« 健康第一だってば!!! | メイン | 更新メモ・ニトロ第三部 2-6-1 »

2008年11月18日

思いつくまま、メモ

ろくに検証していない感覚論なので単なる覚え書き的なメモですが。

図書館でケータイ小説の作り方、みたいな本を見かけてパラパラと見て。
時々目にすることのあったケータイ小説の文面を思い出して。
最近、ちょいと詩に触れる機会があって。

で、思ったのは。

ケータイ小説は『小説』っていう「形式」を取ってはいるものの、むしろ『詩』の方に「形式」としては近い……というと語弊があるな。ええっと……そう、親和性が高い部分があるんじゃないかなーと、ふと。

……いや、詩についても造詣が深いわけじゃないから適当な物言いですが、何となくね。

とはいえ「ケータイ小説 詩」で検索してみたら、その観点で分析している記事もちらほらと見られて。


自分自身接してはいないものの、この分野が今後どういう発展を見せていくのかは興味のあるところ。
ケータイ漫画とか、新しいインターフェースに拠った表現手段の誕生と広がりは、なかなか現在進行形で見られるものではないと思いますので。
しかも直近では「インターネット」っていう「表現媒体」があって、さらにまた、という感じですからね。そういう意味では、やっぱりとてもいい時代であり、変革・過渡期の時代なんでしょうね、今って。
未来から振り返ってみると、(良い悪いはともかく)相当エキサイティングな期間になるんでしょうねー。
うねりがあまりに大きすぎちゃって実感するのは難しいけれど。

投稿者 楽遊 : 2008年11月18日 22:14

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://rkyu.com/mt/mt-tb.cgi/634

コメント

 携帯小説の詩に近いというか、融和性というかの見解は、鋭いと思います。この場合、感性が鋭いというのかもしれませんが、本とは違う、パソコンでのネットの様に、携帯という機器での発展があるのでしょう。携帯小説というと馬鹿にされることもある、かく言う自分も敬遠しているのですが、かなりのお金を稼いでいるという事態がある以上、馬鹿にしているだけでは有意義ではないでしょう。 携帯に詩と聞くと韓国を思い浮かべますが…
恋空もレイプ レイプだそうで、余り触手が動きませんが。

時代のうねりの話ですが、実際そうだと思います。時代のうねりというか。私見ですが、歴史を見るに、なにごとかの劇的な速さ、もってそのことの短縮、単純化すると大きな時間の短縮が世界に大きな変化、うねりを多様にもたらしたように思います。
物の大量輸送、長距離輸送、電話。
そして今のインターネット、そして先程の話につながる携帯。
情報の共有化、伝達速度、繋がっている所からは(一般的には)、
誰でもいつでも、そしてどこからでも。
いまのさまざまな問題、変化も時代のうねりでしょう。
先を走っている、自分で突き進んでいる人は、相当エキサイティングでしょうね。パラレルワールドが実在するかどうかの、余剰次元世界の観測実験かなにかが、アメリカハーバード(だと思います)
で大きなプロジェクトとして、でっかい観測室をつくって、そろそろ稼動するそうですし。
NASAもまた動き出して、大まかな時間での火星などへの到達スケジュールの発表。宇宙資源獲得への意気込みなど。
ウネリは留まらず、エキサイティングです。
後、蛇足ですが、国籍法改正が怖いです。事実上の無制限移民法なので、人権擁護法案など目じゃないです。日本国籍が与えられるので、人の少ない地方から、じわじわ。数が少ないところなんか直に
(既にありますが)外国人の町が出来るでしょう。(残念ながらスラムも)色々怖いです。(二重国籍も)
長くなり過ぎたているのと感想はメールのほうがいいのではと思い
ガリの悲劇の感想はめーるをして見ます。

投稿者 E,Y : 2008年11月21日 19:28

E,Yさん初めまして。お褒め頂きありがとうございます(^^
韓国では携帯で詩が扱われているんですね。やはり携帯は画面が小さい文、(小説でも可能ですが)短くセンテンスを切っていける詩の方が、言い方は悪いかもしれませんが「便利・有効」なのかもしれませんね。
ケータイ小説に関しては、お金を稼いでいるという商業的な可能性もそうですが、最近話題になった『あたし彼女』のように文章に対する好評価も見られるものも出てきているようなので、表現手法として開拓余地のあるものとしても有意義なものかなと考えています。
そして表現媒体としての成長を眺めると同時に、代表格の『恋空』他、現在色々とツッコミどころが満載な作品がまだまだ多い分野のようですが、同時代性というか、少なくとも他メディアへの展開も果たしたほどに多くの人の関心を引いたということに対する……現象といってもいいでしょうか、その点については多くの方が研究対象にしてもいるようですし、文学・社会心理・マーケティング等々様々な分野からどんどん考察が出てくると面白そうだなと傍観者の立場で思っていたりします。


時代のうねり。
確かに特に情報技術の発展による情報伝達の短縮、交通網の発達による距離的な短縮等があいまって様々なことに関する時間が短縮されたことに加え、携帯等のツールの発展による「いつでも・どこでも」というある意味時間も距離も無関係になったという事柄が、現在の様々な変化を加速させている点があると思います。
ただ……
それが速すぎちゃったり、規模がでかすぎちゃったりして、何だか動きの中心であるはずの人間がどこか取り残されちゃっている感じもあるような……そんな風に感じるところもあって……
エキサイティングなはずなんですけどねー。実際、エキサイティングだと思いますし。
でも、技術や情報やどんどん加速度的に前進しているのに、先のアメリカ発の金融危機で経済的には減速という極端な動きがあって、全体としてはどっちに乗っかればいいのか分からない感じですね。それとも、どちらの流れにも乗っかっているから、結果として前と後ろにいく流れが作った渦に巻き込まれたみたいに同じ場所をエライ速度でぐるぐる回っているという……(汗

いや、未来の人間がこの時代をどう分析し、どういう時代だったと言うのかが今からちょっと楽しみです。


ニトロの悲劇もお読みいただけたようで、ありがとうございました(^^

投稿者 楽遊 : 2008年11月21日 22:30

コメントしてください




保存しますか?