その
その案山子、それから長い間畑の作物を守ってきた。雨、風、嵐も、昼夜寒暖いつの日も、丹精込めて作られる実りを見守り立ち続けた。やがて畑に人が来なくなり、畑がススキ乱れる荒地となっても案山子はずっとそこにいた。
『気がついた時』、案山子は雪降り積もる枯れ草の中にいた。いつの間にか座り込み、今にも倒れ
何も分からなかった。なぜ自分が動けるのか、考えることができるのか、声も出る、聞くこともできる、なぜ話すことができるのか。
案山子なのにそんなことができる自分は一体何なのか、案山子は何も知ることなくそこにいた。
だから案山子は旅に出た。いろんなことが知りたくて、いろんな世界に旅に出た。
案山子が考え込んだり感動したりすると、頭の中からガリガリと歯車の音が鳴る。案山子は「ガリ」と名乗ることにした。
ガリは腹が減ることも、痛みも痺れも感じなかった。だから自分が壊れていくことに気がつかなかった。
ある日ガリは旅路の途中、雷に打たれて倒れた。
でもガリは死ななかった。でも雷はガリの声を奪った。さらに悪いことに、ガタがきていたあちこちに止めを刺された。足も手も何も動かせなくなった、声も出なくて助けも呼べない。道の真ん中で倒れたガリを、誰かがゴミだと思ってぶつぶつ文句を言いながら片付けた。
それから長いこと、ガリはゴミ集積場の片隅でじっとしていた。頭の中だけは無事だった。山のようなゴミの中で、ガリは誰かが助けてくれることを願い待ち続けた。
ゴミ集積場が埋められることになった時、ある老人がガリの頭の中から
ガリは老人に礼を言い、老人の仕事の手伝いをすることにした。
だがある日、老人は事故にあって死んでしまった。老人の最後を看取り、墓に埋めて弔った後、ガリは老人の家族と別れてまた旅に出た。
自分の体を定期的にメンテナンスする術を老人から学んだガリは、いつまでもどこまでも歩き続けた。
長いときをかけて歩いてもなお世界は広かった。それでも自分が知りたいこと、なぜ他の機械と違って自分が考え動けるのかという理由はまるで見つからなかった。
そこでガリは、一所でゆっくり考えをまとめてみることにした。これまで見てきたこと、出会った人。静かに考えてみることにした。
そんな折、ふとした縁で立ち寄った庵の主が、書斎を整理してくれるならいつまでも住んでもいいと言った。ガリは、そこに居候することにした。
一日中動き続けられるガリが、やがて書斎の
庵の主、笑いながら書斎の看板を作った。
書斎に新しく掛けられた看板を見たガリの頭が、ガリガリと鳴った。そこには大きな字で『ガリの書斎』と書かれていた。