後日譚

「出演依頼ガキタヨ」
 グリルに設定したオールマイティレンジの中、肉汁を滴らせている鶏モモ肉を窓から覗いていたニトロに、芍薬が声をかけた。
「出演依頼?」
 夕食の焼き色を確認し、ニトロは父に教わった特性ソースを仕上げにかかった。
「報道関係?」
「御意」
「王家広報に流さなかったの?」
「王家広報カラノ依頼ニモナッテル」
「てことはバカのお墨付きか」
 チューブに入ったすりおろしニンニクをソースに絞り入れる。
 ソースの味を確かめ、あとは受け皿に落ちた肉汁を加えるだけだとうなずいて、ニトロは重く感じる腰をさすりながらキッチンを出た。
 まったく、ティディアは『夢』だとぬかす夫婦漫才に体を張る芸風を取り入れたいのだろうか。
 昨日の一件、頭にはたんこぶができ、腰は軽く捻挫していた。
 ティディアの寄越した尖耳人エルフカインドの医者が施した超能力治癒サイキック・ヒールのお陰で怪我そのものは治っているが、腰にはまだ肉体的なダメージと心的な痛みがうずきとして残っている。
「どんな内容?」
「『ジョシュリー・クライネット』トノ単独インタビュー。企画モ申シ込ンデキタノモ、ジョシュリー本人。一応会社ヲ通シテルケド、個人的ナ希望ガ強イミタイダヨ。
 撮影ガ明後日デ、放送ハ来週。バカ姫ガ許可シタノハ、長期休暇シーズン用ノ宣伝ニ使ウカラダロウネ」
 なるほどとニトロはうなずいた。
 確かにジョシュリーも『映画』に出演している一人だ。そのアナウンサーと主演のインタビューなら、良い宣伝になるだろう。
 肉が焼きあがるまで待つ間、ベッドに腰掛けてニトロは考えた。
映画あれに貢献はしたくないけどなあ)
 昨日ニュースで見た、ビーチでレポートをしていたジョシュリーの姿を思い出す。何かと縁があった彼女とは映画の試写会で会話を交わし、その時、いつかキャスターとして番組を持ちたいという夢を聞いた。
「んー」
 自分に対する世間の注目度は知っている。
 だがマスメディアへの露出は、ちょうど昨日今日とバラエティニュースの看板を張っている『銀行での一件』のように、ティディアに無理矢理引っ張り出されるとき以外にはほぼ皆無だ。
 そんな中で独占インタビューともなれば、ジョシュリーの名はきっと大きなものとなろう。彼女の狙いも間違いなくそれだ。
「……まあ、いいかな。たまには」
 しばらく考えた後、ニトロは決心した。
「イイノカイ?」
 少し驚いた声で芍薬が確認する。
「いいよ。少しはティディア以外の人も喜ばせておきたいし」
 そうしなければ『自分』がティディアに独占されている気もしてくる。
「それに独占インタビューなら、ティディアとの関係も否定しやすそうだしさ」
「承諾。ソレジャア、コレニハ了解ト返シテオクヨ」
「……これには? まだあるの?」
「御意。『APW』カラ」
 ぶっと、ニトロは吹き出した。
「APW!?」
 APW――アデムメデス・プロ・レスリング。有名なプロレス団体だ。
「なんで!?」
 ニトロは目を丸くして驚愕しきりだったが、芍薬はやけに平然と応えてきた。
「当然ダヨ」
 その声はどこか誇らしげだった。
 消していた壁掛けテレビモニターの電源が入った。芍薬がそこに録画映像を流す。
「……あ〜〜〜」
 ニトロは、うめいた。
 それは、ニトロがプロレス技を使っている場面を集めたビデオだった。
 『映画』の中でハラキリに仕掛けたものから、その舞台挨拶でのティディアに放ったパイルドライバー。さらには最新の、アンドロイドへの裏拳からバカ姫へのフライングクロスチョップのコンビネーション、そしてフロントスープレックス(失敗)まで。
 それが絶妙の編集で、ミュージックをあわせればビデオクリップとしても楽しめそうに仕上げられていた。
 特に昨日の映像は監視カメラ、アンドロイドの視点と様々な角度から撮られたものを織り交ぜて、よりダイナミックに演出されている。
「主様、御見事」
「まあ……プロレスはそこそこ好きだけどさ」
 中学の時の友人が大のプロレス好きで、その影響で技やルールは一通り知っているし、今でもたまにテレビ観戦している。
「だけどできはしないよ。死ぬ死ぬ」
 苦笑してニトロは丁重に断るよう芍薬に命じ、そしてふと気になった。
「ところで芍薬」
「何ダイ?」
「その映像、何?」
「ッ」
 芍薬は声を発しはしなかったが、わずかに揺れたスピーカーの気配をニトロは敏感に察した。
「芍薬?」
「…………怒ラナイデネ」
 しぶしぶ、芍薬が答える。
 テレビモニターに芍薬の肖像シェイプが現れ、いくつものファイルやフォルダを並べていく。そこに付けられた名には全て『主様の』と冠が付いていて、どうやらいずれもムービーファイルらしかった。
「主様ノアクション、コレクションシテタンダ」
 ということは、さっきのものはその中の一つか。
「うん、それにもまあ言いたいことはあるんだけど、それよりだ」
 ニトロが気になったのは、最後の映像だった。
「何で昨日の映像に、ニュースに流れてない角度の画があるんだ?」
「…………」
「芍薬」
「……ヴィタカラモラッタ。主様ニ関スル情報ハ全部ヨコセッテ言ッテアルカラ……」
「うん。言ってあるねぇ。でも昨日、映像も送られてきたって俺は聞いてないぞ?」
「……御免ヨ。デモ言ッタラ、消セッテ言ウダロ?」
「うん、そうだねぇ」
 ニトロは笑顔でうなずいた。そして、ぴっと人差し指を立てる。
「消せ。ついでにそのコレクションも」
「拒否!」
 ニトロの命に、芍薬は泣きそうな声で反した。テレビモニターの中の肖像はファイルとフォルダをかき集め、大事そうに抱えている。
「主様ノアクション好キナンダヨ、全部記録シテオキタインダヨォ!」
「駄目駄目、あんなん思い出したくも残したくもない! 芍薬、消しなさい!」
「拒否! コレダケハ拒否!」
「強制権限行使するぞ、あんまり言うこと聞かないと!」
「拒否! 主様オ願イ、コノ我儘ワガママハ通サセテオクレヨ!」
 珍しく、本当に珍しく反抗的に芍薬が頭を振っている。メルトン相手にはよくあった『オリジナルA.I.の我儘デメリット』が、まさかこんな形で芍薬に現れるなんて思ってもみなかった。
「だーめだって、手元に悪夢は置いておきたくないんだから!」
「大丈夫。絶対主様ノ目ニ届カナイ所ニシマッテオクカラ」
「今さっき目に届いたじゃないか」
「ソレハ……ツイ……」
「だから駄目。消去」
「拒否!」
 芍薬は譲らない。
「芍薬、消すんだ」
「…………拒否」
 画面の芍薬は背を向けて座り込んだ。これは長期戦になりそうだ。
「芍薬」
「ソンナコト言ウ主様嫌イダ」
 ニトロはエプロンを外し、それをそこらに放りながらため息をついた。
 結末は、本当はなんとなく分かっている。
 どうせ自分は譲歩してしまうのだ。
 これぐらいの我儘わがままを許してもいいとは思うし、芍薬が自分のことを映像コレクションするくらい気に入ってくれているのは正直嬉しい。
 だが、それでもやっぱり、悪夢は手元に置いておきたくないものだ。
「オーケー芍薬、それじゃあ妥協点を探ろうじゃないか」
「…………」
「芍薬、それならいいだろ?」
「……………………」
 レンジが調理完了の音を鳴らした。
 ニトロはまた、今度はさらに深くため息をついた。今夜は温かい食事はとれないかもしれない。
(今度ティディアが出たら八当たってやる)
 そう心に決めて、ニトロは堅く沈黙する芍薬へ、もはや命令ではなく説得を開始した。

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