土曜の食卓

 毎週土曜日は、普段よりちょっと豪勢な食事をする。それが、相方と一緒に住むようになってから初めに決めた約束事だ。
 第一週は私が洋食を作る。一番相方が気に入っているのは煮込みハンバーグで、デミグラスソースを手作りするから結構な大仕事だ。
 第二週は相方が和食を作る。相方は煮物が得意で、金目の煮つけや、特製の練り味噌をかけた風呂吹き大根なんて涙が出る。
 第三週は外食だ。洒落た隠れ家風のレストランでディナーもいいし、小料理店でしっとりいくのもいい。
 第四週はデパ地下で試食して回りながら色んな惣菜を買い込んで、あれこれ絶賛したり貶したりする。
 さて、問題は第五週がある時だ。
 第五週は焼肉をする。油から湯気の立つほど熱した焼肉用ホットプレートを挟んで、目を血走らせた相方と対峙する。うちの焼肉は八割が肉だ。安肉、高級肉、とにかく大量に買い込んで、とにかく牛だ、肉だ。野菜はキャベツを半玉買ってくれば十分すぎる。豚も去れ。
 焼肉は私の大好物で、しかも厄介なことに相方の大好物でもある。
 肉は奪い取るもの、それが正義だ。
 肉は隙を見せれば奪い取られてしまうことは、野に生きる動物達が知らしめる教訓だ。悠長に話しているひまも、奉行に伺い立てるいとまもありはしない。この肉は自分のものと主張して呑気に焼く者もいるが、焼き場の上に陣地などない。肉の所有権を主張できる場所は己の口の中のみだ。
 箸は牙だ、爪だ、刀だ。肉を食いたくば数多の敵の太刀筋を見切り弾きかいくぐり、最上のタイミングで最高に焼けた肉を勝ち取るのが掟だ。
 私の手には肉がある。馴染みの肉屋に選んでもらった素晴らしい焼肉セット。安い外国産から和牛から高い和牛まで。ロース、カルビ、ハラミ、タンにホルモンにレバーに否やはりロースだ。
 今日は第五週。相方との決戦の日。
 前回は敗れた。良い肉の大半は鉄壁の防御で相方に持っていかれ、後手に回り焼き過ぎた硬い肉ばかりを掴まされた。
 今回はそうはいかない。
 必ず打ち負かし、私は勝者の余裕で牛をたらふく食べるのだ。

 毎週土曜日は、週に一度の豪勢な夕食の日。
 それが、相方と一緒に住むようになってから初めに決めた約束事。
 第一週は相方が洋食を作る。あたしが一番好きなのは煮込みハンバーグで、誉め続けていたら相方はいつの頃からかデミグラスソースから作るようになってあたしをもっと喜ばせてくれる。
 第二週はあたしが和食を作る。相方は煮物が好きだ。魚の煮つけや、根菜を使ったものの評判がいい。昔は母の強制料理教室が嫌でしょうがなかったけど、相方の満面の笑顔を見ると受けておいて良かったと思う。
 第三週は外食。味を知る店で食べるのもいいし、新しい店を探し回るのもいい。入った店の味ががっかりだった時はヘコむし、まあまあだった時は何とももくもく食べるだけの時間を過ごすことになるけれど、名店を見つけた時は嬉しい。結果がどう出るか。店に入る時に感じるスリルは、ちょっと好きだ。
 第四週はデパートの地下食品街に行く。タイムサービスが始まった頃が楽しい。見切り品なんか大好きだ。たまに食べきれないほど買い込んでしまう。そして品の出来をグルメレポーターよろしく批評しあうのがまた面白い。
 問題は、第五週だ。
 第五週がある月はえも言われない緊張感が常にある。そしてそれは、第五週の土曜日、その日に爆発する。
 焼肉だ。焼肉をするからだ。
 ガンガンに熱した焼肉用ホットプレートの八割は肉が占領する。安肉、高級肉、とにかく大量に買い込む。とにかく肉だ。肉肉肉だ牛だビーフだ。野菜はキャベツを半玉、ええい面倒だ椎茸でも転がしておけばいい。他の命は助けよう。
 焼肉は生涯のテーマとも言ってもいいかもしれない。おお、焼肉! ビバ焼肉! 相方の目の色も変わる。目の色が変わりすぎて厄介な敵となる。
 肉は最高の焼け時で食う、それが正義だ。
 肉が焼けその味が最高潮に達する時間は刹那だ。悠長に話している余裕も、奉行に遠慮する猶予もありはしない。勢い余って生で食べる者もいるが、それなら焼肉をする必要はない。刺身を食え。呆れるほど焼く者もいるけど、それは肉汁出過ぎて泣けてくる。
 箸は指揮棒タクトだ。肉の味を最高に引き出すためには熱を巧みに操り火を通し短い刻に潜む至高のタイミングを逃さず肉を頬張るのが掟だ。邪魔する者は何人たりとも許さない。肉踊る舞台から軒並み蹴落としてくれる。
 あたしは特製の焼肉用のタレを壷から取り出す。ニンニクをすりおろし、大根をすりおろす。テーブルの上には鉄肌に肉が置かれるのを今か今かと待ちわびるホットプレート。おっとヨダレを落すにはまだ早い。
 相方は肉を手に帰路を急いでいるだろう。安い外国産から高い和牛からたっかい和牛まで。ロース、カルビ、ハラミ、タンにホルモンにレバーにやっぱカルビ。
 今日は第五週。相方との決闘の日。
 前回は勝った。たっかい和牛のほとんどはあたしが食べ抜いた。相方が口にしたほとんどは焼き過ぎた安く硬い肉ばかりだ。スジ肉を噛み切れずに苦しむ相方を尻目に霜降りカルビに蕩ける優越感といったら!
 今日もたっかい肉はあたしが頂く。
 必ず打ち負かし、あたしは勝者の恍惚で指揮棒タクトを置くのだ。



「ぎゃー! その肉まだ早い!」
「うわうま! 美味! サイっコ〜」
「うっわムカつく、さっさと肉たしなよ!」
「自分でやれっての」
「キーーーー! あ、これ今だ」
「ああっそれは!」
「…!」
「………!?!」
「……!!」
「!」「!」

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