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..▼ ▼ ▼

 ――ミリュウは、夢を見る。
 ――瞼を閉じて、夢に見る。
 いつも姉を頼りにしていた。
 いつも姉の傍にいたかった。
 けれど。
 姉から薫陶を授かり、様々な物事を学ぶにつれ、やがてわたしは、こんなにも素晴らしいお方をわたしごときのために煩わせてはならないと悟った。
 姉は、いつでもわたしを理解して下さっていた。
 わたしと距離を取ることにしてからも、つかず離れず、時に痛いほどに抱き締め、時に完全に突き放しながら、そうしてわたしを可愛がってくださった。
 自ら言い出したこととはいえ。
 一人で過ごす宮殿の夜はいつでも寒かった。
 けれど。
 だからこそ、お姉様と共に過ごす夜にはいつでも太陽を感じた。
 ・
 “わたし”が自慢に思うことは、二つある。
 一つは、世界初の『ティディア・マニア』であること。
 もう一つは、何より、ティディア・フォン・アデムメデス・ロディアーナの実妹であり、それ故にお姉様に最も近しい人間であること。
 そうであるため、わたしはお姉様の関わることにはいつも全力で取り組んできた。
 お姉様の妹として相応しい王女となろう。
 お姉様の教えを忠実に実行し、期待され期待に応えきれる人材になろう。
 ――だけど、わたしは、幼心も若いうちにあることを悟った。
 いつも『ティディア姫』の近くに居たからこそ、また物心つく前から『ティディア・フォン・アデムメデス・ロディアーナ』の薫陶を授かっていたからこそ……わたしは、わたしがどうしても“普通”の域を出られないことに、とても早いうちに気づいてしまった。
 そうだ、わたしは『ティディア姫の妹』として相応しいと誰もが認める王女にはなれないのだ、と。
 なれるとすれば、相応しいと誰もが認めるのではなく、許容範囲の水準にようやく手をかけられる程度だろう。
 そうだ、わたしは……『ティディア姫』の教えを忠実に実行できる有能な人材にもなれないのだ。
 お姉様の言う通りに動くことはできるが、けれどそれではお姉様の期待に応えきったことにはならない。お姉様の言葉以上の、例えばお姉様が心から驚き面白がるようなことを作り出すことができないのだから(そしてそれをできる者こそがお姉様の本当に求める人材だ)。
 夢に思い描く理想の崩壊。
 弱々しい幼心に刻まれた結論。
 そこにわたしが辿り着けたのは……加えて、三人の兄姉によるところも大きい。
 長兄・次兄・長姉は、お姉様と違って酷薄な人間だった。あの優しい父と母の子であり、お姉様の兄らであり姉であるとは信じられないほど、王威と欲を振りまく人間だった。
 そのような者達がわたしの値段を決めるのは、早かった。
 下されたのは、揃って同じ答え。
 すなわち役立たず。
 少なくとも望ましい利益をもたらす妹ではない。価値があるとするならば、己らに多大な利益を与える『妹』に可愛がられている存在――己らに絶大な利益を与える『妹』の機嫌を取る糸口の一つ、というそれだけのモノ。
 わたしは三人の兄姉の冷たい視線を、彼らと彼女に会わなくなって久しい現在でも克明に覚えている。幼児だから分からないと思っていたのだろう、三人の兄姉が囁きあった心無い言葉を覚えている。
 そしてその冷たい視線を、その心無い言葉を肯定してしまう自分の心に苦しんだことを、鮮明に覚えている。
 そうだ、兄達よ、長姉よ。あなたたちは正しい。わたしは、兄妹の中で最も劣っている。ティディアお姉様に劣るのは光栄なこと。だけど、大嫌いなあなた達にもわたしは劣っている。悔しい、悔しいけれど、わたしはそれを認めなくてはならない。だって、事実は認めること、と、そうティディアお姉様に教えられているのだから。
 ――だから。
 わたしは、せめてお姉様の重荷にならないように努めることにした。
 それまでお姉様に教わっていた教科にはそれぞれ専任の教師を希望し、お姉様をわたしのために煩わせないように願った。
 お姉様は、わたしの気持ちを察してくださった。
 段々一緒の時間を減らしながら、それでも王女として三人の兄姉と過ごさねばならない時には必ず傍にいてくださった。
 そしてわたしの心がティディアお姉様に会えない時間の重さに耐えられなくなりそうになると、何を言わずとも必ず、用のない時でもわたしの宮殿に遊びに来てくださった!
 父と母はわたしたち兄妹を分け隔てなく愛してくださったけれど、公務でお忙しく、なかなか共に時間を過ごすことはできなかった。
 父と母のことは、愛している。
 心から尊敬しているし、お慕いしている。
 けれど、わたしにとって『父』と『母』としての敬愛の対象は、ティディアお姉様だ。
 両親が毎日かけてくれる電映話ビデ‐フォンは嬉しかったし、優しい両親への感謝も尽きない。
 けれど、『親』として、温かい優しさと厳しい優しさの両方を与え続けてくれたのは、ティディアお姉様だ。
 わたしを本当に意味で守ってくれていたのは、ティディアお姉様だけだった。
 姉であり、父であり、母でもあるお姉様――色々なことを教えてくれて、わたしの世界を魔法のように色付け広げてくれて、愛してくれて、世界に忍び込んでくる恐い影からわたしを守ってくれるお姉様。
 いつしか、わたしはお姉様こそが『わたしの女神様』なのだと、そう信じるようになっていた。

..▽ ▽ ▽

 光と闇が絡み合い、混濁した意識がそのまま色彩を得たかのように乱雑かつ精緻にせめぎ合う空間。暗色と極彩色の微粒子が作るスクリーンに記憶を投影していたミリュウは、ふと『鼓膜のない耳』に呼び出し音を聞いた。
 意識をそちらへ向けると、それまで何もなかった空洞ヴォイドの中に『パトネトの似顔絵』が現れた。
「ティディアお姉ちゃんが、そろそろだって」
 弟のアイコンの口が動いて、言う。ミリュウはそちらに目をやり、笑みを返した。
「すぐに行くわ」
 イラストのパトネトがうなずき、
「順調に進んでるよ」
 弟の報告に、ミリュウはありがとうと応えた。そしてよろしくね、と。
 笑顔を残して、パトネトのアイコンが消える。
 ミリュウは意識を天に飛ばし、『この世界』を統括するシステムと思考をリンクさせた。保存とバックアップを命令し、終了を通達する。システムが応答し、彼女の意識を『現実世界』に復帰させる旨を伝える。
 ミリュウの視界は辺縁から光に侵食され、ゆっくりとホワイトアウトし始めた。
 心と体が物理的にずれているような錯覚を覚える。
 その違和感が、彼女に彼女と世界が乖離していくことを実感させる。
 やがて視界は真っ白に、鮮烈であるのに眩しくない光に満ちた。と、今度は中心から周囲に向かって暗転し始める。
 全てが闇に包まれた時、ミリュウの目を慣らすように薄い青光がぼんやりと灯った。
「正常ニ終了シマシタ」
 無感情な音声がミリュウの『鼓膜のある耳』をそっと叩く。目を瞑って待っていると、彼女の頭部を包み込んでいたフルフェイスヘルメット型のインターフェイスが取り外された。
「お加減はいかがですか?」
 ミリュウを意心没入式マインドスライドシステムの世界に送り込んでいた装置を抱えているのは、地味なドレスを着るセイラだった。
 この装置を使い出してから、毎度毎回復帰の度に出迎えてくれる心配そうな顔。それを見ることが、ミリュウにとって毎回知らずの内に強張っている頬を緩められる合図ともなっていた。
「人に殴りかかるのって、案外難しいのね。お稽古とは全然違う」
 そのセリフに、セイラは困ったように眉を垂れた。
「幼い頃は男の子と取っ組み合いもしたものですが……違うのでしょうね。私には考えが及びません」
 セイラの応えにミリュウは微笑を浮かべる。
 主が正常に意識を取り戻しているのを確認した執事は、すぐ傍に立つアンドロイドに合図した。アンドロイドの腹部からは無数のコードが延び、それらは身体データを取るため王女の体に貼られた幾つもの電極に繋がっている。それを回収するためにアンドロイドが歩を進めてくる。
 ミリュウは脳を『現実』に慣らすよう、ざっとこの後の予定を振り返った。
「……お姉様は、後何分で?」
「ちょうど十五分後に到着されます」
 アンドロイドがまず上半身の電極を外していくのをぼんやり眺めながら、ミリュウは思い返した。
 仮想空間に入る前に見た、ティディア姫が王城より現れた際の映像。
 白と藍を基調に作られた他国訪問のための正装ドレスに身を包んだ姉は、美しかった。肌は幸せな薄桃色を帯び、体の内側から光を放っているようだった。
 城門が開き、王女が現れたその時、ティディア・フォン・アデムメデス・ロディアーナを見たいがために集まった群衆は皆一様に息を飲み、慈愛と蠱惑――およそ矛盾した二つの美を融け合わせる姫君の麗しい微笑みに、一様に心を溶かされた。
 群集だけではない。中継するアナウンサーも、それを受けるスタジオの面々も、誰も彼もが心を溶かされていた。
 もちろん、
(わたしも)
 ああ、たった十五分後のことなのに、お美しいお姉様を直接この眼で拝する時が待ち遠しい。
「お召し物を」
 アンドロイドが電極を全て取り終えると、セイラが下着を差し出してきた。
 ミリュウは座していた椅子から腰を上げ、一度、己の乳房を見下ろした。大きくはないけれど姉が綺麗と褒めてくれる膨らみの底から、けして綺麗ではない音が、聞こえるはずがないのに確かに鼓膜を震わせた気がした。
 ……今朝のお姉様には、あの輝きはまだなかった。
(――ニトロ・ポルカト)
 出かける前の一時だけであれほどお姉様を輝かせる至福をもたらした男は、結局姿を民衆の前には現さなかった。
 それを残念がる声はあったが、しかし、それについて不満を漏らすことは恋人を慮るティディア姫の心に背く。アデムメデス国際空港へ進路を取る飛行車スカイカーの一団を見送った国民の大勢は、大した混乱もなく王城の周りから解散していった。
 それでも、未だ城の周囲にはニトロ・ポルカトを待つ者らが多く残っている。随分と人気を集めているものだ。
 ニトロ・ポルカトは今、お姉様が用意させた食事を摂っていることだろう。その後で民を放ってこっそりと城を離れるのだ。先に王城に入っている部下から、そのための準備がされているとの報告も受けている。さらに、調べもついている。あの男は民の期待に応えず、重要なお役目を担われるお姉様を見送りもしないくせに、学友らと遊ぶためにケルゲ公園に向かうのだ。
「…………」
 黒紫色の下着を身に付けると、控えていたセイラがドレスを持ってきた。同じく黒紫色を基調とし、品良くまとめられたアフタヌーンドレス。
「失礼致します」
 セイラが恭しく頭を下げる。ミリュウは執事に身を委ね、正装――ロイヤルカラーのドレスをまとっていった。
 次にセイラが神経を遣い慎重に扱ったものは、ペンダントだった。ミリュウの背後に回った執事が、そっと首にかけてくる。
 ミリュウは脇目に姿見を見た。
 胸元に、美しい“心”が淑やかに輝いた。
 細やかな鎖につながれるオープンハート型のペンダントトップ。心はただ開かれているだけでなく、その内に三日月を抱いている。そしてその三日月もまた、一粒のサファイアを抱いている。白金製のハートとクレセントが描く曲線は素晴らしく上品であり、母に抱かれた子のようにはにかみ煌めく宝石は可愛らしい。
 ――去年の誕生日に、お姉様が贈ってくれた品だ。
 わざわざウェジィに自ら足をお運びになって選んでくれた物。
 サファイアは月月食つきげっしょく中の双子月を表していて、お姉様が持つもう片方にはルビーが飾られている。
 これはお姉様と分かつペアペンダントなのだ。
 ……嬉しかった。
 ニトロ・ポルカトの助言もあったという――けれど、一目でわたしの心も掴んだ、とても大切な宝物。
「……」
 ミリュウはペンダントトップにそっと触れた。
「お気に召さないところはございますか?」
 櫛を持ち、ミリュウ自慢のロングストレートをき整えてセイラが問う。ミリュウは姿見の正面に立ち、確認後、微笑み言った。
「いいえ。とても素敵よ」
「ありがとうございます」
 頭を垂れ、それからセイラはアンドロイドに目配せした。
 すると、待ちかねていたように部屋の中へパトネトが飛び込んできた。
「あら」
 パトネトは、国を、国民を、王家を代表してクロノウォレス星へ向かう第一王位継承者を見送るため、幼年の王子としての正装に身を包んでいた。まるで男装している少女のようでもある。ミリュウの頬が自然と緩んだ。
「とっても似合ってる。可愛いわ、パティ」
「お姉ちゃんもとっても綺麗!」
 パトネトはミリュウに抱きつきながら言った。抱きつき姉を見上げる弟の顔には、今から緊張の影がある。ミリュウは一層笑みを深め、
「ありがとう」
 パトネトを安心させるように、頭を愛しく優しく撫でてやった。

 ハラキリ・ジジは、南大陸最大の国際空港にいた。広い待合ロビーの大モニターには、現在アデムメデス国際空港の駐機場エプロンで執り行われている式典が中継されている。
(今頃ニトロ君は『通路』の中ですかね)
 モニターにティディアが大写しとなった。正装した第一王位継承者は、見送りに出てきた妹弟に笑顔で何かを語りかけている。午後十時を回っても多くの客がベンチを埋める待合ロビーが、大きなため息に包まれた。
「きれー、姫様きれー」
 数十列と並ぶベンチの最後尾の端。そこから周囲を眺めていたハラキリは、ふと無邪気な声に目を引かれた。二列前の席で、目尻に見た目の年齢にはそぐわぬ皺を刻んだ女性が、隣できらきら顔を輝かせる女の子に笑顔で応えている。
 そのやり取りに耳をそばだて――ハラキリは苦笑を浮かべた。母親が『ニトロ様』と名を出し、娘が『けっこん式』と言ったのだ。『はやく姫様のウェディングドレスを見たいわ』と、ませた口振りで。
 母娘は想像だにしていないだろう。
 その結婚式の新郎と目される少年が、群衆取り囲む王城から堀の底の下を歩いて脱出しているとは。王城建設時から存在する秘密通路。その『定期点検』も兼ねて、地下鉄につながる狭い路を進んでいるとは。
 母娘の会話は、娘のお姫様への憧れで輝いている。ニトロ様と結婚した姫様がどんな暮らしをするか、子どもらしい夢全開で語っている。
 ハラキリはまた一つ『トップシークレット』を知ってしまった……否、教えられてしまった友に、この話を録音して聞かせたらどんな顔をするだろうと想像して危うく吹き出しそうになった。きっと、彼は面白い顔で吹き出す。それをまた想像し――
(まずいまずい)
 いきなり笑い出したら注目を集めることは必至だ。
 ハラキリは想像力を停止させるため、モニターへ意識を集中した。
 カメラが、ティディアの双眸がわずかに赤らんでいることを捉える。呼応して実況するアナウンサーが「泣かれたのでしょうか」と“気遣い”を最大限にして言う。それはもちろん恋人とのしばしの別れを忍んで涙を流したことを示唆したものであり、もちろん、聴衆の中にそれに対する異議を持つ気配はなかった。
「ニトロくん、なんでついてってあげないのっ?」
 色恋に敏感なのか、先の女の子がアナウンサーの意図を的確に受け取り憤慨して母に問うている。母親はニトロ・ポルカトがまだ私人であることを聞かせたが、そのような事情にはまだ疎いらしい娘はしばらく母親に文句をたれた後、最後には「姫様もたいへんね」とまたませた口振りで言った。
 ハラキリは笑いを堪えるのに必死だった。全く、彼をこの場に連れてきたい!
 やがて式典を終え、ロディアーナ家の紋章が描かれた王家専用星間航空機ロイヤル・スターシップへとティディアが歩いていく。希代の王女を乗せた船はこの後、地下に移動し、離星滑走線マスドライバーを駆け抜け、いよいよアデムメデスを離れる。
 収納階段エアステアを昇るティディアが、船に入る直前で振り向いた。
 国民に向かって手を振る彼女の傍らにはモーニングコート姿の執事がいる。
 他国に赴く際のドレスに身を包む蠱惑の美女と、マリンブルーの宝石を瞳に持つ男装の麗人。
 そこには素晴らしい華があった。
 思わずといったように、ロビーのそこかしこから拍手が鳴り響いた。
 ハラキリは脇に置いていたビジネスバックを手に取り、席を立った。王女の姿を見る人の邪魔にならないよう、それらの背後を選んで通路を歩いていく。
 少ししたところで振り返ると、写真撮影用、テレビ中継用と向きを変えてしばらく手を振っていたティディアが船内に入っていっていた。あの母娘は――娘は熱心にモニターを見つめ、母は娘を愛しげに見つめている。
「……」
 ティディアが船内に消えたことで席を立つ者の姿が目立ち始めたロビーを今一度ざっと見渡したハラキリは、そこで世間話用の――あるいは対親友用からかいネタの――情報収集を終え、そろそろ目的の便が着く頃合だと歩を進めた。
 一般用の到着口を素通りしてターミナルの端まで歩き、突き当たりにあるスタッフ通用口に向かう。と、警備アンドロイドがハラキリの行く手を阻み、しかしすぐに道を開けた。ポケットの中の通行許可証に反応しての行動だった。
「予定通リ運行シテオリマス」
 通用口の扉を開け、アンドロイドが言う。
 ハラキリは中に入るとしばらく職員通路を進み、途中でトイレに立ち寄った。
 洗面台の前に立つと、鏡にはPQKロイヤルタグブランドのスーツに身を包む、浅黒い肌に顎鬚を蓄える男が写った。
 ハラキリはバッグの中から大豆大のカプセルを取り出し、それを頬に当てた。すると彼の肌を浅黒くしている――素子生命ナノマシンを用いた――自在肌色デコレーション・スキンがいっせいにカプセルへ戻り出した。カプセルから遠い所から肌の色が元に返っていき……それと並行して、注意すれば彼の顎鬚が付け髭であることが判るようになってくる。デコレーション・スキンの回収が終わると、彼はそれが隠していた『生え際』に爪を当て、ぺりっとよくできた髭を剥がした。
 両手の肌色を変えていたデコレーション・スキンも回収し、変装グッズをバッグにしまったハラキリは、最後にスーツの着崩れを整えてからトイレを出た。
 まっすぐ指定されたエレベーターに向かう。
 エレベーターに乗りこむと通行許可証を用いて特別な操作を行い、通常では行くことのできない最深の階に降りる。
 エレベーターを降りた所で今度は三体のアンドロイドに取り囲まれた。厳重なセキュリティチェックを受け、それから短い通路を通ってようやく――ハラキリは、どのフロアマップにも記載されていない空間に辿り着いた。
 そこは、要人専用の出口だった。
 簡素だが清潔感溢れるロビーには人影の一つもない。アンドロイドの姿もない。目視できる厳重な警備網は外にあり、ここには『不可視の警備網』だけがある。
 ロビーの外には黒塗りの高級車が停められていて、しばらくすると、一台のロボットが大きなトランクを二つ運んできた。
(おや)
 意外にも一つずつか、と、ハラキリは思った。まあほとんどの荷物は先に最後の宿泊地ホテルに送っているはずだが、それでも『旅行』中は大量の荷物を運ぶはめになるだろうと思っていたからあの量は正直ありがたい。
 ハラキリは自分のバッグも積んでおくようロボットに渡し、それから客が出てくるはずの専用エレベーターの前に立ち、待った。
 退屈な数分が過ぎ……
 エレベーターの到着音が静かに、鳴った。
 扉がスライドし、先に出てきた二体の警備アンドロイドの間を抜けて、女性が二人、ハラキリの前に現れた。
 一人はハラキリより若干背が低く、落ち着いたフェミニン系の服に長い金髪を流し、大振りで洒落た帽子を被っている。とても華奢ではあるが、しかし病的ではない。儚げな雰囲気は妖しさすら漂わせ、少女と大人の境界にある美貌には幻惑されるような特有の魅力がある。
 もう一人はハラキリより若干高く、ボブカットにした金髪を先端に向けてグラデーションをかけて黒く染めており、右目を隠すように前髪を垂らしている。フェミニンな片割れに対してボーイッシュな服装をしているから、ともすると無愛想な少年に間違えられそうだ。
 そして、二人共に、特徴的な耳をしている。
 ハラキリは軽く一礼した。立場的には本来最大の礼をもって迎える相手であるが、それは前もって通達された『要望』で禁止されている。彼は、営業スマイルを浮かべて言った。
「ようこそ、アデムメデスへ」
 すると、若干背の低い方――ハラキリから見てちょうどニトロと対面している格好となる背の女性が、薄羽の軽やかさで彼の前に歩み寄り、
「久しぶりだね、お兄ちゃん
 思いがけぬ、というか予想できるはずがないまさかの先制攻撃を受け、ハラキリは派手に吹き出した。

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