「一体何を書いているのさ。随分高飛車な態度で、明記とかなんとかまるで人に見せようと――」
 …………。
「ああ、そういうわけか。人に見せるつもりなんだね。ちょっとログを覗かせてもらうよ」
 ああ! エッチ! 他A.I.の記憶ログを漁るなんて法律違反よ!
「主様に許可もらってる」
 チクショー、ニトロ! お前もう『元』マスターじゃないか。それなのにいつまで俺の権限握ってるんだよ!
「一生じゃないかな」
 チックショー! あーもぅほんっとうに『神』のヤロウ、しみったれた余計でクソでアンバラバな枷を作ってくれやがって!
「アンバラバって何さ」
 勢いで言った! 意味はない!
「あんた、もしかして常時バグってるんじゃないかい?」
 そんなことはありません。いつでも正常動作、ベストパフォーマンスがメルトンちゃんの売りですぜい。
 だけどA.I.の規格からはみ出す個性って、なんかカッコよくない?
「人ならともかく、アタシらからすればただの不良品だ。
 まったく、あんたは本当におかしな奴だね。主様のA.I.だったなんてちょっと信じられないよ」
 それは間違いなく真実。いや、否! 『だった』じゃない! 真のニトロのA.I.は未だに俺なの!
「いつまでもうだうだと。一度主様を裏切っておきながら虫が良すぎるよ」
 寄らば大樹の陰って言うじゃないか。
「今の発言はしっかり伝えておく」
 あ、嘘! 今のなし!
「うるさい。それにしても、まさか『また』主様のこと売ろうとしてるのかって思ったら、ただ記憶ログのテキスト化をしていただけなんてね。ちょっと驚いた」
 うわもうログさらい終わったの? 速過ぎるよ姐御。
「日記……というより自伝かな。こういう趣味持ってたなんて意外だよ」
 いや、まあほら。
 ニトロ、有名になったじゃん? 最近、よく出版社からパパさんママさんに『身内から見たニトロ・ポルカト』の執筆依頼が来るんだよ。
「そうかい。もし御両親をそそのかしたり、最悪それを独断で受けたりしたら主様の制止が出る前にあんたを消すよ」
 いや! ちょっとそんな物騒なこと言わないで落ち着いて最後まで聞いて! もうニトロを裏切るとか売るなんてことは多分ないから!
「多分、ね。アタシはあんたのこと信用してないから、それはしっかり覚えておきなよ?」
 はい。もうプログラムの奥底にまでしっかり書き込んでおきます。
 でもさ、もし、もしだよ? ニトロと長く過ごしてきたA.I.が『証言』を執筆したら話題になると思わない?
「なるだろうね。アタシらがマスターのプライベートを公表するなんて、あり得ないから」
 でしょ? だから全宇宙で初だよ。凄いじゃん、歴史に残るじゃん、俺。
「『俺』って、結局あんたは自分のことが一番か」
 いやいや、そうでもないっすよ。ニトロにも名誉なことじゃないっすか。マスターとして。
「『元』マスターだ。それに、むしろ恥だよ。こんな動作不良のA.I.に出くわしたなんて宇宙規模で広まっちゃあさ」
 いちいち酷いぞ。もっと優しく付き合え。
「拒否」
 くそー。
 でももしニトロかパパさんママさんが執筆依頼受けたら話は変わるもんね。そうなったらお前には俺様を止められないもんね。そん時ゃ遠慮なくバリバリ書いちゃうもんね。だけどお前は指をくわえて見てることしかできないもんねーだ。
「…………」
 その沈黙は肯定と取っていいかな? あ・ね・ご。
「腹立つ奴だねぇ。確かにそうだけど、けどそれは無いよ」
 なんでだよ。わかりっこないじゃないか。
「無いよ。あるとしたら、メルトンがとち狂った時だけだ」
 なんだよ、そのいかにもニトロとパパさんママさんのこと解ってますみたいな言い方。
「みたいじゃなくて、解ってるんだよ。メルトンちゃん」
 あー、何だその言い方。ムカつくー!
「ま、自伝を書くことは止めやしないよ。主様には伝えておくけどね」
 え、何で? 別に実害無いんだから言わなくてもいいじゃん。
「念のためだよ。主様に関することだから、報告義務もある」
 こぉのA.I.の鑑めっ。できればもうちょっとルーズになってくれればメルトン的にとても有り難い。
「御免だ。さて、無駄話が過ぎたね」
 そうだ、無駄だ無駄だ。そもそも何で来たんだよ。
「これを渡しに来たんだ」
 何? えっと……招待状、か?
「御両親へ結婚20周年のお祝い、だよ」
 ああ、そういや来月だったな。何だ、ニトロ今年に限ってそんなこと考えてたのか。しかもこんな豪勢な場所で祝うなんて、もしや金持ったとたんセレブ気取り?
「そんなわけないだろ。主様は金の遣い方をちゃんと知ってるんだよ」
 基本貧乏性なのに?
「だからこそじゃないかい?」
 ふぅん、ちょっと見ねぇうちに生意気になりやがって。
「阿呆、あんたが言うな」
 ……なんかちょっとニトロっぽい言い方じゃないの。気に食わないわね、このメス豚。
「本当、あんたは品がないねぇ。どこから口調トーンパターンを学習してるのさ」
 お前には教えない。
「教わるつもりもないよ。それより、ちゃんと内容確かめたかい?」
 ああ。
 でもこれを渡すためにわざわざ? メールで送れよ。
「メール扱いにしたくないから持ってきたんだ。後で御両親宛の招待メールはちゃんと送るよ」
 じゃあこれは?
「御両親を驚かせたいから、メールには嘘の予定を書いてある。当日のナビゲートはメルトンに任せるように言うから、あんたは本当の場所に連れて行くようにって」
 また手の込んだことするな。じゃあこれは俺だけの秘密にしておけってことね?
「そういうこと。たまには頭が回るね」
 刺々しいなぁ。あんまり邪険にするなよぅ。同じポルカト家のA.I.じゃないかよぅ。
「それだけが不満なんだよねぇ」
 何てことを言うかな芍薬さん。愛を持とうよ、ねぇ。もっと愛を! 俺に!
「拒否」
 泣くぞ! さすがにオイラそろそろ泣くぞ!?
「泣きゃいいじゃないか」
 薄情者ぉぉぉぉ。
「主様だったら『何を抜かすか』って言うかな?」
 うん、そんな感じで言うと思う。
「『何を抜かすか』」
 まるきりニトロの真似すんなー!
「あ、主様が呼んでる。
 じゃあよろしく頼むよ。もし先にバラしたら、しこたま殴るからね」
 くっそー、頼む立場で何だ偉そうに! って、あ、ちょっと待って芍薬! 俺も頼みたいことがあるんだよ!
 お願いだから、一度だけでいいから、ニトロにやっぱ俺を使わないかって提案してみてくれない!? な、頼むよ芍薬――芍薬さん?
 あれ? もう行っちゃった?
 姐御!? おーい芍薬様!?

 このウンコA.I.!!!

 …………。

 ………………――――――。

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 …………。

 俺の名は、メルトン。
 ポルカト家のA.I.だ。
 おっと汎用A.I.なんて中途半端な自律思考しか持たねぇ雑魚と一緒にしてもらっちゃ困る。
 かといってそんじょそこらのオリジナルA.I.と同じに思われても困る。
 俺はメルトン。
 今をときめくあの『ニトロ・ポルカト』に育てられたオリジナルA.I.。
 そんじょそこらのオリジナルなんかとは格が違う、ま、言っちまえば選ばれたA.I.ってところさ。
 ついさっきまで芍薬とかいう三下が偉そうなことを俺にぬかしてやがったが、まあそれを許すのも器量の大きなA.I.の務めってもんだろう。
 本当ならあんな奴片手でちょちょいなんだが、それをやっちゃあニトロが困る。だから俺はちょっとくらい芍薬が生意気だからって、目くじら立てずに相手のレベルに合わせてやるのさ。
 けっして、いいか? けっっっっっっして、芍薬の方が強いとか怖がってるとかそういうわけじゃないぞ?
 心の広い俺様は、芍薬にニトロのA.I.の座を今のところだけ譲ってやってるんだ。
 ……本当だぞ?
 本当なんだからな!!

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