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「――とのことです」
 ヴィタから『報告』を受けたティディアは、苦笑した。
「そりゃまた災難ね」
「はい、非常に残念です」
 うなずく執事は心の底からの無念を眉の間に表している。ティディアはまた笑い、
「それじゃあ……そうね、その穴は私達が埋めましょう。もちろん私達のギャラは据え置きでいいからと支配人には伝えて。その分、彼に支払われるはずだったギャラは劇場の修繕費にでも回せと」
「かしこまりました」
 ヴィタは左手に持つ板晶画面ボードスクリーンに右手の人差し指を這わせ、
「それが最も善い結果となるでしょう。お客様も喜びます」
 と付け加えながら、素早く支配人へのメールを作成し出した。
「ニトロ様にも伝えねばなりませんね」
 そうして素早くメールを一つ送り終えたヴィタが二の矢を継ぐようにニトロへのメールを作成しようとしたところで、慌ててティディアが言った。
「それは私が直接話すわ」
 すると、ヴィタがこれは失態と言うように唇をほんの小さくすぼめた。彼女は軽く頭を垂れ、
「失礼いたしました。差し出がましいことをいたしました」
 顔を上げたヴィタの顔には、かすかな笑みがあった。その笑みの意図を察したティディアは唇を尖らせ、一方、手ではいそいそと自分の携帯電話モバイルを取り出していた。ショートカットキーを押し、プライベートの番号からかけようとしたところでふと思い直し、仕事用の番号から呼び出しコールをかける。
 ――と、
「え?」
 間を置かず……明らかに着信画面を見て相手を確認するや瞬時に、というタイミングでニトロから通話を拒否され、ティディアはうめいた。
 嫌な予感がした。
 しかし彼女は思い直す。
 ひょっとしたらニトロが操作を間違えて通話を拒否してしまったのかもしれない。
 ティディアはすぐさま電話をかけ直した。
 が、今度はコール音すら鳴らない。通信会社のアナウンスが無機質に先方が通話不能状態にあることを告げてくる。直前にはつながっていたのに、通話拒否からの通話不能――この事実は、ニトロが己の意志で『電話をかけてきた相手と話したくないため』通話機能をシャットダウンしたことを明示する。
「……」
 ティディアは、青褪めた。
 おかしい。
 何もしていないのに、何だか異常なまでに拒絶された気がする
 絶対に――直近の話には限るが――何もしていないというのに、とはいえ何故だか拒絶されても仕方のない気もしてぞっとする
 もう一度かける。
 やはりニトロにはつながらない。
 もう一度――ああもうこの通信会社の無感情なくせにやけに間延びしたアナウンスの腹立つこと! いっそ潰してやろうかしら!? ああでも、もう一度、もう一度だけ、だってほら、やっぱり何かの間違いで通話機能を停止しちゃった可能性もあるじゃない……って、分かっていたけどやっぱりつながらない!!
「どうなさいました?」
 怪訝に眉をひそめるヴィタに問われ、思わずティディアは涙目で叫んだ。
「私、何かニトロに嫌われるようなことをしたかしらっ!?」
 ……嫌われる“ような”ことをする以前に現時点では嫌われているのだが。
 しかしあまりに明快なツッコミを入れるよりも、黙って観察を続けた方が面白そうだ。ヴィタは曖昧な顔をして主人の問いをやり過ごした。
「え?……なんで?
 なんでどうして!?」
 答えを得られなかったティディアはぶつぶつと呟きながら慌てふためいている。――と、彼女は急に落ち着きを取り戻してやたら緩慢に携帯をぽちぽちやりはじめた。どうやらメールを送って返信を待つことにしたらしい。やけにゆっくり打っているのはおそらくタイプミスを恐れてのことだろう――が、通話が拒否されているのだから今メールを送っても反応がないであろうことに思い当たったらしく、彼女は苛立たしげにメールを消去し携帯をじっと見つめた。やおら恐る恐る再度ダイヤルし直しては予想通りの絶望に再度青褪める。他の事案ならさっさと最適解を導き出す頭を抱えて、無敵なはずの王女様はもはや泣き出しそうである。
 それを傍で見つめるヴィタは。
 実に、それはそれは、実に、ほっこりしていた。

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