまったが――
「……、」
「ドウシタンダイ?」
メールを見たニトロの頬が緩んだことを見逃さず、話しかけたくてうずうずしていたらしい芍薬が即座に問いかけてきた。
ニトロは芍薬に目を向けて、ハラキリもこちらを見ていることに気づいて小さな笑みを見せた。
「俺が『
「ええ」
それがティディアとヴィタから逃げ出すように別れ、芍薬を待つ間にニトロがぼそぼそと独り言を言うように話してくれたことだと了解したハラキリはうなずきを返した。
「全然役には立てなかったけどさ。うまく、いったって」
ニトロの声は少し弾んでいた。目には生気が戻り、友人の幸福を喜んでいるようだった。
それとも、『ティディア』に友人を巻き込まないようにした犠牲の賜物を噛み締めているのか。
また外に目をやったニトロの背はしゃんと張り直している。
「それは何より」「ソリャ良カッタ」
その様子に、ハラキリが、芍薬が、返した声がものの見事に重なった。
声帯と、スピーカーの振動が奏でた不揃いなユニゾンに振り返ったニトロの眼は丸く、そのあまりのタイミングの良さに驚いた芍薬の目も丸く。
ハラキリは少しだけ眉を跳ね上げて、この場でいまいち話が飲み込めていない撫子だけがきょとんとしている。
それは珍しい撫子の顔だった。
揃って驚いていた三者の視線がふいに、またあまりに同時に撫子に集まり、それに気づいて再び驚く。
「…………っ」
ニトロは、思わず吹き出した。
「あははは!」
そして大声で笑い出した彼につられてハラキリも芍薬も笑い出した。
ニトロは押し殺していたものが決壊したように笑っている。
ハラキリは友人のその姿に堪えきれないように笑っている。
『娘』は、マスターの笑い顔に嬉しそうに笑っている。
「……」
独り取り残されぽつんとしていた撫子は、やがて渦に巻き込まれるように――
「フフ」
口元を手で隠して、何とも微笑ましい光景に目を細めた。