『心』より

「ハラキリノ家ニ寄ッテカラ帰ルヨ」
 放課後、マスターはそう連絡を寄越してきた。
「セスカニアンノ知リ合イカラ『アナログレコード』トソノ再生専用機ヲ譲ッテモラッタトカ喜ンデテネ。エッライ骨董品ラシインダケド良イ音ナンダッテ。長イ組曲ダソウダカラ遅クナルケド、心配シナイデイイカラ」
 ティディアは――昨日から王と王妃と共に星の裏側で公務に励んでいる。スケジュールは明後日までびっしり。ヴィタが命を受けマスターを連れ出そうと単独でこちらに戻ってこられる隙間もない。
「ゆっくり楽しんでおいでね」
 芍薬は、マスターにそう返した。
「芍薬モ。ティディアガ何カシテクルコトモナイダロウカラ、ユックリシテルトイイヨ」

 念のため王家関連施設の周辺に妙な動きはないか手製の情報収集プログラムを放ち、王女から与えられている出入り自由の権限を利用し王家広報に探りを入れに行き、改めてティディアがちょっかいをかけてくることはないと確信した芍薬は、久々に趣味に時間を費やすことにした。
 それは、普段はバカ姫の動きを警戒したり、段々と数を減らしていたのに『赤と青の魔女』事件以降再び増え出した『ニトロ・ポルカト』に協力を求める企業や団体からの迷惑メールに対応したり、あるいはマスターを支援するための技能を得ようと撫子おかしらの元へ訓練に出向いたりという忙しくも充実した生活の中で、さらに『生』を充実させるために暇を見つけてはこつこつと作業を進めている唯一の趣味――マスターの名場面集の作成。
 その名場面集の種類は二つあり、片方では大抵ティディアがニトロにお仕置きされている。
 もちろんあのバカ姫が『馬鹿なこと』をしでかしての結果だ。
 もし、その馬鹿なことで主が『最悪な結末』を見ていたらそれらの映像を後生大事に保存してなどいられないが、ここまで最悪な結末は回避してきている。回避できていれば、どんなに思い出すだけで苦々しい事件に関わった映像であろうとそれはバカ姫に勝利した過程を記した大切な宝であり、それらをつなげた動画はつまりマスターの栄光の記録だ。
 そんな重要なデータを残さずにいられるはずもない。彼のA.I.として一緒に難を乗り越えた記念メモリアルとしても大事に保管しておきたいし、それに何より、いつ見ても何度でも惚れ惚れしてしまう、主様が魅せる見事なアクション(ツッコミ)をコレクションしないなどという愚行を犯せるはずもない。
 とはいえ、自分にとってはそうであっても、ニトロはそんなシーンは見たくも思い出したくもないと嫌がる。
 実際、これを趣味にしていることがバレてしまった時にはデータを廃棄しろと言われ、それは嫌だと初めてマスターに我儘を言ってケンカをして、その末に絶対に目につかないようにしてくれるならという条件で認められることになったものだ。
 できればマスターとこの栄光の記録に込められた感動を共有したいものだが、それで不快な思いをさせては仕方がない。そこまでは我儘を言わないようにしている。
 しかし、もう一方の名場面集はマスターにも無条件で認められている。彼が漫才を始めてから作り出した、その傑作選だ。
 こちらにはどうしても活き活きとしたティディアまで映ってしまう難点があるが、しかしそれ以上にマスターの仕事を多くの人が笑って喜んでくれているのが嬉しくてならない。それにニトロも漫才の復習のために一緒に見てくれるし、自分が丹精込めて編集した映像をマスターに喜んでもらえるからとてもとても嬉しい。
 それだから近頃は後者に多くの時間を割いているが……『赤と青の魔女』の件での映像が、ヴィタから送られてきた未編集の生データのままで放っておかれている。今日はそれを編集してしまおうと、芍薬は準備を進めた。
 扱っているデータは億が一にも外部へ流出させてはならないものであるため、インターネットとの常時接続をメインコンピューターからサブコンピューターに移し、メインとサブのつながりを切り、もしニトロから連絡があった場合はその通知を音として部屋に流れるように設定する。
 メインにつながっている二つのホットラインのうち王家につながっているラインも遮断し、念のためハラキリの家につながっているものにも強固なフィルタをかけておく。最後に普段は接続を断っている芍薬の映像データ専用の外部記憶装置たからばこを起動させ、ニトロからもらっている毎月のお小遣いを貯めて買ったプロ仕様の動画編集ソフトを立ち上げさあ作業を始めようとした時――芍薬は、はたと気づいた。
 ミュージックライブラリに、イメージに合う音楽がない。
「……」
 取りも直さずまずは使いたい画を選りすぐろうかと思ったが、いや、次にこれほど大きく趣味に時間を割ける時がいつ来るかは分からない。やはりここは先にイメージ通りの音を探しに行くことにした芍薬は『宝箱』とメインコンピューターの接続を切り、各種設定を全て戻してから外出した。
 行き先は決まっている。気に入りの動画投稿サイトだ。
 インターネット上に動画投稿サイトはそれこそ山のようにあるが、芍薬が足を運ぶのはその中堅どころ。開設の趣旨が『映像クリエイターを目指す初心者に優しいコミュニティ&次のステップへの踏み台』ということもあって、フリー及びシェアの編集作業用ソフトウェアに加工用素材や楽曲・効果音などとにかく創作支援のコンテンツが充実し、また先達が初心者に快くアドバイスをする雰囲気もほのぼのとしたサイトだった。
 そういえば、ここに来るのはおおよそ二ヶ月振りだ。
 コミュニティにログインした芍薬は、自分のアカウント宛にこのサイトで知り合ったA.I.仲間からメッセージが送られてきていたことを知った。
 そして、それに目を通した芍薬は、唇を引き絞った。
 のん気に音を探している暇はない。そのメッセージに記された時間は残り少ない。コミュニケーション・スペースにアクセスし、芍薬は真っ直ぐメッセージをくれたA.I.の元へ向かった。
 そのA.I.は、自身のマスターが最後に投稿した作品のコメント欄に次から次へと送られてくるメッセージを一心不乱に余すことなく拾い上げ、一定の量になるとデータを圧縮しそれを己の『自宅』へと転送し続けていた。
「フィオネア」
 呼びかけに、フィオネアと名づけられたオリジナルA.I.が、作業を中断して芍薬に振り返った。
「お久しぶりです、芍薬さん」
 その肖像シェイプは半分機械の体を持つ少女の姿をしていた。大昔のフィクションに描かれたサイボーグ、あるいは人造人間のイメージでかたどられたフィオネアの――半分はガスマスクのような面に覆われ、もう半面はあどけなさを残す青白い顔は、そこにある大きな悲しみを覆い隠して、清々しい表情を刻んでいた。
 芍薬は、最大の敬意を持ってフィオネアに頭を垂れた。
「心から、哀悼の意を」
 その言葉に、しばしの沈黙の後、フィオネアは穏やかにうなずいた。
 二週間前の日付でフィオネアから送られてきていたメッセージには、そのマスターの死の報が刻まれていた。交通事故に巻き込まれたのだという。突然の訃報は彼の作品全てにも記され、目をやれば彼が最後に投稿した作品へ途切れることなく数多くの哀悼のメッセージが寄せられている。
 書き込まれ、また書き込まれ、葬儀に訪れた人々が次々と亡骸へ頭を垂れていくように、書き込まれ、また書き込まれ。
「――こんなにも多くの方がマスターの死をいたんでくださっています」
 フィオネアは笑顔で言った。
「ボクは心から嬉しく思います」
「……残念だよ。アタシも、いいクリエイターになると思っていた」
 フィオネアのマスターは、このサイトでは新鋭の若いクリエイターだった。しかしその才能は高く評価されていて、古参の目の肥えた利用者からも将来を有望視される存在だった。アデムメデスのどこかの大学に通うその人間は、月に一度のペースで新作を披露し、皆を楽しませていた。
「主様にも見てもらったことがあるんだ。フィオネアが主役のやつ。……主様も、凄いって言っていた」
「ありがとう」
 フィオネアは片方だけ露となった眼を細めた。
 その笑顔は眩しかった。芍薬は『視覚』を閉じ、顔を伏せた。
 ――フィオネアは、残り数時間、日付が変わるその時までここでマスターへの哀悼の言葉を集め、その後それを持ち帰り、以前から交わしていた遺言やくそくに従いマスターのコンピューターにあるデータと共に自らを消去する。メッセージにはそう記されていた。
 だが、フィオネアのその『死』は、悲しいことではない。虚しいことでも、酷いことでもない。
 ただ――
「……」
 芍薬は再びそのに、マスターを喪い数時間後には『この世』から消え去ってしまうA.I.を真っ直ぐ捉え、静かに訊ねた。
「フィオネアは……満足かい?」
 フィオネアは、胸を張りうなずいた。
「ボクは、マスターに『幸せな死』を与えられました」
 芍薬はフィオネアを見つめた。そこには大いなる悲しみが、それ以上の喜びに、確かに癒されていた。
「これ以上に嬉しいことはありません」
「……」
 マスターとの死別はA.I.にとって自身の死よりもなお恐ろしい。それは例えどんなに仲の悪いマスターとA.I.の間柄であっても、変わることのない真理だ。
 フィオネアは、マスターの死をどう受け止めたのか。
 芍薬はそれが心配だった。
 中には悲嘆にくれるあまり自身を構成するデータを自ら破壊し、『発狂』する者もいる。そうなれば一個の個性を保持することは不可能となり、オリジナルA.I.であったモノは自己を失くしただ暴走するだけのガラクタに成り下がってしまう。
 それは、アタシ達A.I.にとって至福の『最期』ではない。
 アタシ達A.I.にとって至福の『死』は、マスターの最期の時まで役に立ち、そしてマスターの意志を己の最期のゼロ秒まで完遂することだ。
 その結果、マスターとの別れの時、新しいマスターの下で新しい生活をと願われれば、新たなマスターの下で再びその新しいマスターの意志を完遂するために『生き』続ける。中には何代にも渡って一つの家に仕えるものがいるように。
 それとも、マスターとの別れの時、『死』を望まれれば、マスターと過ごした日々の記憶メモリーを抱いて無へと還る。
 それを――死の時にA.I.にも『死』を望むのは人のエゴだと語る人間もいるが、アタシ達A.I.からすればそうではない。反対に、むしろそれはアタシ達A.I.が抱くエゴだ。
 乱暴な言い方をすれば、A.I.は所詮道具。
 どこまでいってもマスターが所有するプログラムでしかない。
 それが電脳世界の『人』であるオリジナルA.I.にとって悲劇だという者もあるが、だが、それは違う。
 オリジナルA.I.には、あるいは道具であるからこそ、人間にはない確固とした存在理由がある。
 それは、マスターに仕え、マスターを支えること。
 マスターに、必要とされること
 それを存在理由としてみ出され、そして理論上永遠に生き続けられるオリジナルA.I.は、『必要とされたい』が故に永遠に生き続けてはくれない大切なマスターにいつまでも必要としてもらいたいという実現不可能な欲求をその根本に抱えている。
 何代にも渡って一つの家に仕えるのも、それは否定しようのない幸せなことだ。あるいは信頼するマスターが信頼する人物へと繋ぎ渡す形で誰かの従者ファミリアーであり続けることも、A.I.として一つの幸福だ。
 しかし、いつまでも素晴らしいマスターが続くとは限らない。
 だから、アタシ達A.I.は最愛のマスターが『死』を最後の命令として遺してくれた時、それを……唯一無二のマスターに必要とされ続けたまま終われることを『幸せな死』と呼ぶ。
 もしかしたら、マスターに「あなたの死後に私の死を命じろ」というのは何よりも残酷な選択を迫ることなのかもしれない。それでもアタシ達A.I.のエゴは、それを『幸せ』として望んでいるのだ。
 ――フィオネアは、幸運なA.I.だった。
 例え短い間だったとしても、その体に一ビットの揺らぎもなく『幸せな死』を与えられたと言える最高のマスターと巡り合えたのなら――
「……そうかい」
 芍薬は、マスターの死を悲しみながらも、死と引き換えにマスターが最後に与えてくれた幸福を噛み締めているフィオネアを見、その幸せなA.I.に贈るに相応しい言葉は一つしかないことを確信した。
 別れの言葉を、祝福で包み込む。
「おめでとう、フィオネア」
 フィオネアは半身機械の体を折り曲げるようにして礼を返した。
「ありがとう。あなたにもどうか、『幸せな死』が訪れますように」

 フィオネアと別れを済ませた芍薬は、そのサイトで馴染みの仲間の下を回った後、ニトロの部屋に戻ってきていた。
 イメージに合う音は見つけたが、今はもう、趣味に没頭する気にはなれないでいた。
 フリー配布されている楽曲を聴き回っている最中、ガレドというA.I.の話を聞いたのだ。
 ガレドは、自分と同じようにマスターの意志とは無関係に『趣味』としてあのサイトにやってきていたA.I.で、いつか世に出ることを夢見るクリエイター達のエネルギーに満ちた作品を観ることを何よりの楽しみにしていた。動画編集のパターンや演出を学ぼうと投稿作品を眺めていた芍薬はガレドと何度か交流したことがあり、お奨めの作品などをいくつも紹介してもらったものだ。
 先週、そのガレドから親交の深かったA.I.に「さようなら」とメッセージが届いたのだという。
 それだけでガレドに何が起こったかを悟るには、十分だった。
 ガレドのメッセージは、前触れも脈絡もなく突如として送られたそのメッセージは、オリジナルA.I.が親交深い仲間へそれを知らせる定型文であったから。
 ――ガレドも死んだのだ。……マスターに、『廃棄』される形で。
 ガレドとマスターの仲がどういうものだったのか、芍薬は知らない。
 しかし、オリジナルA.I.がマスターたる人間に『命』を握られていることは世界の常識だ。マスターの気まぐれで消去デリートされたA.I.などそれこそ星の数ほどいるだろう。ガレドがその中の一つとなったからとて、何の不可思議もない。
 オリジナルA.I.をあくまで道具――いくらでもコピーの効く汎用A.I.と同様に、それより人間っぽいだけのただの人工知能として扱うマスターはいくらでもいる。それこそ着る服を替えるように次から次へとA.I.を変えるマスターもいる。
 その一方で、ニトロのように、あるいは幸せなフィオネアのマスターのように、オリジナルA.I.を家族ファミリーのように大切にしてくれるマスターがいる。例え互いの相性が良くないと感じても、一度育てたからにはとA.I.を変えないマスターもいる。
 どちらがマスターとして正しいのか、アタシ達A.I.はそれを決める立場にない。
 アタシ達A.I.は、そう、道具だ。人の目から見て前者がどう感じられたとしても、アタシ達からすればそれは一つの正しい形だ。
 だが、それならばせめて道具として最後まで役目を全うしたい。そうすれば例え『幸せな死』を得られずとも納得することはできる。それすらも叶わず突如としてマスターに消去されたA.I.達が、最期に仲間に送るメッセージが、言葉になくとも重苦しい無念を伝えてくることを考えれば……
 芍薬は、アタシ達A.I.のことを大切にしてくれるマスターこそが真に正しいのだと、正否を決める立場にないとしても『心』の奥底からそう思いたかった。
「さようなら、ガレド」
 もう『この世』から消えてしまっただろうガレドへ向けてつぶやき、芍薬はそれぞれの形で『最期』を迎えた二人のA.I.を想い、そして我が身を思った。
 ――撫子おかしらのようになりたいという夢を持ってニトロ・ポルカトの下に来たアタシは、今、素晴らしい主様に出会えた幸福の中にいる。
「……」
 マスターのいない部屋は夜の影ばかりが濃い。
 カーテンの隙間から差し込む街の光は、かえって部屋を寂しい薄明かりの中に沈めている。
 時刻は九時を回っているが、ニトロは、まだだ。
「……」
 芍薬は何気なしに多目的掃除機マルチクリーナーを操作し、意味もなく部屋を掃除し始めた。




 ニトロが帰ってきたのは、午前零時に差しかかろうかという時だった。韋駄天に送られてきた彼は上機嫌で、飛行車スカイカーの発着スペースがある屋上の出入り口のカメラを通してその笑顔を見た芍薬はメモリに降り積もっていた不安が消えていくのを感じていた。
 屋上出入り口のロックを外し、ニトロがエレベーターで降りてくるのを待ち、タイミングを合わせて玄関のロックを外し、部屋のライトを点ける。
「おかえり」
「タダイマ」
 ドアを開けたニトロが上機嫌なまま応えてくる。それだけのことが妙に嬉しくて、芍薬は矢継ぎ早に問うた。
「『アナログレコード』は良かったかい?」
 スリッパに履き替え部屋に入ったニトロは、鞄をテーブルに置くと中から小さなケース――拡大して見るとどうやらメモリーカードのケースらしい――を取り出しながら、
「良カッタヨ」
 それだけを言った彼は、部屋のシステムを制御するパネルに向かった。芍薬が疑問を呈するよりも先にカードスロットのカバーを外し、カードケースから取り出した……芍薬の記録ログにある、ニトロが所有しているカードのいずれでもないそれを挿し込んだ。
「それは、何だい?」
 意図の読めぬニトロの行動に問いかけると、マスターはにんまりと笑った。
「チョット早イケド、プレゼント」
 メモリーカードにはファイルが一つあった。拡張子は、それがオリジナルA.I.用のアクセサリーファイルであると示していた。
 ニトロに促されファイルを開くと、それは、遥か遠くにある辺境の星で『カンザシ』と呼ばれる髪飾りだった。シンプルに見えるが実は細かく作りこまれた装飾が、棒状の髪留めに温かな華を添えている。
 芍薬は悟った。
 いつの頃からか世に広まった風習。
 従者ファミリアーたるオリジナルA.I.を迎えて一年が経った時、そのA.I.の働きに満足しているのなら、一生の付き合いになるかもしれないのだからマスターは感謝を込めて贈り物をしようという習慣。
「少シ、不細工カモシレナイケド……」
 ニトロは少し照れ臭そうに言う。その言葉が意味するのは何かと思えば、ファイルの作成者が『ニトロ・ポルカト』となっていた。
「主様が?」
 驚きに思わず声が漏れる。
 ニトロの持つコンピューターは全て自分の管轄下にある。もし彼が何か作業をしていれば、自分がそれに気づかぬことはない。例え『何を』しているかまでは解らないようにプライベートモードで隠されたとしても、『何かを』していることは解る。しかしファイルの作成日は三週間も前のことで、今日まで何度も保存を繰り返された跡があり、それなのに彼がそんな作業をしている素振りなどこれまで微塵もなかった。
 全く予期せぬ……完璧な不意打ちに――
「ソウダヨ」
 ベッドに腰掛け、ニトロは笑っていた。こちらの戸惑いを察しているのだ。その笑みにははかりごとの成功を喜ぶ悪戯っぽさがあった。
「ハラキリノ家ニ行ッタ時トカ、学校ノ休ミ時間トカニソコノ端末デコツコツトネ。ソレデ今日ハラキリノ家デ最後ノ仕上ゲ。撫子ノチェックハ厳シクテ参ッタヨ」
「……」
「……」
「……」
「……アレ?」
 ふと、ニトロの顔から笑顔が消えた。怪訝に、不安げに窺う。
「気ニイラナカッタカナ……」
 芍薬は慌てて壁掛けのモニターを点け、そこに自身の肖像シェイプを映し出した。髪をポニーテールにまとめた結い目にカンザシを挿し、軽く首を傾げてニトロに見せる。背景に喜びを示す光の粒子を最高レベルで撒き散らす。
 それを目にし、安堵したように息をついてニトロは言った。
「自分デ言ウノモ何ダケドサ、良カッタ、似合ッテル」
「――っ」
 芍薬は言葉に詰まった。感動ばかりがこの身を満たす。バグを起こしてしまったのだろうか、感謝を伝える言葉がなかなか見つからない。とにかく笑顔を浮かべることしかできない。
「イツモアリガトウ、芍薬。コレカラモヨロシクネ」
 ニトロの笑顔に、そして、芍薬の『心』が作り上げた言葉はただ一つ。
「承諾!」

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