それから十分も歩いたところで、遊歩道は大きな傾斜を見せた。
前景は斜面の向こうに隠れ、道に並行する川は早瀬となってザアザアと騒ぎ立てている。水の青と泡の白によって刻まれた幾百もの流線の上に跳ぶ飛沫は、まるで春の光を閉じ込めて輝く水晶玉のようだ。そしてその下には幾百も絶え間なく、あるいは幾千も絶え間なく、水面に、それとも水中に泳ぐ淡紅色の花弁がある。
(……なんだろうな)
坂を登りながら川を眺め、ニトロは思った。
あの花は、どこかで見たことがある。どうにも名を思い出すことができないが、少なくとも観賞用としてメジャーなものではなかったはずだ。むしろ、実用的な植物だったような気もする。
(それに)
あの花弁の量は尋常ではない。川に飲まれるものだけでなく、地にも散らばり、時折空を漂ってそこかしこにひらひらと舞い落ちてもいる。この先には一体どんな植生があるというのだろうか。例えば川の両岸を、数キロに渡ってたった一種の草花が埋め尽くしているのだろうか。いや、それとも――
(木の花?)
そうだ、春に花開かせる樹木に、このような花を咲かせるものがあった。
ニトロは記憶を探った。確か果樹の一つだ。梅だったろうか、桃だったろうか、林檎だったろうか……。坂の頂に近づく。坂向こうの景色が地表に浮き上がってくる。そこに、花弁と同じ色の冠を戴く木々を見た時、
「……お」
ぱァっ――と。
一瞬にして、ニトロの世界の色が変わった。
彩度が、コントラストが
鮮やかに、
色 鮮やかに――
「おお」
坂を登り切る。
眼前に広がる光景に、ニトロは感嘆を禁じられない。
嗚呼、嗚呼……
なんて美しいんだろう!
彼は自然と足を速めた。
「おおお」
遊歩道の傍らに、公園があった。
広い公園だ。
そしてその広い土地のほぼ全てを――春の山の内――小さな盆地の体をなす山間の底を、たった一種の樹木が見事爛漫と埋め尽くしている。
たった一色の花が、その濃淡のみをもって幻想的な世界をそこに描き現している。
心地良い風が吹く。
一斉に花が散る。
青空と新緑芽吹き出した山を背景に、幾千幾万の淡紅色の花弁が宙に舞う。
視界を覆う花吹雪。
まるで神話に語られる妖精の花園。
「おおおおッ」
桜だ!
ニトロは、もはや疑いようもないその名を心中高らかに響かせていた。
だが、以前に観た、サクランボのそれとは様子が違う。
両親と行った山登りで観たヤマザクラともまた違う。
果実の出来を優先して品種改良されてきた果樹は花数少なく、山肌に生える野生種は子ども心に力強さと美しさを感じさせたものだが、花は色濃く開花と共に葉も多く開いていた。
おそらく、そこにあるのは、園芸品種の一つであろう。ヤマザクラを観た翌日、母の『お花図鑑』で見た桜の中に同じものが確か、あった。しかし、図鑑の立体写真ではこの感動は得られなかった。得られようはずもなかった。
「
遊歩道から分かれ公園へと伸びる小道を足早に行くニトロに追いついて、ハラキリが言った。彼は頬に密やかな笑みを刻み、
「本来は『サクゥラ』や『ソメィヨシノー』なる品種を愛でるようなのですが、調べてみるにこの品種がほぼ同様の特徴を有しているのでちょうどいいでしょう。一本でもあれば良いようですが、このように群生した状況が特に最高だそうですよ」
公園の入口まで来たところでニトロはぴたりと足を止めた。
園の内外の境を示すよう、整地された小道の両脇に背の低い石柱がある。風化を防ぎ苔生さぬための処置が施されたその人工石の柱の片方には、どうやら元々プレートが嵌め込まれていたらしい跡がある。それは公園の名を標したものであったのだろうが、誰かの悪戯か、今は形も無い。
ニトロは、門柱の役目も果たすそれらの結ぶ線上に立ち、ぐっと両の拳を握った。
彼の立ち姿は仁王立ちと言ってもいいものであり、肩にも背にも力が入っている。
――その様子に、ハラキリは少し不安を感じた。
まさか、この段階でティディアが絡んでいることを勘付かれたのだろうか。
「どうしました?」
あくまでさりげなく、どうして立ち止まっているのかと訊ねる風に――また、そう訊ねているとしか捉えられない口振りで、ハラキリはニトロの隣に肩を並べて問うた。
と、
「ッ凄いな!」
バッと顔をハラキリに振り向け、ニトロが発したのは鼻息荒い感動だった。その顔色は花を写し取ったかのようにほの紅くなり、双眸はカッと見開かれ――思わぬ……いや、予想を遥かに超えた友人の反応に、ハラキリは思わずぎょっと身を引いた。
「いや、これは凄い!
ニトロは明らかに興奮している。テンションは跳ね上がり、瞳孔まで開き気味だ。好反応を予想してはいたものの、ハラキリはニトロがここまで声を高めて賞賛を繰り返すとは思いもしなかった。
「そんなに、ですか?」
だから、その問いはハラキリの無防備な疑念であった。
普段から人に本心を掴ませないハラキリの、飄々とした風体の剥がれた顔を見て、しかしニトロは怪訝な素振りの一つも見せずに大きくうなずいた。
「凄いよ。何て言うのかな……」
ニトロは園内に眼差しを向けた。
入口からしばらくは路がまっすぐ伸びていて、路の両脇には桜が何十と植え込まれている。さらに奥行き全てに何百と桜が根を下し、そのいずれもが満開の花を開き、空にはひらりひらりと花弁が舞う。
絶景。
まさに絶景。
桜色のトンネル、この路を抜ければ人知れぬ異世界へ辿り着きそうだと本気で思わされる。現実の中に具現化した非現実、それとも、非現実な幻想が現実と化したのか。これほど無尽蔵に花が開いているのに、桜の存在感にはどこか希薄な面がある。淡い色合いがそうさせるのか、どこを見ても目に入るのに過ぎて己を主張せず、むしろ飾りとなって周囲を引き立て周囲と調和し、しかしそうでありながら、いやそうであるからこそ己をその場に鮮烈に誇示する――矛盾に満ちた成立。香りすらも花数に比して信じられぬほど謙虚で現実感がなく……そして、だからこそかぐわしい。
一度、風が吹けば、視界一面には無限とも思える花のひとひらが夢幻に吹雪く。
舞い踊る花吹雪は刹那にしか存在できぬ美を空に描き、また、刹那から刹那、さらに次の刹那へと目まぐるしい美の連鎖を生み出して、心を――もしかしたら魂までをも幻惑する。
だが、魂までをも幻惑しそうなこの花吹雪こそ、この風景を前に心を正気に保たせてくれるものでもあった。
これは現実だ、と。
花が散る――その花の命が尽きる微かな死の事実こそが「これは現実なのだ」と儚く教えて、夢幻の世界の一歩手前で踏み止まらせるのだ。
「…………」
ニトロは大きく息を吸い、そして脱力するように吐いた。
駄目だ。この光景を評する言葉を、自分は紡げない。
「上手く……言えないけどさ。こう……例えば詩の一編でも詠みたくなるっていうのかな」
腕を組んで首を傾げて自信無げにつぶやくニトロの姿を見て、先ほどまでの興奮とのギャップにハラキリは小さく笑った。
「つまり、とにかく心を打つ――ということでよろしいですか?」
「そう! それだ! ……うん、そうだ、それでいいんだ、感動するんだ!」
と、再びニトロが興奮も新たに、ハラキリの指摘に我が意を得たりとばかりに拳を握った。ハラキリは、今度はぎょっとはせず、ただ笑みを深めた。
「子どもの頃からさ」
ニトロが一歩踏み出す。ハラキリも後に続いた。
「色んなフラワーフェスタに行ってたんだけど」
「お母上に連れられて?」
「まあ先頭切るのは母さんだけど、いつも家族で行ってたよ。それでいつも花に夢中になった母さんが迷子になるから迷子センターに迎えに行くのがお決まりでね。センターについたら母さんは呑気に他の迷子と仲良くなって遊んでるし、大抵母さんを引き取ってる頃には父さんがはぐれてるから、今度は迷子センター付近の美味しそうな料理を出してる店に捕まえに行って、最後には種や苗を大量購入しそうになる母さんをなだめるのがお約束だった」
「それはまた、昔から苦労してたんですねぇ」
実際にニトロの両親に会い、ニトロと両親のやり取りを見聞きして家族間の『役どころ』を知るハラキリは、友人の昔話に楽しそうな苦笑を返した。
ニトロは――本当はハラキリがこちらの言葉にツッコんでくれるのを待っていたのだが……しかし気づいてもらえなかったからには仕方がない。一つ息を挟み、
「どのフラワーフェスタにも見所があって、中には何これ? ってのもあったけど、やっぱり有名なところとかは子どもながら圧倒されたりしてたんだ。ほら、メルロア宮殿の『薔薇の庭園』とか、グランデロッカスのアデムメデス最大の花畑とか」
どちらも毎年必ず季節の便りとしてニュースに流れるものだ。ハラキリはうなずいた。
「ここと同じみたいに一種一色の花だけで盛大に、っていうのもあったし、それで感動したこともある。けど……何か違う」
ニトロは路の先に広場があり、そこに大きな池があることに気づいた。入口から路が伸び、その先に池を抱える広場――とはアデムメデス中央大陸によく見る公園の造りだが、しかし、今は全く別の世界の花園に迷い込んだ気分だ。元々自然にあったものであるらしい池は湧水を湛え、浅瀬は透明に、深みは蒼く、鏡のような水面には花びらが無数に浮かんでまた美しい。
「単純に綺麗だって思う。だけど、綺麗だと思うだけじゃなくて……」
そこで、ニトロは言葉につまった。
自分の感情を言い表せないもどかしさで顔を曇らせる友を見て、ハラキリは言った。
「日本では、これこそ人生、と喩えた人がいるそうです。――ライフイズビューティフル! しかしお前は美しいが故に、なんと哀しい」
「ああ、なるほど、それ、解る。うん、そうかも。ちょっと……切ないのかな?」
花は満開に咲き誇り、咲き誇りながらも散りゆく。その散りゆくものの寂しさ。
――だが、花は散っても枝は朽ちない。
花が散っても枝を伸ばす木さえ生きていれば、再び花は咲くだろう。
そして、また咲き誇り、散るのだ。散って、また咲き誇るのだ。
「人生かあ」
ニトロは蒼穹を仰ぎ見た。そこにも花のひとひらが無数に舞う。
ニトロは、瞼の裏に、悪夢の中で邂逅した『人生』を映していた。
薔薇色の影――その輪郭は間違いなくあのバカのそれであった影に血を吸い尽くされ、砂と化して崩れていった『“我が”人生』。
あの砂は、また形を作ることができるだろうか。形を成せぬ砂になれども血肉を取り戻し、座らされた玉座から逃れ、薔薇色の影を打ち破って再び己の色で輝けるだろうか。
いや……だろうか、ではない。だろう、でもない。するのだ。血肉を取り戻すし、玉座を後にするし、再び輝く。
「うん」
ニトロはうなずいた。
その肩に桜が舞い落ちる。
ハラキリは、今朝からニトロの表情の奥から消えずにあった影が、今この瞬間に消えたことを見取った。目的だった『オハ・ナミ』を前にしてリフレッシュが済んでしまったのは予定外だったが、まあ良いだろう。
(……否)
待て。
ハラキリは思い直した。
……良いわけが、ない。
これから行われる『オハ・ナミ』。
自分はティディアに語った。『ブレーコー』のことを。
それを聞いている時のあの王女の瞳! あの輝き! 間違いなく、彼女は企んでいる。美味しく食事をしたいと言っていたからには落ち着いた宴も用意しているだろうが、絶対に“それはそれ、これはこれ”で何かを考えている。でなければ、こんな桜の園を大金かけて突貫造園なぞするものか。
(少々――悪い、な)
リフレッシュ前の、ちょっと人生に疲れを見せるニトロ君なら拳骨くらいで済んだかもしれない。こうやって彼をハメたことへの罰は。
だが、リフレッシュして元気を取り戻したニトロ君なら何をしてくるか。同じ拳骨でもひどく痛かろう。蹴りならまだ良し、できれば頭突きまでで済んでくれるとありがたい。
……まあ、リフレッシュ前だろうが後だろうが、どちらにしたってあの『ニトロの馬鹿力』が出てしまった時には――拳骨にしても頭突きにしてもうっかりしたら頭蓋が割れちゃうくらいの威力だ――色々覚悟しなければならなかったが……リスクコントロールを考えればこの状況は正直、最悪だ。『中の下レベルのリスクもしくは極限』だったはずが、『大の上レベルのリスクもしくは極限』に成り代わってしまった。
あの時ティディアが指摘していたように、結果的にニトロに殴られてもコストと割り切れる。だが、かといってコストもリスクも低いに越したことはない。
(お姫さんに連絡がつけられれば)
彼女もこちらとほぼ同様のリスク感覚を持っていたはずだ。それくらい解らぬ彼女ではない。いや、解っていながらクレイジー方面に突っ切る彼女でもあるが、だからこそコストに見合わぬとばっちりを受けるのはさらさら御免だ。状況変化の報告に併せて『今日は点数稼げ』と説得すれば、今日は大人しく宴会だけで押し通せるかもしれない。その希望はある!
「今更思ったんだけどさ」
花匂い、花に酔う――とばかりに上機嫌に、ニトロが言った。
「なんでこんな名所が知られてないんだろう。人もいないし」
ハラキリは内心の動きをおくびにも出さず、しれっと応えた。
「ここはつい最近できたそうですよ。本格的な開花も今年からのようで」
嘘は言っていない。この桜がこの地に舞うのは今年、というか今週からだ。正直数日で花も散らさず大移植を行うと聞いた時には耳を疑ったが、王女は先日『新薬・新技術の治験・実験、今のところ大成功!』と嬉々として連絡してきた。規模は大きくないが地味に需要のある分野で『このままうまく行けば国際的に寡占にもってけそう。細かくでっかく儲けられそうでワクワクよー』とも笑っていた。
「そうなんだ。じゃあ、こんな風に独占できるのは今だけか」
ハラキリの言葉を疑う点はいくらでもあろうに、ニトロは、こんな素晴らしい場所につれてきてくれた親友の言葉を素直に信じていた。
ハラキリはニトロの反応にちょっと心を痛めた。一方で身勝手にも小さな不満を感じ、そして何より焦った。
(電話は――)
通じたとしても、どうやって電話する? 今、ニトロから、彼に会話を聞かれぬほどに離れてしまえば、それを好機とクレイジー・プリンセスが現れる可能性はより高まろう。彼女はこちらに協力を要請しながらも、こちらの隙を突く気は満々なのだから。彼女を止めたいのに、彼女を誘い出すような行動は取れない。であれば電話は不適だ。
(メール)
ならばニトロの傍にいたまま送れるが、もし、ニトロが「誰に?」なんて興味を持ち出してきたらマズイ。いくらでも誤魔化す手はあるが、王女の攻勢を繰り返し受けている内に彼は勘の鋭さを増しつつある。既に不自然な状況に疑念を示していた彼が、それを機に一気に“気づく”危険性は拭えない。
「それじゃあ、明日にでもここに来るよう母さんに言っておこうかな。この花吹雪の勢いだと見頃もそう長くないだろうし」
「それがいいでしょう。これだけの場所が、すぐに人を呼ぶのも不思議ありませんから」
実際、観光の目玉にする計画もあると王女は言っていた。過去の栄光を取り戻したい地元の活性化、地域経済振興への一助。明晩には知られる『恋人』と王女がデートをした場所と触れ込めば宣伝効果も絶大だ。来年は見物客で一杯だろう。
(メール、しかない)
桜のトンネルを抜け、誰もいない広場に入ったところで、ハラキリは決心した。ニトロに勘付かれるリスクは背負っても、それ以上のリスクを回避するための手立てを講じないわけにはいかない。手短に『緊急事態』と送るだけでも十分な牽制になるだろう。
ハラキリは、ポケットから携帯電話を取り出した。
「電話?」
何気なく、実に何気なく、ハラキリの行動に反射的に、ニトロが携帯電話を手にした友人への定型句を口にした。
「いえ、メールです」
ハラキリは飄々と答えた。するとニトロはうなずいて、心持ち足を速めてハラキリから離れた。用件が済むまでそこで風景を楽しんでるよ、と言うように微笑んで。
「……」
自然的な景観を活かすため
基本的に善人で、お人好し。それに最近、彼の素直さは両親の天然成分から来たものだろうな、とも思う。
正直、本来であれば自分のような人間と付き合う人種ではない。しかし度量が大きいのか何なのか、少なくとも裏社会に通じる人間を相手に普通に付き合う。あの王女とも、警戒心猜疑心敵愾心を剥き出しにしながらも、それでもおおよそ『普通』に……普通に、ツッコミ倒す。
あの『映画』の経験が彼をそうさせるのか。それとも、
(単純に人間的に強いのか)
メーラーを起動しながら、ハラキリは笑みを刻んだ。
――と、その時だった。
スチャーラーラーララー♪ と、どこからともなく軽妙かつ妙に色っぽい曲が広場に流れこんできたのは。
「あ」
ハラキリは、うめいた。
「うわあ!」
ニトロが、叫んだ。
池の辺に立つニトロの目の前に、突如として巨大な二枚貝が浮かび上がっていた。勢いよく水面を割って飛沫を上げて、がりがりと浅瀬の底を派手に削って制止したその貝は、ニトロもハラキリも知っている。実際はもっともっと小さな貝。ハマグリ。
その巨大ハマグリが勢い良く口を開けた時――
「うぎゃあ!」
ニトロの悲鳴を浴びて現れたのは、当然のように、アレだった!
「待ちくたびれてうっかり池の底で寝こけるところだったわー!」
貝の白い裏地から美しく照り返しを受け、彼女の真っ白な肌が花吹雪を背に妖しい艶をもって輝いた。彼女は服をまとわない。水着姿……と言っていいのかどうか、乳首と恥部を隠すビキニの生地は薔薇の花を象っている。そう、パカンと開いたハマグリの上、真っ赤な薔薇を乳房と股間のそれぞれにポンと咲かせた王女がそこにいる!
「ニトロ! 『オハ・ナミ』へようこそ! さあ、ブレーコーを楽しみましょう!」
「うっさい阿呆! いきなり現れてなんつー格好で恥ずかしげもなく何だそりゃ! ブレーコー!?」
薔薇ビキニの紐はほとんど糸である。必然的にほぼ、というかむしろ全裸のティディアに力強くニトロは怒声を浴びせた。
その声は、ティディアの美肌をより一層輝かせた。彼女のボケの本能とでも呼ぶべき感覚が、相方たるツッコミがその本領を取り戻していることに瞬時に感応したのだ。
「そうよ、ブレーコー!」
嬉々として、彼女は高らかに歌うように腕を広げた。その顔は上気し、興奮がまるで隠せていない。
「聞いているでしょう!?」
「ブレーウチとやらなら聞いた! できることなら今すぐお前をブレーウチたい!」
「ブレーウチって何よ、それはまた面白そうじゃない!?」
「面白そうじゃねぇ! 何を目を輝かせているんだ!」
「……あれ? 本当に聞いてない?」
「『オハ・ナミ』ってパーティーがあるってことは聞いた!」
そこまで言って、はたとニトロは思い至ったようだった。
キッとハラキリへ振り返る。
ハラキリは目を逸らし、いそいそと携帯電話をポケットにしまった。
もはやニトロに助けは必要ないと理解する。
彼の眼光、それだけでブレーウチのごとし。
(……隙あらば)
逃げるべし。
「それじゃあ私が教えてあげる!
戦慄するハラキリとは対照的に、ティディアは満面の笑顔で歓喜のままに言う。
「『オハ・ナミ』における『ブレーコー空間』には秩序というものが存在しないの! 誰が何をしてもその場限りは許される、ルールもマナーもなければ法律もない、“ブレーコーブレーコー”が免罪符!」
「なんッだその理不尽空間! つか『オハ・ナミ』って流れからしてこの風景を愛でるものじゃないの!?」
体はティディアに向けて警戒態勢を取りながら、顔はハラキリに向けて疑念一杯。器用なニトロの問いかけに、ハラキリは頬を掻いて――『天啓の間』でティディアがニトロのツッコミに対して指摘していた事は真実だった。今の彼は最近になく実に元気だ――と思い知りながら、
「花を愛でるより宴会を愛でるようですよ。むしろ花は添え物? それともこの非現実的な空間がブレーコーの根拠?」
「それはそれこれはこれで非現実は非現実現実は現実で!?」
「あ、それはナイス解釈じゃないでしょうか」
「あああ、なんてーか
「というわけで、愛でるのは私になさい!」
「どういうルートを辿ったらンな結論に至るんだバカ姫!」
「この絶景を眺めて宴会開始。ブレーコー発動。やりたい放題、食べ放題。花匂い花に酔い酒にも酔って、いい気分! そしたらほら、ふと見るまでもなくあなたの横にはこんな美女がこんなに美味しそうな姿で! ぶっちゃけちゃうとオハ・ナミパーティーもどうだっていい、とにかく私を襲うか襲われろ!」
「おぅしそこまでで十分だ。それ以上は下ネ「やりたい放題、ヤりたい放題!」「って聞いてんのかティディア!」
ニトロの怒声も聞く耳持たず、ティディアはどこ吹く風でさらに言う、
「ああ、なんて素晴らしい文化! ニトロ! 桜を愛でるからには」
ビシッと乳房を飾る二つの真紅を指差し彼女は言う。
「薔薇に隠れた可憐なぽっちり桜もいっぱい愛でて!」
「どこの三文エロトークか! てか大体そのバカ満点な格好は何だ!」
「ていうかニトロ、こんな美女がバカほど扇情的な格好をしているのに性欲そそられないの?」
「ンなデザインむしろ呆れるわ! そんなん扇情的っつーより罰ゲーム的っつーんだ下手すりゃ出オチで笑われるだけだ!」
「イエ〜イ大歓迎!」
「イェ……ッ……ああ、もうこの女は……」
「ああ、空はこんなに晴れ渡り、太陽は私を祝福して輝いている! 爽やかな春風は、ほら、囁いている。聞こえるでしょう? 今こそおしべとめしべがくっつく時だと!」
「……」
「でも大丈夫! 受粉の心配はしなくていいわ、避妊はちゃんとしてあげる!」
「…………」
「さあ、ニトロ……初めてでしょう? 大丈夫、怖がらなくていいわ。こんなにも桜が美しく散っているんですもの、おねーさんとあなたの童貞を美しく散――」
その瞬間、ティディアの喉が引きつり
「ヒッ!」
と短く悲鳴を上げて、彼女は身をかがめた。一瞬前まで額があった場所を、ニトロが投げた石が空気を裂いて飛んでいく。
――そして、数秒の間を置いてやたら遠くでどぼんと池に大きな波紋が生まれた。
「……ちょ、ちょっと!」
推定するに1kgはあったであろう
「ニトロ待って石はひどい! 石は痛い、っていうか危ないからゥキャア!」
今度は鳩尾を狙ってきた石をティディアは身をよじってかわした。石は貝の上蓋の裏に当たって跳ね返り、えらい勢いで水面に飛び込み大きな水飛沫を上げる。
「……」
跳弾でその速度。当たったらマジで死ぬ。
三投目のために無言で石を拾うニトロの姿を見て、ティディアの引きつり顔から血の気も引いた。
これはヤバイ、ヤバイ! 十何日か振りの気持ち良過ぎる丁々発止が嬉しくて、あんまり調子に乗って余計なことを言い過ぎた。ニトロったらこれまた数週振りに完璧キレちゃってますね!?
状況を判断するや否や、ティディアは三投目が来る前に身を丸めて寝転がり貝を閉じた。そのまま池に潜行し、ひとまずニトロの怒りが少しでも冷めるまでやり過ごそうと足下に置いてあったパネルを操作する。
――が、貝の潜航装置は働いているはずなのに、全く水底へと進んでいかない。進んでいけない!
「わ」
ティディアは、モニターになっている貝の――先ほどの石が当たった部分がヒビの入った――内側に映し出された外の様子を見て、うめいた。
ニトロがすでに、そこにいる。
我が身を封じた巨大な貝を抱え止めて、そこにいる!
「わあ!?」
ニトロの三投目は、石ではなく貝だった。女性一人を飲み込んだ重い二枚貝型潜水艇を軽がる陸へと投げ上げて、それを追って自らも地に上がる。
そして彼は素早く投げずにおいた石を拾い上げると、
「うーわわわわ!」
ティディアは耳を塞いで悲鳴を上げた。
ニトロが貝を割ろうと石でガンガン殴りつけてくる。石で叩かれたくらいで壊れるような代物ではないが、防音には気を配っていない。この音は――たまらない!
どんどん強烈になっていく激音に耐えかねて、ティディアは貝を開いた。
すると彼女の目に、太陽を背にし、石持つ手を振り上げる男の影が飛び込んできた。
「ひぃぃ待って! ニトロ待ってお願いそれは堪忍して!」
ティディアは、両手を彼に差し出し絶叫した。
ぱっかり開いた貝の中でむしろ全裸の王女が石を振り上げる少年に情けを懇願する……なんともシュールな光景が面白すぎて心を奪われていたハラキリは、そこでハッと我に返って慌てて踵を返した。
ニトロがティディアを餌食にしている間に身を隠し、ひとまずその怒りが少しでも冷めるまでやり過ごそう。
――と。
ゴヅン!!
と、やけに痛い音がハラキリの背後で轟いた。ついでに「へぶッ!」と悲鳴だか奇声だか判りかねる声も。
「ハァアラキリィィィィ!」
続いて鼓膜を叩いた怒号に対し、ハラキリは聞こえない振りを決め込み全力で走った。
しかし、
「空を見ろ!」
次に投げつけられたその言葉を、全く何を意図しているのか予想することもできないその怒鳴り声を、ハラキリはどうしても無視することができなかった。
彼は足を止め、振り向き見た。
そして――
「……ぉ」
うめいた。
見事な弾道を描き飛来するそれを見て。
ハラキリは思った――やれやれ今日は調子が悪い。どうにも判断後手に回って悪路ばかりを踏んでいる。今だって、もしかしたら、姑息にも逃げようとしなければ。ニトロもこんな『馬鹿力』任せのお仕置きをしてこなかったかもしれないのに。
「ぁぁ〜ん」
もはや避けることのできない薔薇ビキニ弾頭ミサイルの、うめきとも喘ぎとも嘆きともつかぬ声がハラキリの耳に届く。
互いの距離にして数センチ、時間にして刹那、およそ聞けたとしても認識できるはずもない彼女の声だけでなく、彼女の様子すらも記憶に収めて――彼は、思った。
(人間の心理は、本当に面白いものですねぇ)
どうやらティディアは頭突きを食らったらしい。額を真っ赤にして目を回し、そうしてその真っ赤な額をまっすぐこちらの頭へヅゴン!!!
山中の公園には緩やかな起伏があり、広場の傍らには小さな高台がある。ニトロはしばらく美しい花景色の中を歩き回った後、その高台の端に腰を落ち着けていた。
高台――といっても池に面する広場との高低差は5m程度だが、池を一望するには十分で、何より、ここから見える景色は公園の中で最も素晴らしい。ニトロはそう思った。
湧水を湛える池と、広場を包み込む桜の群れ。背後からは花吹雪が開けた広場の上空に舞い流れていく。
最高の花見スポット。
――ニトロは、未だに信じ切れなかった。
この光景が、つい数日前に作り上げられたものだとは……
「始めは
地面に敷かれたブルーシートの上でちょこんと正座して、まだ少々目を回したままハラキリは『言い訳』を続けている。
「グリワレント廟のある山に有名なヤマザクラがあるんですが、知ってます?」
「知ってるよ。樹齢千年を超えた老木。母さんが一度生で見たいと言ってた」
ニトロは、バカ女が持ち込んだ貝の中にあった通信機を用いて――王女の
「それで、それが頼みごととやらに関係あるのか?」
「ええ。あの老桜はちょうど見頃のはずですから、そこで宴会させろと」
「いや……あそこは十四代の王墓じゃないか」
「敷地全てが墓ではありませんて」
「まぁ、そうだけど……さすがに不謹慎だろ」
「ですからブレーコー」
「それはもういいって」
ニトロは苦笑し、プラスチックコップに継いだコンソメスープを一口飲んだ。一度は食べたことのある――しかしどうもいまいち味を覚えていない名店のスープは、素晴らしい味と香りを口内に広げる。
「で、そうしたらお姫さんが『それならもっといい案がある』と仰って、結果はニトロ君が目にしている――と、そういうことです」
「そういうことです、って軽く言うなぁ」
ハラキリの言葉に呆れ声を返し、ニトロは一つ息をついた。
「でもなぁ、それなら、俺は仮想空間で良かったよ?」
「またまた心にもないことを」
そのハラキリの切り返しは速かった。ようやくダメージが抜けたらしく、足を崩して一度衝撃のため詰まった首を伸ばすようにストレッチをし、
「どれだけ
「……」
ニトロには、反論はできなかった。
確かに、この絶景を前にした感動は――どんなにそれを『現実そのものだと思い込んでしまう』レベルまで脳を仮想空間に繋げたところで味わうことはできなかっただろう。廃人になるほど仮想空間に長期滞在していれば話は別だが、少なくともハラキリに誘われて行く程度の短期滞在では無理だ。
それに……ハラキリの言う通り、このサンドイッチは現実にしかない。
「でも」
それでも何となく悔しくて、ニトロは反論を試みた。
「このバカが一緒だと楽しめない」
「そのバカのお陰ですよ。これ」
「そうだけどさ……」
「まあ、いいじゃないですか。『このバカ』なんかこの絶景を楽しむためのコストと割り切っちゃえば」
「うわひっど。ハラキリ君、その言い草いくらなんでもひっどい!」
と、二人の横から抗議の声が上がった。しかし二人はひとまずそれを無視して話を進めることにした。
「ハラキリからしたらただのコストでも、こっちにしたら異常な危険物だよ」
抗議を無視され、しくしくしく……と哀しげな泣き声が届いてくる。
「それは否めませんし否定もしませんが」
ハラキリも、ニトロと同じサンドイッチを手に取って、それを齧りながら気楽に言った。
「まあ、そのうち慣れますよ。危険物の取り扱いにも」
「慣れそうにないし、慣れたくもないんだが」
「そうは言っても慣れてしまうのが人間の悲しい習性で」
しくしくしく……と哀しげな泣き声が続いている。
「そうは言われても慣れる前に神経やっちゃいそうな予感がバリバリなんだけどな」
「相談くらいならいつでも受け付けますよ。限界迎える前に遠慮なくどうぞ」
「……つうか、限界以前にハラキリがもっと助けてくれたりガードしてくれたりするとずっと楽なんだけど」
「それはかえってニトロ君のためにならないでしょう。拙者はいつも近くにいるわけではありません。結局人は一人ですから、程度問題はあるにせよ、それなりに一人で身を守れるようにならないと。特に、君の『立場』にあっては」
ハラキリにこうもばっさりと言い切り続けられては、ニトロは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「厳しいなぁ。もうちょっと友達には優しくしようよ」
「君の相手はそれだけ厳しい敵ってことですよ」
「それは否めないし否定もしない」
先ほどハラキリが口にした言葉をそのままニトロが返す。そのやり返しにハラキリが笑い、ニトロも笑った。その傍らには、未だしくしくしく……と続く哀しげな泣き声が。
「ああ、そうそう」
ひとしきり笑ったところで、ハラキリは言った。
「ところでニトロ君。今、君は例の異常な危険物を前にしているわけですが、どうです、そのサンドイッチは美味しいでしょう?」
「信じられないくらい美味しいけど……何で?」
しくしくしく……という哀しげな泣き声が、ぴたりと止んだ。
「この前は味わえなかったと言っていましたが、それじゃあ勿体無い。目の前の危険物に意識を集中し過ぎるのも問題ですし、品と味の記憶が混線するほどおかしな心理的緊張を繰り返していたらそれこそ本当に神経をやってしまう」
「それは解って――」
言いかけたニトロの言葉を、ハラキリは手を差し出して制した。
「もう一度、言います」
ニトロへ差し出した手を一度握り込み、それからぴっと人差し指を立て、
「目の前の危険物に意識を集中し過ぎるのは、問題です」
ハラキリの眼差しは驚くほど鋭く、ニトロは思わず息を飲んだ。
「それは非常によろしくありません。例えば君の背後から薬を注射しようという者がいたらどうします? “目の前”の言動に集中するあまり、それに気づけなかったら。当然、そのような状態では脱出のための千載一遇の好機が足下に転がっていたとしても、それすら容易に見逃してしまうでしょう」
「……」
「だから、もうちょっと余裕を持つことをお勧めします。少なくとも、今のように拙者がいなくたって、料理の味くらいちゃんと覚えておけるくらいには」
「……目の前に危険物を置いておくのは、美味しい思いをするためのコストだって割り切って?」
「そういうことです」
軽く肩をすくめてハラキリは言い、手のサンドイッチを食べ切った。その満足そうな顔を見て、ニトロは思わず笑った。
「どうしました?」
怪訝な顔で、ハラキリが問う。
「いや、なんかさ……ハラキリって、『師匠』って感じだよな」
「そうですか?」
首を傾げるハラキリの様子にニトロはくっくと笑って、それから大きく息を吐いた。
「まあ、でもそうだね。もちろんその『コスト』を払う状況に陥るのはごめんだけどさ」
その言葉はハラキリだけではなく、別の方向に向けた言葉でもあった。それを理解しながら、ハラキリはニトロに先を促した。
「もちろんそう簡単にはいかないだろうけど……今後はどんな風に捕まっちゃっても、できるだけ今くらいの余裕が持てるように、努力するよ」
「頑張ってください。応援してますから」
「あ、でも、そうは言っても本当に適度に助けてくれよ? 応援だけじゃなくて」
「ええ、一応助けますよ」
「いや一応じゃなくてもうマジで。だってほら、多分近いうちにすんごく追いつめられると思うんだ、努力したところで余裕を失っちゃうこともあると思うんだ、例えば明日とか」
つい数十秒前の決意表明はどこへやら。すでに余裕を失いかけているニトロの言葉を聞いて、ハラキリは笑った。明日――確かに、間違いなく彼は追いつめられるだろう。
「いやしかし、それが判っているのならいっそ出演をぶっちぎってはどうです。ご依頼いただけるなら放送終了時間まで逃がしきってみせますよ?」
「それは物凄く魅力的な提案だけどね」
ニトロは、嘆息した。脳裡に何人かの映画関係者の、その様々な表情と言葉とが再生される。
「ラジオ出演を拒否したところで『映画』自体は潰せないしさ。それに……あの『映画』に人生懸けてる人とか、人生かかってる人もいるだろう?」
「バッテス・ランランですか」
「監督の恋人さんとかもね。彼が出世しなきゃ彼女は一生ヒモを養うことになるよ」
それを言うならニトロも彼や彼女と同じく人生がかかっているはずなのだが……しかしニトロはそれを自覚した上で決断を下しているのだろう。下手な指摘は友を苦しめるだけだ。ハラキリはそう判断すると、苦笑の代わりにため息とも嘆息ともつかぬ息をつき、
「仕方ありませんねぇ。分かりました、では明日はスタジオに見学に行くことにしましょう。出演はしませんけど、それでどうです?」
「うん、それでいいよ、とっても助かる。いてくれるだけでいいよ、うん」
ニトロは何度もうなずいて、明日の身の安全が確保された安心から頬を緩めた。ずっと持ちっ放しだった “ソースルー”の十七層サンドイッチの残りを口に放り込む。独自の技術でプレスされた九枚のパンと八種の具が奏でる至福のハーモニーに舌鼓を打ち――それから彼は、改めて周囲に置かれた料理や飲み物の数々に目を渡した。
すぐ近くに “デゴドルドナ”のローストビーフがある。“ア・ロンシェリ”のクロブラットボルチェもあり、他にも一度は見聞きしたことのある逸品の数々が彼の周りに置かれている。飲み物も有名店のスープに各地の名産ジュースにアルコール(これが最も本数多いのがまた腹が立つ)と豊富に揃っており、二人で楽しむには正直多すぎる。
かといって残して駄目にするわけにもいかないから、後でこの公園に人が近づかないよう警備しているらしい王女直属の皆さんを招こうか――と、ニトロはそんなことを思いつつ、
「ティディア」
「はい! 何でしょう!」
ニトロの呼びかけに元気良く応えたのは、二人の少年の横、ブルーシート脇に転がる青い巻物だった。
「話に出てきた『新薬と新技術』って、本当に大丈夫なんだろうな」
予備のブルーシートで首から下を巻かれた王女が上目遣いに――ようやくまともに相手をしてもらえた嬉しさから潤んでいる――瞳をニトロへ向けた。
「これだけの桜、枯らすなよ」
「うん! 大丈夫! 勿体無いから大丈夫!」
「……いや、何か言葉が変だぞ? お前の脳が大丈夫か?」
「できればお水下さい。喉渇いたの」
「ああ、それくらいなら――」
「もちろん口移しでよろしく。もしくは水と見せかけてお酒飲ませてべろべろになった私をいいようにしてね?」
「……」
ニトロは、手近にあった
「うぶ!? おぼぼぁ! んぐわばばばばば!」
酒瓶を口に突っ込まれて喉を潤しまくったティディアはそのまま白目を剥いて、ぐったりと。
ニトロは空になった瓶を脇にのけて、ため息をついた。
「容赦ないですねぇ」
「こいつが懲りずに阿呆なこと言うからだ」
「まあ、君とお姫さんは概ねその調子で良いとも思いますが」
苦笑混じりに言うハラキリの手には、いつの間にかウイスキーの注がれたコップがあった。それに気づいたニトロは同級生を一睨みし、
「おいこら未成年」
「だからブレーコーですって」
飄々と笑いながら言い切って、ハラキリはウイスキーをぐっと飲んで美味しそうに熱い息を吐く。
「ちなみに、お姫さんはここをウァレの新しい目玉にするつもりだそうです。軽々しく下手は打ちませんよ」
それは、この公園のこの桜の絶景が、来年もまた咲き、再来年も、ずっと続くということを保証する言葉だった。
もちろん、ハラキリが保証したところで確実にそうなるとは限らないし、そもそも彼の言葉は保証に足る根拠に乏しい。
だが、ニトロは力強い安堵を得ていた。
彼自身、ティディアのそういう点での力は理解し認めているのだ。それを最も――今回ちょっと揺らぎかけたが――信頼する親友に追認されれば、それが納得をもたらさぬわけがない。
「そうよぅ、私が大丈夫って言ったら大丈夫」
素早く意識を取り戻したティディアが、にかりと笑って力強く言う。
「ついでにオハ・ナミ込みで流行らせてみせるわ」
ニトロは少し考え……それから絶品なローストビーフをつまみにウイスキー二杯目としゃれ込むハラキリ、ブルーシートの中身はほぼ全裸のティディアを順に見て、思わず硬い片笑みを浮かべて言った。
「オハ・ナミはやめとけ。きっとブレーコーなんて、ワイドショーのネタにしかならなくなるからさ」
終